第二十話-12
次の日、目が覚めて窓の外を見てみると真っ白だった。まさかと思って外を見ると一面の銀世界だった。昨日しんしんと降り続いていた雪が積もったようである。通りで少し冷えるわけだ。
『マスター、見てください、外が真っ白ですよ』
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
珍しく興奮するインフィニティに俺は苦笑した。生憎と冬になれば雪が積もる地方の生まれなので、そこまで雪に対して感慨はないのだが、雪を見慣れていないインフィニティにとってはそうではないらしい。狂気の鑑定スキルにも少しは人間じみたところもあるじゃないか。興奮冷めやらぬインフィニティは俺の身体から這い出て実体化すると、雪を見るために部屋の外に飛び出していった。引き留める暇もなかった。
「庭を駆け回る犬か、あいつは。ふあぁ…もう一回寝よう」
こんな朝早くから付き合いきれないと思った俺はもう一度ベッドに入って寝ることにした。窓からの隙間風が少し冷え込んでいたせいか、再び入り込んだベッドの温もりに俺は再びまどろんだ。
◇◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆
再び目覚めたのは部屋のドアをノックする音が聞こえてきたからだ。寝ぼけ眼で起き上がってドアを開けるとシェーラが立っていた。すでに出かけられる格好に着替えている。彼女は俺の顔を見るとにっこり笑った。
「ハル、おはようございます」
「おう、シェーラ、おはよう。もう出かける準備できてるんだ。ちょっと待っててもらっていいかな」
俺は彼女を部屋に招いた後に【クロックアップ】を使ってシャワー室で着替えと身支度を整えた。シェーラの体感時間では一瞬のことであろう。彼女は俺が瞬時にして身支度を整えたことに呆気に取られた様子だった。それはそうだろうな。先ほどまで寝ぼけ眼でいた人間が一瞬にして行動可能な格好に着替えたのだ。
「スキルをそういうことに使うのはどうかと思います」
「ごめん、今度から気をつけるよ」
待たせないように気を使ったのだが、お気に召さなかったようだ。まあ、悪事には使わないから勘弁してほしい。俺はそう言って彼女を宥めた。彼女は尚も苦言を呈していたが、平謝りすると許してくれた。
「全くハルはしょうがないんですから」
ムッとしている表情が笑顔になると可愛いな。そんなことを思いながら俺たちはロビーに向かうことにした。というのも、ホテルのサービスにビッフェ形式の朝食が食べられるサービスがあるからだ。レストランに向かうことを伝えると外で雪と戯れていたインフィニティが戻ってきた。寒い中ではしゃいでいたのか頬が赤くなっている。おいおい、女の子なんだから垂れかけている鼻水をぬぐえ。そう指摘してもインフィニティは特に気にしていない様子だった。シェーラと二人で苦笑いした後に三人でレストランに向かうことにした。
豪華なサービスの充実しているホテルのビッフェなので期待しながらレストランに向かうと期待通りの豪華な食事が並んでいた。
焼きたてのクロワッサンやバターロール、金属のトレイに並べられたウインナーやローストビーフやハンバーグ、ミネストローネやクラムチャウダーらしきスープが並んでいる。様々なフルーツも充実しているようだ。むう、メニューの充実ぶりに目移りする。昨日あれだけ食べたはずなのにお腹がすいてきた。
「マスター、マスター、あそこ、パンケーキが並んでますよ!ヒャッハー、アイスクリームまで並んでやがるぜい」
「わあ、美味しそう、これは目移りしますね」
女性陣にも好評のようだった。ウエイトレスさんにフロントで渡された朝食チケットを渡すと、四人用のテーブルに案内された。テーブルに着くなり、インフィニティは【クロックアップ】を使用して料理を持ってきた。おいおい、皿にはみ出る勢いの料理の山ができているぞ。取り過ぎじゃないのか。呆れ返った目でインフィニティを見ているとインフィニティは涙目で抗議してきた。
「今日くらい許してくださいよ。昨日あれだけ美味しそうな料理を目の前にしながらも二人のデートだと思って、実体化しないでいたんですから!」
「お、おう、すまん…」
あまりの勢いにたじろいでしまった。俺が注意しないのをいいことにインフィニティは次々に料理を平らげていった。唖然とする俺とシェーラの目の前で次々に空の皿の山が出来上がっていく。こいつ、間違いなく【クロックアップ】を使用してやがる。
このままでは旨そうな料理の山をこいつに食べきられてしまう。負けるものか。そう思った俺は【クロックアップ】を使用して次々に料理を取りに行こうとした。
「ハル、大人げないですよ。周囲の目もありますから張り合うのはやめてくださいね」
シェーラが笑顔で注意してくる。笑顔なのだが、凄まじい迫力だ。周囲の目といわれて辺りを見渡すとインフィニティが次々と料理を平らげていくことを目の当たりにして言葉を失っているようである。隣のおっさんなどは驚きのあまりに飲んでいたコーヒーが口から滝のように零れてしまっているではないか。おっさん、驚きすぎだって。
そう思いながらも楽しい朝食の時間は過ぎていったのだった。
◇◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆
異変が起きたのはシェーラとインフィニティの三人でユーフィリア魔導王国のメインストリートを歩いていた時のことだ。ふいに俺は何者かに呼び止められたような気がした。誰か呼んだか。そう思って辺りを見渡していると俺の様子に気づいたシェーラが尋ねてきた。
「ハル、どうかしたんですか」
「いや、今誰かに呼ばれた気がして。気のせいかな」
そう返答した瞬間、俺の足元に異変が起きた。突如として地面に現れた淡い緑色の光を放つ魔法陣が現れたのだ。驚き戸惑う俺にインフィニティが叫ぶ。
「これは転移の魔法陣です!マスター、すぐにそこから離れてください!」
警告された俺は直ぐにその場から離れようとした。だが、魔法陣の外側に出ようとすると見えない壁に阻まれて外に出ることができなかった。思った以上に強い力が俺が外に出ようとするのを阻害しているようだ。
「ハルッ!」
俺のことを心配したシェーラが俺の方に手を伸ばそうとする。彼女の方に手を伸ばそうとした俺は次の瞬間にその場から転移していた。




