第二十話-9
おいおい、止めを刺す気か。インフィニティによって映し出されたゼロスペースの戦闘の様子を眺めていた俺は青ざめた。明らかにいつもの理性的なシェーラの様子とは違う。彼女の感情を表すかのように周囲に燃え盛る炎の渦は彼女の怒れる心そのもののようだった。まるで荒れ狂う力に振り回されて暴走しているようではないか。
【暴走しているようではなく、明らかに暴走していますね】
落ち着いていっている場合か。インフィニティの言葉に突っ込みを入れながら俺はゼロスペース内に飛び込んだ。飛び込むと同時に【雷神覚醒】を使用した雷の化身へと変貌した状態でクロックアップを使用した。雷神覚醒によって素早さが極限まで上昇する。その状態でクロックアップを使用することによって周囲に流れる体感時間はあたかも停止したかのようである。たどり着いたゼロスペースの中ではすでに炎の化身と化したシェーラの掌から火球が生まれようとしていた。間違いなく止めを刺そうとしていたことになる。まずいと思った俺はシェーラの手首を弾いて火球の向きを上に向けた。同時にクロックアップの制限時間が切れる。通常の速さで流れ出した時間で瞬時に凝縮された凄まじい熱量を宿した火球が放たれる。火球は真っすぐにゼロスペースの天井に向かって飛んで行った後に爆発と轟音を響かせた。
「どういうつもりだ、シェーラ。相手はすでに戦意喪失している。殺す気か」
「………」
問いただすような俺の厳しい視線に対して彼女は動揺しなかった。というよりも突如とした現れた俺を敵としか認識していないようである。戦闘態勢を解かないのが何よりの証拠だろう感情そのものが欠落したかのような虚ろな瞳でこちらを見ている。こちらの話が聞こえていないのか。
【警告。現在のシェーラ姫は力を暴走させたトランス状態です。こちらとの意思の疎通は難しいものと思われます】
インフィニティが不穏な警告をする。確かに今の彼女は俺のことを認識していないかのようである。返答をする代わりにシェーラはこちらに向けて身に纏う炎を鞭のように操りながら襲い掛かってきた。鞭のごとくしなる炎を紙一重でかわしながら俺は後方に下がった。誘導しながら意識を失ったレジーナが戦闘の影響を受けない位置まで距離を取っていく。
叩きつけられた炎の鞭が当たった床が溶解しながら次々とえぐれていく。ゾッとした。まともに食らったら雷神覚醒で強化された体でもただでは済まない破壊力だ。怪我をさせないように手心を加えれば怪我をするのはこちらの方だ。一瞬で無力化するしかない。覚悟を決めた俺は思い切り大地を蹴った後にシェーラめがけて襲い掛かった。一陣の雷の如く、一瞬でシェーラの懐深く飛び込んだ俺はその勢いのまま、彼女に当て身を食らわせた。単に打撃を与えるのではなく、振動を背後まで浸透させるイメージだ。俺のイメージに忠実に闘気はシェーラの身体を突き抜けていった後に彼女はその場に崩れ落ちた。意識を失うとともに炎のエネルギー体から通常の姿へと戻っていく。床に崩れ落ちる前に俺は彼女を受け止めた。
「…危うく大惨事だったな」
大事にならなくて本当によかった。それにしても凄まじい戦闘能力だった。力を制御できないとなると今の力をうかつに使わせるわけにはいかないぞ。意識を失うシェーラの顔を眺めながら俺は苦笑いした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、どう落としどころをつけるべきだろうか。単純に戦闘結果だけを見ればシェーラの圧勝だ。だが、果たしてレジーナが自分の負けを認めるだろうか。シェーラの力をチート能力だと言いだして、この勝負を無効だと言い出しかねない。まあ、偽造文書を作っていたのだから非はレジーナとギュンターにあるのだから、それを追求すれば何とかなるだろう。
あれ、そう言えば千手観音によって連れ去ったギュンター何某はどうしたっけ。気絶したレジーナとシェーラを両手に抱えた後に通常空間に戻った俺はインフィニティに尋ねた。
「そういえばギュンターの扱いを任せたがどこに連れて行ったんだ」
【映像を出しますね】
インフィニティが映し出した映像を見て俺は絶句した。画面の端に【只今中継中】と書かれた映像ではギュンターは謎の手によって足を掴まれた状態で旧校舎内を走り回っていたからだ。結構な速度だ。時速20~30kmは出てるんじゃないのか。結構な時間が経っているような気がするが、まさかさっきからずっとやっていたのか。流石にいろんなことが怖くなった俺は恐る恐るインフィニティに尋ねた。
「ま、まだやっていたのか」
【具体的にどうしろという指示は出されていませんでしたので】
確かに指示は出していないが、同じ命令をずっと繰り返すなんて一昔のAIか、お前は。
可哀そうに。ギュンターの顔を見てみろ。恐怖のあまりに泡を噴いて白目を剥いているぞ。見間違えじゃなければ顔中に涙や鼻水の痕がついているぞ。ずっと床を引きずっていたら擦り傷でいっぱいになってそうだ。流石にちょっとやりすぎじゃないのか。
【大丈夫です。地面に当たらないぎりぎりのところで宙に浮くように浮遊魔法をかけていますので。安心安全。子供が一日乗っても大丈夫な親切設計です】
いやいやいや、気を遣うところが違うよね。子供をこんな狂気の乗り物に乗せてはダメでしょう。久しぶりにさく裂したインフィニティのポンコツ具合に呆れながらも俺はすぐさまギュンターを開放するように命令したのだった。
ギュンターが引きずり回される様を偶然に目撃していた生徒によって旧校舎の七不思議【怪奇・謎の手に引きずり回される男】の噂が流れるようになるのだが、それはまた別の話である。




