第二十一話-10
宰相エルやんによって自身の現在の状態を指摘されて太っていることを自覚した晴彦は見事に自室に引きこもっていた。事情を聞いて慌てて駆け付けたシェーラや城の人間達が部屋のドアをノックするものの返答がない。ドアの隙間からかすかに漏れ出す瘴気に気分が悪くなるものまで現れたため、最低限の人間以外は人払いを行った後に呼びかけを再開した。
「ハル~、出てきてください」
「いやデブ、こんな情けない姿をシェーラやみんなに見られたくないデブ」
「情けなくなんてないですよ。ちょっと昔の姿に戻っただけじゃないですか」
果たしてちょっとだけだろうか。呼び掛けた自分自身が内心でそう思いながらもシェーラは晴彦が出てくるように呼び掛けた。だが、全く返答がない。シクシクとすすり泣く声が聞こえるだけである。普段とは違う状態の晴彦にシェーラも困り果ててしまった。
「今のマスターは普通の手段では出てきませんよ」
そう言って背後から呼びかけてきたのは晴彦と一心同体であるインフィニティであった。いつの間に実体化したのだろうか。サラサラと流れる銀髪をダブルポニーの形に束ねている。突然現れた晴彦の相棒の姿にシェーラが尋ねる。
「インフィニティ、どうしてここに。ハルと一緒じゃなかったんですか」
「説得に失敗してマスターに追い出されました。今のマスターは瘴気の影響も手伝って非常に不安定な状態になっています」
「どうすれば彼を外に出せるんでしょうか」
「今回のケースに参考になる逸話が日本の古い神話の中に登場します。シェーラは天岩戸をご存知ですか」
「天岩戸ですか」
シェーラは日本にいた時の記憶を思い返した。晴彦の家にあった日本の歴史が書かれた本の中で登場する天岩戸の逸話は弟の狼藉を嘆いた太陽神が天岩戸と呼ばれる岩の中に隠れて世界が闇に包まれた話であったと思う。神々が太陽神を外に出そうと画策するものの天岩戸の入り口を塞ぐ岩は全く動くことがなかったという。
「確か、外側からでは全く開かないので入り口の前でお祭り騒ぎを起こして太陽神に内側から外の様子を覗かせるんでしたっけ」
「さすがはシェーラ姫。博学ですね」
「今回のケースに置き換えるとどうやってハルに外の様子を覗かせるのですか」
「それに関しては私にいい考えがあります。かなり抵抗がある方法ですが、協力してもらえますか、シェーラ」
「ええ、ハルを外に出すためなら何でもします」
インフィニティの真っすぐな視線をシェーラは真っすぐに見返した。シェーラにとって晴彦は大切な人であった。大切な人が苦しんでいるのであれば力になりたい、彼女は心から思っていた。インフィニティは彼女の決意が固いことを確認した後に息を大きく吸い込んだ後に廊下中に聞こえる声で叫んだ。
「ああ!しまった、花瓶をひっくり返してしまった!!シェーラ、申し訳ありません!!ずぶ濡れじゃないですか!!早く着替えないと!!」
凄まじく棒読みであった。いったいこの娘は何を言い出すのだろう。事態を呑み込めないシェーラが目を丸くしているとインフィニティはアイテムボックスから黒マジックとスケッチブックを取り出すと『私に話を合わせてください』と書き込んだ。聡明なシェーラは事態をすぐに把握してインフィニティに合わせることにした。
「そうですね!!インフィニティの言う通り、早くどこかで着替えないと!!でも歩いていくと廊下が水浸しになってしまうわ!!」
「この廊下の両側の壁を塞ぎました!!今なら誰も来れませんからここで着替えてください!!」
そこまで叫んだところで二人はドアに耳を当てて黙り込んだ。晴彦が出てこないか部屋の中の様子を伺うためである。どうやら声に反応して近づいてきたもののドアが開く気配はない。インフィニティは再びスケッチブックに何事か書き込んだ。
『マスターの趣味はミニチャイナ服かナース服か婦人警官の服です。どれになさいますか』
自分が大切に思っている人の性癖を明らかにされたような気がして若干の頭痛がしたが、シェーラは躊躇った後にミニチャイナを選んだ。
「インフィニティ、このチャイナドレスは裾がとても短いわ!!こんな格好をしたら見えてしまいます!!」
シェーラがそう言った瞬間、ドアが激しく振動した。どうやら晴彦がドア付近まで近づいてきたようである。ここは追い打ちをかける必要がある。そう思ったインフィニティは更に叫んだ。
「大丈夫です、シェーラ!!私も一緒にミニチャイナに着替えますから恥ずかしくありませんよ!!」
これでどうだ。美少女二人のミニチャイナ姿だぞ。さっさと出てきなさい、マスター。インフィニティは内心で勝利を確信した。だが,ドアの向こうの気配はすごすごと遠のいていくではないか。
何なんですか、傷つくんですけど!!
インフィニティは愕然とした。実のところ、晴彦からしてみればインフィニティは性の対象というよりは出来の悪い娘に近い感覚である。そのために遠のいていったのだが、インフィニティが知る由もなかった。彼女は咳ばらいをして仕切り直すと再びシェーラに指示を出した。
『えげつない下着を渡されたふりをしてください』
スケッチブックに指示を書かれたシェーラは見る見るうちに赤面した。えげつない下着とはどういった下着か。確かに地球にいた時に壱美と買い物に行ったときに布地が非常に少ない下着は見たことがあるが、それを穿くふりをしろというのか。
恥ずかしすぎる。無理無理無理。
シェーラは両手を交差にさせると無理だとジェスチャーで伝えた。それに対してインフィニティはスケッチブックにこう書きこんだ。
『マスターを救うためです。シェーラにとってマスターは大切な存在ではないのですか』
大切に決まっている。そう書かれてしまっては断れないではないか。シェーラは心の底から恥ずかしいと思ったが、我慢して演技を続けることにした。
「インフィニティ、この下着を本当に身に付けないといけないんですか!?あまりにも布地が少なすぎますよ!!ほとんど紐じゃないですか!!」
やけくそに近い叫びであった。だが効果はてきめんだった。フゴフゴという豚が鼻を吸い寄せるような物音の後にドアが少しだけ開いたのだ。外の騒ぎが気になった晴彦が隙間を開けたのである。
「今です!!ブタノ助!!」
「承知!!!【鬼神化】!!ぬおりゃあああああ!!!」
ドアを開けるために魔族領から召喚されたブタノ助によってドアがこじ開けられる。引き戸が開いた瞬間に勢い余って晴彦が飛び出してきた。彼は周囲を見渡すと自分が騙されていることに気づいて叫んだ。
「詐欺じゃないか!!服着てるじゃないか!!ミニチャイナじゃないじゃないか!!」
「「第一声がそれかーい!!」」
晴彦の悲痛な叫びに女性陣二人がツッコミを入れたのは言うまでもない。




