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第二十話-7

暫く話し込んでいた時に突然それは起こった。数人の人間が廊下を歩いて近づいてくる足音が聞こえてきたのだ。ガーランド教授も怪訝な表情をしているため、予期された訪問者ではないということだろう。いったい誰が来たというのだろうか。

足音の主たちは部屋のノックもせずにズカズカと中に入りこんできた。一人は銀縁メガネのやせぎすの初老の男、そしてその後ろには取り巻きを引き連れた金髪縦カールの若い女の姿があった。金髪の女の姿を見たシェーラが小さな声を上げる。あまり嬉しそうな表情をしていないところ、友達というわけでもないようだ。


「まだ旧校舎から立ち退いていなかったのか、ガーランド」

「ノックもないのに失礼ではありませんか、ギュンター副学長」

「立ち退き命令を出しているにも関わらず、不法占拠しているのは君の方だろう」

「学園長からの使用許可が出ているはずじゃと言っておろうが。学園長からの立ち退き命令が書かれた書類でも持ってこない限り、わしは立ち退く気はないぞ」


状況が読めない。一体どういうことなのだろう。ガーランド先生はこの学園の教師であるというのに立ち退きを迫られているというのか。しかし、学園長の許可が出ているというのであれば立ち退く必要はないのではないだろうか。その言葉にギュンターと呼ばれた男は懐から何やら書類を取り出した後で、にやついた顔で書類を突き付けた。


「そういうと思って持ってきましたよ。学園長の直筆のサインが書かれた解雇命令書です。学園長からの指示である以上、あなたはクビです」


書類を突き付けられたガーランド先生の表情が変わった。両手で書類を持っているものの、その横顔が見る間に青ざめていく。信じられないといった様子である。


「信じられん。本当にあやつが署名したというのか」


学園長のサインを見るガーランド教授の表情には落胆の色が浮かんでいた。気になった俺はクロックアップを使用すると教授の持っている書類を覗き込んだ。高速移動で動く俺の行動に周囲の動きは静止したようになっている。誰も俺の動きに気づくことはないだろう。


「インフィニティ、この書類を鑑定してくれ」

【了解しました。これは…精巧に作られた偽造文書ですね。学園長のサインとやらも模倣して作ったようです】

「なるほどね」


ようは偽の書類を使ってガーランド先生をこの学園から追放したいということなのだろう。事情が分かった俺は席に戻るとクロックアップを解除した。周囲の人間にはそよ風が吹いたようにしか思えないだろう。書類が偽物だと分かったからにはこの連中にお灸をすえる必要がある。だが、俺がクロックアップを使ったこと等知る由もないギュンター何某は尚も居丈高にガーランド先生を脅しつけている。


「お分かりですか。病気療養している学園長が不在の今、学園の責任者はご息女であらせられるレジーナ様だ。レジーナ様が貴方をクビにして旧校舎を建て壊すと言ったからには従ってもらわないと困る」


ギュンター何某がそう言って下がると後ろにいた金髪縦ロールがしゃしゃり出てきた。


「ガーランド、あなたは確かに父の古い友人であり、学園にも貢献してくれたわ。でも貴方のような古い人間がいては学園を変えることはできないの」

「レジーナ様、あなたはこの学園をどうするおつもりですか」

「魔法が使えない人間はこの学園には必要ない。完全な実力主義の学校に変えるのよ」

「馬鹿なことを…」

「口答えするのならば魔法を使えるようになってから言ってもらいたいものね」


ちょっと痛い目に遭わせるか。そう思った俺はインフィニティに指示を出そうとした。


『インフィニティ、ちょっとあいつを懲らしめるぞ』

【泣いたり怒ったりできなくすればいいですね】


不穏なことを言っているが任せるか。そう思って行動を起こそうとした瞬間だった。それまで黙って座っていたシェーラが立ち上がった。今までにないくらいに真剣なまなざしだった。


「いい加減にしたらどうですか!」


鋭い声が部屋中に響き渡る。全くこちらに注意を向けていなかったせいか、金髪縦ロールがぎょっとした顔をする。


「い、いきなり何かしら。無礼な人ね。どこかで会ったことがあるかしら」

「自分がさんざん苛めてきた人間の顔も忘れたようですね」

「…まあ、まさか貴方、泣き虫シェーラなの?」


金髪縦ロールは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに元の意地悪そうな表情になるとシェーラの正面に立って彼女を睨みつけた。


「逃げ帰るように母国に帰っていった劣等生が今更何の用かしら。少しくらい痩せて色気づいたようだけど、また私の氷結魔法を食らいたいようね」


そう言った瞬間、周囲の外気が一段と冷え込んだように感じた。いや、これは金髪縦ロールの周囲の魔力が氷の魔力に変化している影響だろう。魔力を身にまとった状態で金髪縦ロールがシェーラの右手首を掴んだ。瞬間、シェーラの手首が凍結していく。


「前みたいに泣いて謝るならこの程度で勘弁してあげるわ。でも口答えする気なら前みたいに氷の彫像にして学園前に飾ってやるんだから」


シェーラの身体が小刻みに震える。だが、それは恐怖から来る震えではなかった。怒りだ。金髪縦ロールに対する怒りの感情と共に彼女の体から膨大な魔力が発せられている。

その魔力は炎へと変化して彼女の腕の氷を一瞬で溶かしていた。


「シェーラ、貴方、一体…」

「レジーナ、前の私と同様とは思わないことです」

「ふ、ふん。調子に乗るんじゃないわよ、劣等生」


周囲の男どもを見てみると、二人の女の闘いの魔力の凄まじさに愕然としているようで、止めに入る人間は皆無の様子だった。だが、このまま放置しておくことはまずい。そう思った俺はインフィニティに命じた。


「インフィニティ、ここで決着をつけさせると研究室が燃えてしまう。二人をゼロスペースに移動させられるか」

【お任せください。マスター】


インフィニティがそう返事をした瞬間、二人の足元から夥しい数の腕が現れると同時に二人の身体を捕まえて引きずり込んでいく。その様子は人間を捕食する魔獣の触手のようだった。


「い、いやあああ!!何、何なの、これは!!!」


シェーラはともかく、初見の金髪縦レールが恐怖のあまり半狂乱となって悲鳴を上げる。だが、無数の腕たちは容赦なく少女たちを地面の中に引きずり込んでいく。必死に抵抗する二人の少女はやがて力尽き、地面の中、もといゼロスペースの中に引きずり込まれていった。彼女たちを引きずり込んだ後に地面は元通りになっていた。




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