第22話-5
一方、浮遊する空中要塞ネフィリムの下ではモンスターの大群が雲霞の如く押し寄せていた。そのいずれもが血走った眼をして狂暴性を剥き出しにしていた。瘴気がモンスターの力を増大させる。人間には毒となる瘴気はモンスターの理性を失わせて力を増大させるのだ。
そんなモンスターの群れを丘の上から眺める一団があった。武装した人間と亜人によって構成された戦士の一団である。彼らの首魁は見上げるほど大きな軍馬に乗った男であった。
冥王の鎧を身に纏った藤堂晴彦である。瘴気を全て使い切ったことで彼はスリムな体に戻っていた。さながらスポンジのような身体をしている。
「スポンジのような体とは失礼なことを」
『マスター、誰と話をしているんですか』
「すまん、世界の声が聞こえた気がしてな」
相棒であるインフィニティと話をする彼はさながら世紀末覇王のごとき貫録をしていた。彼は背後に控える戦士団に向かって振り返った。戦士団の中には屈強な戦士の顔つきをしたブタノ助と騎士団を率いるアルフレッド、そして藤堂晴彦近衛部隊であるアシュラ隊とカルラ隊の姿があった。誰もが恐怖のせいか顔を強張らせている。これまで帝国軍と戦った経験のある者達ですら、瘴気の影響で狂暴化しているモンスターたちと一戦交えることに恐れがあるようであった。晴彦は傍らのブタノ助に声をかけた。
「どいつもこいつも竦みあがっているようだな」
「瘴気に侵されたモンスターは通常の数倍の力を発揮します。無理からぬことかと思われます」
「なるほどな」
晴彦は諧謔的な笑みを浮かべた後に兵士たちを見渡した。そして彼らに向けて殺気を籠めてありったけの大声で叫んだ。
「うおおおおおおおおお——————————————————————————————っ!!!!」
周囲の大気がビリビリと震えるほどの大声であった。晴彦の放った声は全兵の耳を駆け抜けていく。兵の中には恐怖で腰を抜かしたものもいた。ほとんどの獣人属の亜人たちは毛を逆立たせて警戒した。殺気をまともに受けて殺されると思って反射的に抜刀したものも少なからずいた。だが、剣を持つ手は恐怖のあまりにブルブルと震え、目には涙を浮かべていた。
ブタノ助が「やり過ぎですよ、神様」と宥めるが、晴彦は気にせずに皆の様子を眺めて含み笑いを浮かべた。
「皆に聞きたい。今の声を聴いて俺と奴らとどちらが怖いと思った」
問うまでもなかった。声には出さないものの本能的に晴彦の方が恐ろしいと感じた者の方が圧倒的に多かった。晴彦は返答を待たずに続けた。
「聞くまでもないようだな。諸君、俺の方が恐ろしいと思ったなら、この戦いはさほど怖くないはずだ。何故ならばこれほど恐ろしい俺が味方につくのだからな」
晴彦の諧謔めいた笑みに笑って答えていいものか迷った者もいたようだが、多くの兵たちはこれから起こるであろう激戦への緊張を解きほぐされたものも多かったようである。兵たちの表情の変化を見逃さなかったブタノ助は内心で舌を巻いた。流石は神様である。そう思ったようである。
「さて、恐ろしい俺様は今回の相手には全く手加減をするつもりがない。何故ならば奴らの進軍を許せば俺の愛するシュタリオン国の人々が犠牲になるからだ」
先ほどとは打って変わって晴彦の目は真剣なものとなった。帝国の横暴を許さないと心に決めた彼は心を鬼にして今回の敵に挑むことに決めたのである。晴彦は愛馬スレイプニルの手綱を引いて軍馬を嘶かせると同時に叫んだ。
「奴らに本当の地獄を見せてやる!特等席で見たい奴は真っすぐに俺の後についてこい!!」
晴彦はそう言って敵の下へ目掛けて一騎で走り出した。
「おい、総大将が自ら一騎掛けするとは聞いてないぞ」
「アルフレッド殿、諦めてください。あれが私たちの総大将なのです」
総大将自らが駆けていくとは思っていなかったブタノ助とアルフレッドが慌ててそれに倣い、彼らの率いる軍勢が続いていく。その勢いは直ぐに全軍に広がっていった。草原を巨大な駿馬が矢の如く駆け抜けていき、それに付き従う騎兵と亜人の軍勢が殺到していく。それは巨大な龍の如くモンスターの群れに襲い掛かった。
大挙するモンスターの群れの進軍に負けないくらいの大きさで大地を揺るがす馬蹄の轟きが響き渡る。晴彦を先頭とした兵たちは魚鱗の陣の如き三角形の陣形となってモンスターの群れに向かっていく。通常の魚鱗の陣と違うのは後方にいるはずの総大将である晴彦が先陣を切っていることであった。
殺到するモンスターの群れに接敵した晴彦は周囲を竦みあがらせるような野獣の咆哮を挙げながら渾身の力で神槍を振り払った。凄まじい轟音と風圧が吹き荒れる中、槍の一薙ぎでモンスターたちの首が次々と宙に舞う。血肉の舞い散る地獄の中を悪鬼羅刹の如き表情をした晴彦が蹂躙していく。
モンスターの群れが応戦しようとするが、晴彦の駆るスレイプニルは無人の野を征くかのように次々と怪物たちを踏みつぶしていく。その様はまさしく地獄絵図であった。
晴彦は敵を屠れば屠るほどに力を増しているようであった。それには理由があった。倒したモンスターから流れ出る瘴気を吸い上げていたからだ。その身体から流れる瘴気はやがて陽炎の如き人の姿を成していった。それはかつて織田信長に仕えた戦国武将達の姿となってモンスターたちに襲い掛かる。モンスターたちは必死に抵抗するものの実体を成さない陽炎の前には攻撃が意味をなさない。
いつしか戦いは一方的な蹂躙となっていた。晴彦の姿は正しく冥王の軍勢を率いる冥王そのものと言えた。
その時、空中要塞から光の攻撃魔法による砲撃が放たれた。直撃を食らって宙を舞う味方の軍を晴彦は瘴気で作り出した巨大な手で掴んで守った後に自らの側に引き寄せた。
「おのれ、こざかしい真似をしてくれるわ」
空中要塞が絶え間なく放つ光の砲撃を晴彦は瘴気で作り出した巨大な腕で払いのける。そのせいで隙が生じた晴彦にモンスターの攻撃が迫る。それを防いだのはブタノ助であった。彼は手に握った鬼砕棒でモンスターの頭を渾身の力で叩き潰した。彼の固有スキルである【痛恨の一撃】の発動であった。
「差し出がましい真似をしました」
「構わん。しかし酷い顔をしているな。顔に返り血がついているぞ」
「神様こそ地獄の死神が逃げ出すような顔をしています」
軽口を叩くブタノ助に晴彦は笑い返しながら、襲ってきた敵を槍で叩き潰した。肉片となった魔物を見ながらブタノ助が苦笑いする。
「行くぞ」
「御意」
二人の修羅はそう言った後に縦横無尽に暴れまわり始めた。敵味方が入り乱れる混戦状態となったまま、激戦が繰り広げられていった。




