第二十一話-4
スレイプニルに上空で待つように伝えた後に俺は飛び降りて街に降り立った。高速飛翔の魔法を使いながらの滑空だったので街にいる人間達には気づかれなかったようである。路地裏に入ってアイテムボックスからフード付きのマントを取り出した後に顔を隠すようにフードを深く被った。
帝国の街はシュタリオンやユーフィリアとは違い、派手な装飾などは一切ないシンプルな作りをしていた。他の街と違って印象に残るのは外敵から身を守るために建造されたのであろう、異常なほど高い城壁が目についた。この国に攻め込むとしたらあの城壁が邪魔になるのは間違いない。路地が入り組んだ作りをしている点から見てもはじめから攻め込んできた外敵を視野に入れた設計をしているのは間違いない。
街に住んでいる人間達はどういう人たちなのだろう。気になった俺は適当に街をうろつくために大通りに出ることにした。だが、すぐに諦めた。帝国の本土だけあって街を行きかう帝国兵の数が半端なく多いのだ。こんな格好をしてうろついていたら、怪しい奴だと言われるのは間違いない。
仕方がないので大通りを行くのは諦めて路地裏を歩くことにした。大通りに比べて路地裏は薄暗く、所々にホームレスと思われる住民がへたり込んで座っていた。ごろつきらしき連中が雑談している横を通りつつ、治安はあまり良くなさそうだと感じた。
そんな中を歩いていると袋小路の通路でフードを被った男と冒険者風の青年達が会話をしているのを見かけた。何となく会話の内容が気になった俺は歩いているふりをしながら死角に入り込んで様子を観察しながらインフィニティに会話内容を鑑定させた。彼らの話しているのは以下のような内容だった。
『本当にそれを使えば強くなれるのか』
『ええ、この種を飲めば貴方もお友達と同様の強さを手に入れることができますよ』
フードを被った男の差し出しているのは何かの種のようだった。魔法的な効果を持ったドーピングアイテムか何かの薬物だろうか。それにしては禍々しい気配を感じるのは気のせいだろうか。あの種が何なのか気になった俺はインフィニティに種を鑑定させた。暫くの沈黙の後に鑑定スキルは恐ろしいことを言い出した。
『あれは魔族の遺伝子を圧縮させた『種』ですね。あれを体内に取り込んで芽吹くと瘴気に取り込まれて下級の魔族になってしまう代物です』
「あかんやつだろ!それは」
思わず叫んでしまった。その叫びを聞きつけた青年達が振り返って叫ぶ。
「誰だ、そこにいるのは」
バレてしまっては出ていくしかあるまい。諦めた俺は顔を隠すためにアイテムボックスの中から儀礼的な仮面を取り出して身に付けた後に姿を現した。フード付きのマントに仮面を身に付けた格好は不審に思われたようで冒険者たちが身構える。
「なんだ、てめえは」
「通りすがりのものだ。悪いことは言わない。その『種』を食うのはやめておけ」
俺が種を指さすとフードを被った男は慌てて手に持っていた種を隠した。このまま放っておけば逃げだすだろうな。そうはいくか。奪い取って分析に使ってくれる。そう思った俺に冒険者風の男たちが近づいてくる。
「何のつもりか知らないが,俺は強くなりたいだけだ。邪魔するな」
「それを使えば人間をやめることになるんだぞ」
「ふざけるなっ」
俺の忠告を無視する形で種を食おうとしていた男が殴り掛かってくる。俺は素早く彼の拳を避けると同時にその勢いを利用して男をぶん投げた。男は綺麗に宙を舞った後に地面に叩きつけられて大きく息を吐いた。暫くは痛みで身動きできまい。
仲間を傷つけられた怒りからか、男の仲間が襲ってくる。先ほどの男と比べると随分と速い。はっきり言ってしまえば人間離れしている。二、三回の攻撃を避けてから正面から来た拳を手で受け止めて堪えようと試みた。だが、相手の攻撃が予想外に強烈であったために、危うく受け損ねそうになった。思いのほか、強烈な攻撃を放ってくる。
「ぐ、がああああああっ!!!!!」
ヤバイ。目が血走っている。こいつ、すでに正気を保てなくなっているのではないか。いやな予感が頭をよぎった俺は男から一定の距離を離した。男は口から泡を噴きながら見悶えていた。周囲から漏れ出すオーラのようなものを不審に思った俺はそれが以前にも見たことがあることに気づいた。あれは魔族が放つ瘴気と同じものだ。気づいた時には遅かった。男の背中が一回り膨張したかと思うと、漏れ出した瘴気が体全体に纏わりついた。同時に男がこちらに向かってくると身構えた俺は唖然となった。魔族と化した男は俺ではなく仲間であるはずの男に襲い掛かったのだ。止める間もなく、魔族と化した男は仲間の首筋に食らいついた。噛まれた方の男は自分が襲われるとは思っていなかったようだ。牙を突き立てられた男は信じられないといった表情をしたまま、怯えた表情を浮かべている。
早く助けた方が良さそうだ。そう思った俺は【雷神覚醒】を使用して雷のエネルギー体になったままで魔族と化した男の背後に回った。そして相手の体を突き抜けるようなイメージで打撃を食らわした。かなり手加減したものの、通常の人間であれば即座に気絶するような攻撃だ。だが、魔族と化した男は気絶することなく耐えきった。耐久力まで上がっているのか。まずいと思った俺は男を気絶させるべく割と全力で男を殴りつけた。周囲に響き渡る打撃音と衝撃波が波のように広がった後に男はようやく崩れ落ちた。
「手こずらせてくれたな」
恐ろしいまでの耐久力と戦闘能力だ。食っただけでこんな風になるものが出回っているのか。怖くなった俺はこそこそと逃げ出そうとしていたフード付きの男の前に仁王立ちで立った後で笑顔を作った。
「どこへ行こうというのかね」
「いや、これはその」
「ちょっと話を聞かせてもらおうか」
そう言った後に俺は【千手観音】のスキルを使用した。その瞬間に背中からおぞましい数の腕が現れる。その全ての両指の関節をぽきぽき鳴らして尋問を行うことにした。男の口からこの世のものとは思えない悲鳴が上がったのはいうまでもない。




