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第二十話-17

 魔女王ベルクレア。古い書物や伝説にも登場する彼女がいつ生まれたのかという記述は詳しく残っていない。氷の魔人の化身とも揶揄される彼女はこの世界の古い住人である竜にとっての天敵であるとも言われている。

 人外の力を持った魔女王は怒りの感情のままにその身に宿す魔導の力を開放していた。魔女王の作り出した吹雪は謁見の間の中を荒れ狂い、シェーラ達を攻撃していた。吹雪を防ぐためにシェーラは炎の力を使った防御障壁を使っていたが、魔女王の人外離れした魔力に圧倒されていた。幾ら彼女が不死鳥と融合する力に目覚めていても、魔女王とシェーラでは秘めた力の規模が違った。シェーラが力を強めても魔女王の力の前には揺らめく蝋燭の炎と同じく、一瞬の瞬きに過ぎない。


「他愛無い」


 魔女王はシェーラ達の抵抗を嘲笑うかのように魔力を強めた。その瞬間、吹雪はさらに力を増した。単純に力を強めただけでなく、一定の方向に集まり出した吹雪は巨大な狼の姿となってシェーラ達を襲いかかった。凍れる魔狼の牙は容赦なくシェーラの魔法障壁を破壊した。


「きゃああああ!!!」


 魔法障壁を破壊された衝撃でシェーラとインフィニティは床に投げ出される。そんな彼女たちに氷の狼の牙は容赦なく襲い掛かった。直撃した氷の狼によってシェーラの四肢が凍りついていく。床から胸元近くまで凍りついて身動きができなくなったシェーラに向けて魔女王は自身の魔力を籠めた氷の槍を生成した。


「終わりです。己の罪を悔いつつ、永劫の眠りにつきなさい」


 シェーラにとどめを刺すべく、その心臓に向けて一直線に放たれた氷の槍は瞬時にして距離を詰めて彼女の心臓に到達しようとした。藤堂晴彦が到達したのはその直後だった。晴彦はシェーラの心臓に突き刺さろうとした氷の槍をすんでのところで掴み止めた。


「危ねえ、ギリギリで間に合ったな」

「何者だ」

「藤堂晴彦だ。初めましてだな、魔女王様」


 冷え切った視線で魔女王は侵入者を睨みつけた。晴彦は氷の槍を掴んだまま、魔女王を睨み返した。




                 ◇◆◇◆◇◆◇           





 あぶねえ、ギリギリで間に合ったか。危うく心臓に届こうとしていた氷の槍を掴みながら俺は内心で胸を撫で下ろした。しかし、魔女王様、初対面のはずなのにブチ切れているな。騒動の原因が来たことに怒りを露わにしているようだ。

 魔女王から注意を逸らさないようにしながらも俺は周囲を見渡した。シェーラは氷で束縛されてはいるものの、ひどい怪我をしているわけではないようだ。安堵した俺は炎の魔法で彼女の四肢の拘束を解き放った。


「ハル、よかった…」


体力的にも限界だったのだろう。シェーラは俺の顔を見るなり、安堵の表情を浮かべた後に意識を失った。俺は彼女を横たわらせた後にインフィニティの姿を探した。

周囲を見渡すと氷の柱によって逆さまに拘束されている鑑定スキルの姿を見つけた。どうして足が剥き出しになって胴体が氷漬けになっているのか、理解に苦しむ姿だ。


「何をやっとるんだ、お前は」

「…ふへ…マスター…面目ないです」


 俺はクロックアップを使用してインフィニティの足を掴むと強引に引き抜いた。氷が砕けて自由になったインフィニティを俺はその辺に放り出した。その直後に魔女王の周囲から魔力が集中し始めていた。攻撃が来る。そう判断したと同時に氷の槍の嵐が襲い掛かってきた。


「グングニル召喚!」


 俺の叫びに呼応して虚空から槍が出現する。神の槍グングニル。人間の筋力では操れない凄まじい重さと破壊力を持った槍を俺は召喚すると両手に槍を扱うための魔力を籠めて力任せに振り回した。振り回すというよりはあまりの重さに振り回されているような動きではあったが、うまい具合に氷の槍を迎撃できた。一閃、二閃。槍で氷の槍の嵐を薙ぎ払った余波の衝撃破が周囲の壁を容赦なく破壊していく。いつも使う魔剣ティルヴィングをクリスさんが使用しているから呼んでみたけど、この槍、癖がありすぎるぞ。


「それはまさかグングニルか、神の槍を扱えるというのか。化け物め」

「いや、化け物呼ばわりされるのは心外なんですが」


 城全体を覆う荒れ狂う吹雪といい、今の攻撃といい、この女王様はヤバイ。俺も人のことを言えないが、少しは自重というものを学んだ方がいい

 こんな人と全面戦争などしたくはないのだが、成り行きというものは恐ろしいものだ。今からでも遅くない。交渉のテーブルについてもらうように努力してみよう。誠意を持って接すれば相手だって鬼ではないのだから話を聞いてくれるはずだ。


