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第二十話-10

 ギュンターを開放した後、俺は気絶した三人の介抱を行った。ギュンター、金髪縦ロール、そしてシェーラを旧校舎の空き教室に横たわらせた俺は彼女の意識を回復させるために回復魔法を使うことにした。基本的に俺は回復魔法を扱えはするものの、本職の回復術師に比べれば回復スピードも遅ければ効力も弱い。

 それでも彼女の意識を回復させるために何度も繰り返して回復魔法をかけ続けていく。回復魔法の暖かな光が消耗したシェーラの体力を回復させていく。閉じていた瞼がピクリと反応したかと思うと彼女は跳ね起きるように起き上がった。よかった、目を覚ましたようだ。シェーラは暫く瞬きしながら俺の顔を呆然と見ていた。どうやら力の暴走で意識が途切れたことで状況把握ができていないようだ。


「…ハル、私、どうして…」


 最初はあいまいであった記憶が徐々に明確になっていくにつれて彼女は青ざめていった。これ以上ないくらいにこちらの瞳を見つめている。おそらくは自分が力に呑まれたことを自覚したのだろう。青ざめた表情のまま、唇を小刻みに震わせて始めているのが分かった。


「大丈夫だよ、暴走は俺が止めたから」

「私、なんてことを…なんてことを…」


 罪の意識から目に涙を浮かべて、今にも泣きだしそうなシェーラを俺は抱き寄せると耳元で「大丈夫だから」と何度も囁きながら頭を撫でた。おそらくは金髪縦ロールに対して我を忘れるほどの憎しみがあったのだろう。それに引っ張られる形で力を開放した。

 そのことによって金髪縦ロールを殺しかけたことを自覚し、罪の意識に押しつぶされそうになっているのだ。確かにシェーラは力を暴走させた。だが、それをだれが責められるというのだろう。誰しも生きていく中で殺したいくらいに人を憎むことがあるはずだ。それは感情を持った人間なのだから仕方がない。彼女を責められるのはそんな経験が一度もない人間だけだ。

 俺だって殺したいほど憎い相手が現れたら自分を保っていられるかは分からない。シェーラやワンコさん、仲間たち、そしてシュタリオン国や魔王領に住む領民たち。彼らを害されることがあれば俺は決してその人間を許さないだろう。


 幸いなことに今回は俺が彼女を止めることができた。

 

 未遂でこれだけ取り乱しているのだ。万が一、炎の化身と化したシェーラが金髪縦ロールを殺していれば彼女は罪の意識に押しつぶされていたはずだ。本当に間に合ってよかった。

 俺はシェーラが落ち着くまで彼女を抱きしめ続けた。




                ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 シェーラが落ち着きを取り戻した後、俺は金髪縦ロールを回復させた。意識を取り戻した後に最初は自分に何が起きたのか分からない様子だったが、途切れた記憶の糸を手繰り寄せた後に悔しそうに唇を噛んだ。


「私は…負けたのね」

「ああ、お前は負けた。自分が劣等生と蔑んでいた人間に。気分はどうだ」

「最悪の気分よ」


 立ち上がろうとする金髪縦ロールに手を差し出すと彼女はその手を振り払った。意識を回復させたといっても本調子ではないはずなのに気の強いことだ。ふらつきながらも彼女は自分の足でしっかりと立ち上がると、よろめきながら出口のほうへ歩きだした。そして数歩歩いた後に立ち止まって振り返った。


「…旧校舎に手を出すのはやめるわ。ガーランド先生の解雇も取り消す。彼にそう伝えてちょうだい」

「随分と物分かりがいいんだな」

「自分が劣等生と思っていた女に負けたのよ。それでも尚、自分の我儘を押し通したら只の道化だわ」

「レジーナ…」


 呼び止めたものの、シェーラは金髪縦ロールに対してどう声をかけていいのか分からない様子だった。声をかけられた金髪縦ロールはシェーラを憎々しげに睨みつけながらも言い放った。


「シェーラ、どうやったか知らないけど、あんたは私にさえ習得できなかった【精霊同化】を習得した。でも、私だって絶対に【精霊同化】を習得して見せる!このままでは…絶対に終わらせない…」


 ふむ。シェーラに負けたことを認める辺り、単なる我儘お嬢様ではないらしい。というかツンデレか。こういう相手ってのはバトル漫画とかだといいライバルになるんだよな。呆気に取られるシェーラに対して金髪縦ロール、もといレジーナは再度悔しそうな表情をした後に立ち去っていった。そんな彼女をシェーラは困ったような目で見つめた後で何かに気づいた。


「あ、そうだ、ギュンター副学長をどうしましょう」

「あ、こいつのこと忘れてた…」


 そうだ、ギュンター何某のことを忘れていた。すっかり忘れ去られた気の毒な壮年魔術師を見下ろしながら俺とシェーラは乾いた笑いを浮かべた。

 本当ならレジーナにギュンター何某を持って行ってほしかったが、彼女も自分が帰るので精いっぱいの様子だ。プライドで立っているにも関わらず無理強いするのもかわいそうだ。

 とりあえず簀巻きにして本校舎にでも持っていけばいいか。不穏な相談をしているとガーランド先生がやってきた。


「探したよ、ここにいたのかね、シェーラ、ハルヒコ君」


 殺伐とした場面が続いたので、サンタのような笑顔を浮かべるガーランド先生の顔を見るとホッとする。ガーランド先生にギュンター何某のことを伝えると、責任を持って本校舎まで連れ帰ってくれると答えてくれたので任せることにした。





               ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇           





 その日の夜、宿泊ホテルに戻った後にしばらく休んでから俺とシェーラは夜の街に出かけることにした。体調よりもシェーラのメンタル面が若干落ち込んでいるようなので、気晴らしも兼ねて外出した方がいいと判断したのだ。先ほどの戦闘以降、口数が少なくなっていたからな。

 というわけで俺は彼女を伴って夜の繁華街に繰り出した。夜の街は昼間に比べると若干冷え込んでいた。ふと白いものがちらつくので夜空を見てみると雪が降ってきているではないか。この世界で雪を見るのは初めてな気がする。というよりは雪自体を見るのが久しぶりな気がした。道理で吐く息も白くなっているわけだ。ふと傍らのシェーラを見てみると少しだけ寒そうにしている様子だった。毛皮のコートを着ているが首元が若干寒いのかもしれない。気の利いた男ならばここで自分のしているマフラーをかけるということをするのだろうが、生憎とそんな洒落たものは身に着けていない。


(インフィニティ、シェーラの首すじを温めてやりたいのだが、マフラーか何かないかな)

【そういうことでしたらお任せください】


 いうが早いか、インフィニティがとあるスキルを使用する。瞬間、シェーラの首筋に屈強な男の腕が巻き付いた。傍から見るとヘッドロックをかけられているようにしか見えない。出来の悪い心霊写真のようだ。というか千手観音好きだな、お前。

 彼女自身は自分の首に何が巻き付いているのか分からない様子だったが、周囲の人間達が指をさして騒ぎ始めたので慌てて止めさせた。


(違う!そうじゃないだろう)

【…うーん?難しいですね】


 俺が脳内でマフラーをイメージすると納得してくれた様子でマフラーを生成してくれたのでホッとした。彼女の首にマフラーをかけてあげると彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。



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