第二十話-2
シェーラの献身的な看病の甲斐もあって瘴気による呪いも一週間もする頃にはある程度は起きて動き回れるようになった。その頃になると戦地から戻ってきたインフィニティにメグナート森林王国の現在の状況の報告を受けることができた。帝国兵が本土に逃げていったことで状況は落ち着いてはいるものの、いつ大軍を率いて襲ってくるとも限らない。マサトシやカミラ達が暫くの間は駐在してくれるそうだが、念のために竜王に頼んで数匹の竜を護衛に派遣してもらうことにした。驚いたことにメグナートには以前に俺達と交戦した黒竜が直接向かってくれることになった。どうも黒竜は例の一件の後に心を改めたらしく、帝国との戦いにも前向きだそうである。竜王が黒竜から直接聞いた話では司馬さんと飲んだ酒がうまかったらしく、酒飲みついでに丁度いいという話であった。理由はともかく、こちらとしては非常にありがたい話だ。
状況を確認した後で俺は城をうろつくことにした。国王を含めたほとんどの人間は俺の回復を喜んでくれたが、宰相であるエルやんだけは違った。
彼はすでに俺が助からないものと考えて棺の準備や国葬までの段取りを組んでくれていたのだ。快復した俺の姿を見た時の彼の落胆具合は凄まじかった。
「君がアンデッドになれば私を越える逸材になると思っていたのに残念だなあ…」
「何だよ、その落胆具合は!しかも残念なのがその理由かよ!」
「棺は次の機会に取っておくよ」
去り際にそんなことを言われて死亡フラグかよとモヤモヤしたものが残ったものの、彼なりに俺の事を考えてくれたのだと無理やり気持ちを納得させた。
そんなことを考えていると脳内でインフィニティから呼び出しがかかった。なんでも瘴気対策ができたから城の地下まで来てほしいという事だった。瘴気を防ぐ鎧でも完成したのだろうか。わくわくしながら、俺は自室の隠し通路から地下に向かうことにした。いつものように階段を下りていくと地下でインフィニティが待ち構えていた。
「マスター!ご回復おめでとうございます」
「うん、ありがとう。心配かけたな。で、瘴気の対策となるものができたと聞いたから、さっそく見たいんだけど」
「はい、こちらにご案内します」
そう言って連れていかれたのは地下から更に下に降りる昇降機だった。いつの間にこんな者を作ったのだろう。戸惑いながらも昇降機に乗り込むとゆっくりと下に下がっていった。かなり下まで降りるんだな、そう思っていると目的地に着いた。
昇降機の扉が開いた瞬間に俺は言葉を失った。そこにあったのは瘴気のため池であったからだ。凄まじい濃度にほとんど治ったはずの俺の身体の瘴気のシミがうずく。思わず後ずさる俺にインフィニ何某さんは透き通った笑顔で説明を始めた。
「例によって逆境を克服するマスターのために瘴気の濃い環境を用意しました!この中で生活すれば瘴気なんて怖くなくなりますよ」
気のせいだろうか。瘴気のため池から人の形をしたような瘴気がおいでおいでしているような気がする。あんなところに放り込まれたら流石の俺でもただでは済まない。頭が痛いのはこの女が俺の指示のない独断でこういう事をすることだ。危険にも程があるだろう。
抗議するかのような視線を俺はインフィニティに向けた。目玉がぐるぐる回っている。こいつ、状態異常【混乱】にかかっているんじゃないのか。
戸惑った俺が本当に恐怖したのは次の瞬間だった。何と瘴気のため池から無数の瘴気の手が昇降機に向かって飛び出してきたのだ。恐怖を感じた俺は反射的に昇降機の扉を閉めた。間一髪で瘴気が俺達を捕らえる前に扉が閉まったので俺は安堵の溜息をついた。
同時にインフィニティが糸の切れた人形のように崩れ落ちた。どうしたのかと思って助け起こすと完全に意識を失っていた。こいつ、まさか瘴気に毒されて操られていたのではないのか。だとしたら洒落にならない展開だったという事だ。なんとも言えないモヤモヤを抱えながら俺は地上に戻ることにした。
意識を取り戻したインフィニティは案の定、先ほどの事を全く覚えてはいなかった。魔界の瘴気とはこの万能スキルすら狂わせるという事になる。危険すぎると判断した俺は昇降機を封印した。
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宛先のない書簡が届いたのは次の日の事だった。体調が本調子に戻るまで自室で静養していた俺の元にやってきたシェーラが戸惑いながら差し出したのは一枚の手紙であった。蠟で封がされているが、形に見覚えはない。どこかの国の紋様だろうか。
「その紋章は確かユーフィリア魔導王国のものです」
「そうなのか、シェーラ、よく知ってるね」
「私が魔法の修行をしたのはあの国ですから。もっとも、修行しても攻撃魔法を身につけることはできませんでしたが」
なるほど、確かに普通の人間は弱点の克服で魔法の才能がないことを克服できるなんて知らないものな。シェーラを指導していた先生もそんな裏技があるとは知らなかったから普通に彼女には攻撃魔法は使えないものと思い込んだに違いない。
一体、ユーフィリアが何の用だろうか。そう思って封を開けて手紙を読んでみると、どうやら手紙はユーフィリアの女王陛下からのものだった。なんでも俺に魔神が宿っているという嫌疑がかかっているらしく、直接招いて真偽のほどを見極めたいという事だった。何となく嫌な予感がして俺はシェーラに尋ねた。
「…ユーフィリアって国はどういう国なんだっけ」
「ユーフィリアは永世中立国です。国民すべてが手練れの魔法使いのため、周辺国からも恐れられています。強大な帝国との同盟も組んでいないはずですが」
何故だろうか。何となく罠の匂いがプンプンする。疑り深くなったせいだろうか。基本的に自分から出向くことに対して不安はないのだが、人から招かれるのは不安になってしまうのは小心者の証だろう。
「正直、気が進まないけど行った方がいいかな」
「ユーフィリアの女王陛下は古代の勇者と共に戦った歴戦の勇士です。帝国のように一方的に攻撃を仕掛けてくるという事はないと思いますが、無視をすれば今後の国交にも差支えがある可能性があります」
「…行った方がいいか」
正直、気が進まなかったがシルフィードの心証を悪くする可能性もあるため、俺はユーフィリアに出向くことにした。




