第十九話-18
再び俺が意識を取り戻したのは魔神グノスとの戦いから数日が経過した後だった。見知らぬ天幕の中で目覚めた俺は傍らで心配そうに見守るワンコさんの姿を見つけて安堵した。彼女も俺が目を覚ましたことで安心したようだ。
「よかった、もう目を覚まさないんじゃないかと心配したよ」
「…ご心配をおかけしました」
疲労のせいか全身が自分の身体でないように重い。起き上がるのが精一杯だった。ワンコさんは荒い息をしながら起き上がる俺を支えながら気遣ってくれた。
「まだ起き上がらない方がいい」
「…俺と戦った魔神が憑りついていた男の子はどうなりましたか」
「あの獣人の子のことか?安心していい。魔神の憑依は完全に解けたようだから」
「そっか…よかった…」
それだけを確認して体が重くなった俺は再びベッドに横になった。それだけは気がかりだった。いくら雷神覚醒で半エネルギー体になったとはいえ、宿主の身体を貫通したのだ。死んでなくてよかった。それにしても疲労が残っていることもあるのだが、喉が非常に渇いている。そのことを伝えるとワンコさんは水を取ってくると言って天幕を出た。
一人きりになった俺は体内にいるインフィニティに尋ねた。
「なあ、インフィニティ。聞えているんだろう」
『マスター、意識が戻ってよかったです。体はもう大丈夫なのですか』
「そのことなんだが、自分の身体じゃないみたいに重いんだ。鑑定スキルで何か分からないか」
『魔神の瘴気に直接触れたことが原因であると考えられます』
どういうことかと尋ねると魔神の放つ瘴気は普通の人間には猛毒であり、それを浴びれば傷や疲労の治りも遅くなるのだという。本当に瘴気のせいなのかと思ってステータスを確認すると状態異常で【瘴気】としっかり表示がされていた。直すにはどうすればいいか尋ねると安静にするのが一番だと言われてしまったので寝て直すことにした。
厄介なステータス異常だ。今後もあの魔神みたいな奴と戦うことになるのならば瘴気に触れないような鎧を作る必要もあるだろう。
『今、作成しているパワードスーツのコンセプトにも付け加えましょう』
「…あれの事だよな。もう少し色合いとか形とか考えられなかったのか」
げんなりしながら俺はインフィニティに文句を言った。例のパワードスーツとは秘密裏に開発を進めている俺とインフィニティの二人乗りの複座型の機体の事である。人間以上の大きさの相手との戦いをコンセプトとして作られているために人間サイズよりも一回り大きい。だが、問題はその形状にある。特徴のある青くて丸い頭部にこれまた白くて丸っこい先端を持つ腕部。お腹のポケットはゼロスペースに直接繋がっているのだが、その形状はどう見てもあんこを入れた何たら焼きというお菓子が好きな例のアレにしか見えない。
「…やっぱりあの形状はなしな」
『ええ!?どうしてですか!!大好きなのに』
「やっぱりあれをイメージして作っていたのか!!!却下だ、却下!!!」
『マスターが最初に作ろうとしていた腕がロケットみたいに飛んだり、胸からビームを出したり、両手に手斧を持っている奇怪な機体よりましです』
どちらも訴えられるのは間違いないだろう。何となく遠くの方から「やめておけ」という神の声が聞こえた気がする。そんなことを話しているうちに水を持ったワンコさんが戻ってきた。
「どうしたんだ、大きな声を出して」
流石に猫型のパワードスーツを作るかどうかで揉めていたとは言えやしない。気恥ずかしくなった俺は話を誤魔化すために帝国兵達の状況を聞いた。魔神が復活して生気を吸いまくって暴れたことで帝国兵達は戦闘ができるような状態ではなかった。それは獣人たちも同様であったようだが、墳墓から離れて様子を伺っていた獣人の残存兵達が増援としてきたことであっという間に形勢は逆転したらしい。
「その戦いには笑い続ける影のような蜘蛛男や小さな小人たちの姿もあったのだが、何か知っているか」
「い、いいえ、それは何かのモンスターですか?」
がっつりと身に覚えがあったのだが、俺は誤魔化すことにした。パルピコの奴、影男を外に放ったままだったようだな。結果として獣人たちに加勢したからよかったものの下手をすれば大惨事だ。
色々とすっきりしないものはあったものの、墳墓周辺は帝国の支配から抜け出したようである。少し外の様子が気になった俺は無理やりに体を起こすとベッドから立ち上がった。よろける体をワンコさんに支えてもらいながら俺は天幕の外に出た。そして言葉を失った。
天幕の外をたくさんの千手観音や影男、パルピコや見た覚えのない肉の塊、恐らくは肉の芽の本体であろうものが取り囲んでいたからだ。恐らくは俺の意識が戻るまでここで待っていてくれたのだろうが、傍から見ればモンスターの大軍団にしか見えない。
『きょーきょきょっきょきょ!!!』
「あはははははははははは!!!あははははははは!!!」
「ぱるぴこ!ぱるぴこ!!」
「うじゅるうじゅるうじゅる!!!」
俺達の様子を遠目から見ている獣人たちが心底怯えた表情でこちらを見ているのを俺は見過ごさなかった。嫌な予感がして俺は肩を貸してくれるワンコさんの方を見た。精神的にショックだったのか真っ青な顔をしながら唇を震わせている。無理もない。いきなり百鬼夜行に遭遇したのだ。冷静でいろという方が無理だろう。
俺は「違うんです、これは違うんです」と誤魔化しながら歓喜の雄たけびを上げるクリーチャーたちをゼロスペースに無理やり収納した。
体裁を整えようとしたのだが、まるで駄目だった。こうしてメグナートに『名状しがたい異形使い』として俺の名は広まることになったのだった。