「あの、今回の一件について話をしたいんですが。聞いてもらえますか」


 俺の呼びかけに対して無表情だった魔女王は微笑んだ。よかった、話が分かる人だ。そう思ったら微笑んだまま、首を横に振った。駄目だ、怒っているせいで話が通じない。よく見たら口元は笑っているが、目が全く笑っていないじゃないか。

 魔女王の心境を代弁するかのように彼女の周辺に恐ろしいまでも魔力が集まっていく。だが、こちらにも言い分がある。言うだけ言ってやるぞ。俺は魔女王の攻撃魔法に対して槍を振り回して応戦しながら叫んだ。


「今回の一件は七賢者が俺のことを拉致封印しようとしたことがきっかけで起こったのです。魔女王様、彼らは貴方の部下ではないのですか!」

「確かに彼らは私の配下です。しかし、彼らが貴方を拉致しようとした証拠がどこにあるというのですか」


 証拠を出せというのか。分かった。ならば生きた証拠を出してやろうではないか。俺は渾身の力で槍を振り下ろした。槍を中心にした衝撃波が広がって女王の攻撃魔法がかき消されていく。氷の槍に何度か触れて分かったのだが、グングニルの衝撃波には魔法を中和する力があるようである。自慢の魔法をかき消されて呆気に取られる女王を前にして俺はクリスさんがやっつけてゼロスペースに入っていた七賢者を取り出した。全員ががんじがらめの鎖によって拘束されている。

七賢者を取り出した後に彼らと俺のやり取りの記録映像をインフィニティに映させた。女王は黙って彼らの動向を見始めた。次第にその表情は真剣なものに変わっていった。映像が終わる後で彼女は無表情ではあるものの、どこか落胆の色を浮かべていた。


「藤堂晴彦、貴方に謝罪します。人が人を一方的に封印するなど、あってはならないことです」

「納得して頂けて助かります。しかし、どうして彼らの動向を止めなかったのですか」

「私はこの国に循環する魔力をコントロールするために一年の大半を瞑想しながら過ごします。瞑想中は外界の情報はほとんど入ってきません。ゆえに瞑想中の国の運営は七賢者に任せていたのですが、それは間違いであったようですね」


 なるほど。信じていた人間達が自分の意識がない隙に好き勝手やっていたという事か。自分とインフィニティの関係を省みると全く他人ごとでなくて笑えない。


「今回の一件はお互いに部下の監督不行き届きにありました。不幸中の幸いか、犠牲者は出ていない状況です。ユーフィリア魔導王国とは今後も友好な関係を保ちたいと考えています。どうか、武力で解決するのでなく、話し合いで穏便に解決したいのですがいかがでしょう」


 俺の提案に対して魔女王はあまり納得していない表情だった。振り上げた怒りの振り下ろし先がない。そんな不満が読み取れた。いかがでしょう。確かに実行犯に罰を与えなければ襲われた人々も納得しないだろう。もっとも、俺だって彼らを簡単に許すつもりはない。


「今回の実行犯である貴方の部下と私の部下の処遇はどうするのですか」

「それについては考えがあります」


 俺はそういった後にインフィニティの方を振り返ると不安そうにしている彼女に尋ねた。


「インフィニティ、今回の一件については反省しているか」

「…はい。いかなる罰も受けるつもりです」

「分かった。ならば相応の罰を与える。覚悟して聞け」

「何をするつもりですか」


 表情に怯えの色を浮かべるインフィニティに対して俺は死刑にも等しい刑を宣告した。


「モンスターをけしかけて襲ったユーフィリア王宮の兵士や城の関係者の襲撃当時の記憶や感情、痛みを鑑定スキルで読み取って再現することはできるな」

「可能ですが。ああ、やめてください、マスターが私に与えようとしている罰が分かりましたよ。いや、マジでそれだけはご勘弁を。冗談ですよね」

「俺がこういう時に冗談をいう男に見えるか。心配するな、俺も一緒に罰を受けてやるから」


 俺がこれからしようとしている罰の内容に気づいたのであろう。インフィニティは顔面蒼白になって全身から脂汗を流し始めた。そんな彼女の様子を不審がった魔女王が俺に尋ねる。


「何をしようというのですか」

「実行犯である七賢者とそしてインフィニティに罰を与えます」

「罰ですか。いったい何をさせるつもりですか」

「襲われた城の関係者全員の記憶と痛みを順番に追体験させるのです。事件当時の恐怖と痛みを追体験することでトラウマを植え付けて二度とこのような真似をさせないようにします」

「恐ろしいことを考えますね」


 抵抗しようとしても抵抗できない理不尽に対する恐怖と痛みを追体験すれば反省するはずだ。自分でも酷い罰だと思っているので、俺もインフィニティに付き合うつもりだが、あの化け物の群れに襲われる体験をするというのはかなり怖い。要は何度も殺される痛みと恐怖を味わうわけだ。発狂してもおかしくない。

 こうしてユーフィリア城襲撃事件は一応の幕を閉じることになったのだ。




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