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第二十一話-11

晴彦たちが城の中で騒動を起こしている丁度その頃。傭兵国ディリウスからシュタリオン国に戻ってきた二人組がいた。司馬とワンコである。帝国側についていたディリウスの説得のために派遣されていた二人は無事に任務を終えてシュタリオンに戻ってきたのである。


「ようやく戻ってこれたな。さあ、飲みにいくとするか」


当然のように酒場に繰り出そうとする司馬の襟首をワンコが掴む。相棒の制止に司馬は口を尖らせた。


「駄目ですよ、司馬さん。ハル君に報告しに行ってからにしましょう」

「固いこと言うなよ。ただでさえ、ディリウスにいる間はぬるいエール酒で我慢してきたんだぜ。シュタリオンに帰って来た時くらいキンキンに冷えたビールを飲ませてくれよ」


司馬がそんなことを言い出したのには理由がある。文明が発展していないディーファスの酒というものは基本的に冷蔵というものと無縁なのである。現地の酒場を訪れた晴彦はそれを嘆いて魔法で動く冷蔵庫の技術を酒場に提供した。ゆえにシュタリオンの酒場では冷えたビールを提供しているのである。


「気持ちは分からないでもないですが、せめてお仕事してからにしましょうよ」

「お前は晴彦と会いたいだけだろうが」

「ち、違いますよ。何を言い出すんですか」


司馬に図星を突かれてワンコは焦った。実際のところ、晴彦に思いを寄せる彼女にしてみれば酒などより晴彦の顔が見れる方が嬉しいわけでが、それを建前で隠そうとするわけである。全然隠せていないけどな。司馬は相棒の姿を眺めながら苦笑いした。

その瞬間だった。城の方から禍々しい気配が膨れ上がったことを察知した司馬とワンコは顔を見合わせた。尋常な魔物が発する気配ではない。魔王級の化け物が発する気配だ。


「司馬さん、この気配って」

「話は後だ。すぐに気配がする方に向かうぞ」


司馬の指示にワンコは無言で頷いた。問答をしている暇はない。一刻も早く現地に向かわないといけない。それほどの緊急事態だという事をワンコは走りながら理解した。

城内に辿り着いた二人は真っすぐに気配がする方向へ向かった。走りながら気づいたのは気配がする方向に晴彦の私室があるという事だ。毎回のことながらトラブルは晴彦を中心に起きている。どれだけ騒動に巻き込まれやすいんだよ。あいつは。司馬は心の中で独付きながらも晴彦の身を案じて走った。

晴彦の部屋の前に辿り着いた司馬はシェーラとインフィニティ、そして異常な気配をしている存在を見て戦慄した。何者だ。人の姿をしているが、中身はおそらくは人ではない何かだ。何という禍々しい気配だ。司馬は自分が冷や汗を流していることに気づいた。

その瞬間、人でない何者かがこちらに気づいて視線を向けた。その瞬間、司馬は総毛立つのを自覚しながら魔剣ダインスレイブを引き抜いて叫んだ。


「お姫さん!!インフィニティ、そいつから離れろ!!」


シェーラとインフィニティがぎょっとなってこちらを見ているのにも構わずに司馬は剣を構えたまま、人型の瘴気の塊に対して襲い掛かった。魔剣ダインスレイブの切っ先を真っすぐに獲物に合わせながら司馬は一条の矢の如く走り抜ける。切っ先が触れようとする瞬間に瘴気の塊は防御壁を発動させた。自分の攻撃をはじき返すほどの威力の防御壁を纏っている。やはり只者ではない。


「司馬さん、何をするデブか!やめるデブ!!」

「やかましい!デブデブと気の抜ける口調で話しやがって。貴様、一体何者だ!!」

「ボクちんは晴彦デブよ!!」

「はあ?晴彦だと」


瘴気の塊の意外過ぎる発言に司馬は呆気に取られた。だが、到底信じることができなかった。どうすれば晴彦がここまで禍々しい存在になるというのか。晴彦のこれまでの行動を振り返った司馬は一つの結論に思い至った。


アイツならあり得るわ。


毒気を抜かれた司馬は溜息をついた後に戦闘態勢を解いてダインスレイブを鞘に納めた。


「司馬さん、ボクちんのことを信じてくれたんデブね」

「ああ、お前は晴彦だという事は分かった。だが、どうしてこうなったのか聞かせてもらうぞ」

「痛い!司馬さん、アイアンクローはご勘弁を!!」


晴彦の顔面を掴んだ後で掴みつぶす勢いで握りしめる司馬に対して鏡餅は悲鳴を上げるのだった。





                  ◇◆◇◆◇◆◇               





晴彦の私室に集まった一同は壁に映し出された映像を眺めていた。変わり果てた鏡餅と化した晴彦の目がプロジェクターの役割を果たして脳内の記録映像を映し出しているのである。その時点ですでに人間をやめているような気はするが、体中から手や化け物が生えてくるのが普通の生き物に対して今更ツッコミを入れるような人間はこの中にはいなかった。

映像では帝国に忍び込んだ一連の出来事と黒い髪の重鎧を纏った青年によって晴彦が瀕死の重傷を負わされる様子が映し出されていた。そして最後はスレイプニルの背に乗って命からがら帝国から逃げ出す様子を映し出した後に映像は終わりを告げた。


「…とまあ、帝国で起きた出来事は以上でデブ。あれ、司馬さん、顔色が悪いけどどうしたデブか」

「晴彦、お前を襲った奴は本当にヤマトと名乗ったんだな」

「そうデブ。司馬さんの知っているやつなのデブか」

「俺の知っていた奴に似ているといった方が正しいな。生き写しと言っていいくらいだ」

「どういうことデブ」


司馬は暫く思案した後に何かを決意した様子だった。晴彦の傍らにいるインフィニティに視線を向けると言葉を放った。


「インフィニティ、俺の記憶も映像に映し出すことはできるか」

「はい。可能です」

「目から映像を出さなくていいから映し出してくれないか。その方が皆にも分かりやすいと思う」


司馬の言葉に頷いたインフィニティは司馬の後ろに立つと記憶映像を解析して映し出すために後頭部に触れた。その瞬間、インフィニティの意識は司馬の記憶の中を駆け巡っていった。解析の後、先ほどと同じように壁に映像が映し出される。

それは先ほどのカラー映像とは違ってセピア色の記録映像であった。司馬の記憶を媒体としているものの司馬の視点の映像ではなく客観的な第三者視点で編集し直された映像には若い時の司馬とその仲間たちが共に魔獣や邪竜と戦っている様子が映し出されていた。

壮年の落ち着いた現在の雰囲気とは違って、司馬は少しヤンチャそうな少年であった。危険を顧みずに前線に飛び出していき、怪我や生傷の絶えない日々を送っていた。仲間から諭されても聞き入れることもなく反対に文句をいう姿は現在の司馬からは想像しがたかった。そんな司馬を諭しているのはリーダー格の青年であった。その顔を見た晴彦が「あっ」と小さく声をあげる。

青年が晴彦を襲った重戦士と全く同じ顔をしていたからだ。


「こいつは俺を襲った奴デブ。なんでこいつが司馬さんの若い頃の記録映像に出てくるんデブか」

「分からん。だが、こいつであるはずがない。あってたまるか」


司馬は吐き捨てるように言い放った。そのただならない様子を不審に思った晴彦が声をかける。


「どうしてそう言い切れるんデブ」

「なぜならばこの男、ヤマトを殺したのは俺だからだ」


司馬の意外過ぎる告白に晴彦たちは言葉を失った。



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