第二十一話-12
かつて司馬は地球から名もなき異世界に召喚された地球人の一人だった。長く戦乱の続く世界に消耗品として召喚された司馬はその意思とは無関係に戦いに身を投じることになった。鑑定スキル∞を当初から所有していた藤堂晴彦と違い、特殊なスキルなどは一切持っていなかった彼は血生臭い戦いの中で成長することで生き残るしかなかった。
現在の落ち着いた姿からは想像もつかないくらい、若き日の司馬は向こう見ずで意地っ張りで、他の人間と協力するという事を知らなかった。他人は信用に値しない。信じるのは自分の力のみ。研ぎ澄ました刃物のようにささくれ立った彼の心は他者を拒絶した。
そんな司馬と同様に異世界に召喚されたのが久遠寺ヤマトだった。司馬と違って他者からの信頼を勝ち取って仲間を増やしていくヤマトは【勇者】として人間を率いて戦いの先陣に立った。当初の司馬はそんなヤマトと意見の相違から激しくぶつかり合った。
他者と上手く接することのできない司馬は他者と上手く立ち回ることのできるヤマトのことが気に入らなかった。その感情の中には自分にできないことができるヤマトに対する嫉妬もあったのだろう。だが、それはヤマトも同様であった。自分の感情と衝動に従って立ち回ることができないヤマトにとって司馬の自由な生き方を羨ましく思っていた。
水と油である二人は反目しながらも戦いを続けていく中でお互いの実力を認めるようになり、相手の心を理解するようになった。
司馬は組織のリーダーとしてヤマトを支えるようになり、ヤマトも司馬に背中を任せるようになった。
ヤマトがおかしくなったのは彼の恋人と仲間たちが邪神の手先によって殺されてからだった。元々、潔癖気味であった彼の正義感は邪神とそれに与するものを決して許さなくなった。邪神を滅ぼした後、邪神を生み出すのが人間の邪心であることを知ったヤマトは神の力を宿して人間を亡ぼすことを決意する。道を踏み外したヤマトを止めるために立ち上がったのが司馬だった。彼は神を滅ぼす魔剣【ダインスレイブ】を使い、人間を滅ぼそうとするヤマトに立ち向かった。激しい戦いだった。多くの人間や天使となったヤマトの仲間達が大勢死んだ。
最終決戦において神殺しの力を持つダインスレイブによってヤマトを刺し貫いた司馬はヤマトの最期の言葉を聞く。殺された瞬間、ヤマトは確かに司馬に『ありがとう』と言って消えていったのである。
◇◆◇◆◇◆◇
まさか司馬さんとあの黒鎧に因縁があったとは。痛めつけられたこともあって黒鎧にはお礼参りを行わないと気が済まなかったが、司馬さんに譲ってくれと頼まれてしまった。
普段、司馬さんがそういう事を言う事はない。よほど因縁浅からぬ相手という事だ。
何となく場の雰囲気が気まずくなって解散した後に俺は工房に向かった。ヒヒイロカネの加工に関して司馬さんにヒントを貰ったからだ。ヒヒイロカネは普通の金属と違って闘気や強い意志の力に反応する。司馬さんが戦いの中でダインスレイブの形を変形させるのも彼のイメージの力による影響が強いようなのだ。
そんな訳で俺は工房の中でヒヒイロカネのインゴットと睨めっこしていた。闘気やイメージに反応するということなので俺は闘気を練ってヒヒイロカネの中に籠めることにした。俺の中で荒れ狂う力の奔流がヒヒイロカネの中に流しこんでいく。その作業の中で俺は違和感を覚えた。幾らでも俺の力を持って行っている気がする。闘気だけではない。瘴気や魔力といった力もヒヒイロカネは吸い込んでいるのだ。どういうことだ。怖くなった俺はヒヒイロカネに力を注ぎこむのをやめようとした。だが、力の制御ができなかった。
強制的に俺の力がヒヒイロカネに吸い込まれている。それに気づいた時にはすでにヒヒイロカネの大きさは二倍以上にも膨れ上がっていた。虹色に光り輝きながら膨張、収縮を繰り返す不気味な金属。膨張したヒヒイロカネはやがて弾けて俺の全身を包み込んだ。
もがき苦しむ俺の全身をヒヒイロカネは縦横無尽に動き回る。まるで俺の全身を採寸しているかのようだった。全身くまなく動き回った後にヒヒイロカネは動きをやめた。全身をフィットしている感覚がある。体中の力を吸われまくって疲労感が半端なかったが、どうやら形状が安定したようである。戸惑っている俺にインフィニティが呼びかける。
『マスター、現在の姿をご覧になりますか』
「ああ、頼む」
承諾した俺の姿をインフィニティが鏡で映し出す。そこにはどう考えても魔王か冥王にしか見えない漆黒の鎧を身に纏った男がいた。どう考えても悪役の鎧ですやん。
『冥王の鎧とでも名付けましょうか』
これでグングニルを装備してスレイプニルに乗ったらどこぞの世紀末覇王にしか見えない格好だ。残念ながら俺のイメージしていた鎧とは全く違うものが出来上がったようである。瘴気の影響を全く受けない上に物理攻撃をほぼ無効化する効果があるということだった。ヤマトとかいう黒鎧との戦いになってもこれなら戦えそうだ。
だが、この時の俺はこの後にすぐに大きな戦いが起こるとは気づきもしなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
帝国とメグナート森林王国の国境、遊牧民たちの集落では羊飼いたちが羊を放牧していた。群れから逸れた羊を馬に乗って追いかけまわしていた若い羊飼いはふと頭上が暗くなったことに気づいて上空を見上げた。そして絶句した。雲ではない何かが頭上を覆いつくしているのだ。それは巨大な岩盤の塊だった。だが、その端が見えないくらいに大きい。
凄まじい質量をした何かが自分たちの頭上を飛行している。尋常ではない事態に恐怖を感じた彼は怯え惑う羊たちと共にその場から離れようとした。だが、そんな彼を嘲笑うかのように一条の光が地表に降り注いだ。光の柱は地上に着弾するとともに大爆発と周囲を吹き飛ばす衝撃を引き起こした。羊飼いは羊もろとも消し炭となった。
遊牧民の集落が一瞬にして巨大なクレーターになった。攻撃を加えたバルバトス帝国宰相ケスラはその結果に満足すると空中要塞の進路をシュタリオンへと向けた。これまでにない規模の戦いが始まろうとしていた。




