第二十話-3
ユーフィリア魔導王国。シェーラ・シュタリオンにとっては苦い思い出のある国である。強大な力を持った魔導士であったシェーラの母もこの国で魔法の修行をしたことから、シェーラ自身も力を身につけるべく留学をしていたことがあるのだ。だが、留学時代のシェーラは多くの挫折を経験した。ユーフィリアにある魔導学校で彼女が理解したのは自分が母とは違って攻撃魔法の才能が皆無であったことであった。だが、彼女は諦めなかった。教師たちや学友が幾ら止めても攻撃魔法の練習を一所懸命に行ったのである。諦めきれないという口惜しさもあったのかもしれない。そんな彼女を学友たちは嘲笑った。
その頃のシェーラは宰相フッテントルクの陰謀によって呪いの首飾りを身につけていたために太っていたために『白豚姫』とあだ名をされていた。
シュタリオン国のシェーラ姫は見目麗しき白豚姫。攻撃魔法の才能がなくても今日も無駄な努力を続ける。ああ、可哀そうな白豚姫。
性格の悪い学友などは彼女を嘲笑う歌まで作って彼女を馬鹿にした。それにもめげずに彼女は努力を続けたが、魔導学校卒業までに身につけたのは基本的な魔法の知識と回復魔法くらいであった。
シェーラがユーフィリアに赴く晴彦に同行すると言い出したのはそんな過去の苦い思い出を振り切りたいという気持ちがあったからであろう。
晴彦自身も太って馬鹿にされていた頃の気持ちはよく分かっていた。ゆえにシェーラがそういった理由で同行を申し出たのを快く受け入れたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シェーラからユーフィリアに同行したいと言われた時はどうしようかと思ったが、かつての学友達に今の姿を見せたいからだと言われて俺は納得していた。普段は穏やかな彼女にも悔しいとか見返したいと思う感情があったのだ。
ユーフィリアに赴いた際には早々に彼女の母校である魔導学校へ行く必要があるだろう。そんなわけで俺はシェーラと共にユーフィリア魔導王国に向かっていた。例によって人間大砲を使うわけにもいかなかったので、今回は竜王から派遣されている竜の送迎で向かうことにした。竜の背に乗って空を飛ぶのはじめての経験だったのでシェーラは戸惑っていたが、大空を飛行しだすと次第に興奮した顔つきに変わっていった。普段、フェニックスになったりするのだから空を飛ぶのは初めてではないはずだろうと尋ねると、あの状態は半覚醒の状態のためにはっきりした自我がないために自身の身体で風を斬って飛んでいるような今の感覚はないのだという。
「風を感じながら空を飛ぶのがこんなに気持ちいいとは思いませんでした」
「久しぶりに息抜きになったようでよかったよ」
無邪気に喜んでいるシェーラの顔を見ると俺も嬉しくなった。シュタリオン国に戻ってからは真面目そのものの仮面を被って内政の仕事をしていたものな。久しぶりに一緒に暮らしていた頃の彼女に戻った気がする。
「ちなみに前はどうやってユーフィリアに行ったんだ」
「幌馬車に乗っていったのですが、何日も揺られてお尻が痛くなりました」
「なるほどね」
想像するだけで尻が痛くなった。実は俺もディーファスで暮らすようになってからは何回か乗合馬車という奴を体験したのだが、あれは乗りごごちが最悪である。道も舗装されていないからガタガタなので揺れるし、柔らかいシートなどないために彼女が言うように尻が痛くなるのだ。半日でも堪え切れなかったのに、それが何日も続いたら気が狂う。
「そう考えると飛行魔法の方が楽だな」
「ハルみたいに高速で長時間を飛べる魔法使い自体が少ないですけどね」
暗に人外と言われたような気がするが気にはしないでおこう。
『マスター、新しい交通手段で大陸間横断大砲もできましたと伝えなくていいのですか』
(余計なこと言うな。お説教が始まったらどうするんだ)
脳内で口を挟むインフィニティを黙らせて俺はシェーラと空の旅を楽しんだ。竜の送迎は思ったよりも早く、俺たちはユーフィリア魔導王国にたどり着くことができた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ユーフィリア魔導王国に近づいていくにつれて眼下に見える光景が白一色になった。雪景色というやつだろう。周囲を雪に覆われている上に険しい山に囲まれている。人が住むには厳しすぎる環境である。そんな山間部をくり抜いたように城下町が作られていた。そしてその中央には巨大な城が建造されていた。あれがユーフィリアの城なのだろう。王国の上空まで飛翔した竜は目に見えない何かに阻まれた。どうやら魔導結界が張られているらしい。どうやって中に入ろうか迷っていると胸元に入れていた手紙が光り出していた。手紙を取り出すとまるで自分の意志を持っているかのように飛び始めたかと思うと光り輝く小鳥の姿に変わった。小鳥は俺たちの周囲を飛んだ後に誘導するかのように城門の方に降りていった。俺は竜に命じて小鳥となった手紙を追うように伝えた。
城門ではすでに俺達を出迎える兵達が集まっていた。兵達は俺が竜に乗ってきたことに少しだけ動揺している様子だったが、あくまでも表面上は平静を保っていた。
「藤堂晴彦殿ですな…お連れの方はどなたですかな」
「シュタリオン国のシェーラ姫です」
「…シェーラ姫、まさか!?」
以前訪れた時に面識でもあったのだろうか。兵士の長らしき男はシェーラの事を知っている様子だったが、彼女の見た目があまりにも違うことに戸惑っている様子だった。そんな兵士の様子に俺とシェーラは苦笑いした。




