第十九話-17
体のあちこちが熱を帯びていて痛い。凄まじい威力の爆炎魔法だったという事だ。自分の攻撃をまともに潜り抜けていくとは思っていなかったようで、少年は面白いものを見るかのように俺を見た。
『普通の人間ではないようだな』
あまり嬉しくないお褒めの言葉を頂いたものだ。お前に言われたくはないよ。俺は内心でそう思いながら敵のステータスを確認した。だが、恐ろしいことにステータス鑑定に失敗した。今までそんなことなどあり得なかっただけにインフィニティが驚愕の声をあげる。
『そんな!あり得ません!ステータス鑑定に失敗するという事は敵がこちらと同等の力
を持っていることになります!』
油断ならない相手だということが分かれば充分だ。鑑定の結果、詳しいステータス表示はわからなかったものの相手の名前と状態だけはわかった。
魔神グノス。レベル300。状態【魔神憑依】。
どうやら依り代となっている獣人の少年の身体に魔界の魔神が憑りついている状態のようである。レベル300ってなんだよ。少しは自重しろと言いたくなる数値だ。グノスはこちらがステータス鑑定を行ったことに気づいた様子で軽薄な笑みを浮かべた。
『どうした?見てはいけないものを見たような顔をしているが』
「あんたが化け物だという知りたくもない情報を知っただけだ」
『そうか。ならばそれを冥土の土産とするがいい!』
グノスはそう言うなり襲い掛かってきた。凄まじい速さだった。クロックアップをするものの全くグノスは止まることはなかった。クロックアップが効いていないわけではない。単純に奴の速度が速すぎるだけなのだ。奴の振り上げた拳を危うく喰らいそうになった俺は間一髪のところでそれを避けた。同時に拳圧から生じた衝撃波が墳墓の方に激突して大爆発が起こる。瓦礫と共に逃げ遅れた帝国兵達が宙を舞う。ゾッとする威力の攻撃だ。
それに一瞬だけ気を取られたのがいけなかった。俺の背後に回ったグノスがかかと落としを俺に食らわせてきたからだ。脳天にまともに攻撃を喰らった俺は一瞬にして地上に叩きつけられて血を吐いた。意識が飛ぶかと思った。
だが、その一撃は終わりではなく始まりに過ぎなかった。俺が起き上がる頃には空中にいたはずのグノスはすでにこちらに向かって高速飛翔してきていたからだ。速すぎる。防御態勢を取るので精いっぱいだった。だが、グノスはこちらの防御を易々と弾いて攻撃を仕掛けてくる。両手を交差して顔面をガードして耐えようとしたが、グノスの拳がガードした手に当た瞬間に吹っ飛ばされた。駄目だ、【雷神覚醒】でもあいつの攻撃に対応しきれない。
単純にレベルの差もあるのだろうが、根本的に魔神はこれまでの敵とは強さの質が違いすぎる。異質すぎると言っても過言ではないだろう。
戦闘開始して間もないのにすでにこちらの体力の7割は持っていかれている。瞬間再生が間に合わない。だが、グノスの様子がおかしいことに俺は気づいた。攻撃を加えた自分の手をまじまじと見つめて首を傾げているのだ。
「あいつ、何をやってるんだ」
『すぐに分析します…どうやら依り代となる少年の身体が脆過ぎて自分の攻撃に耐えきれていないようですね』
インフィニティの言葉に俺は奴の攻撃してきた手を注視した。だらんと垂れ下がっている。どうやら完全に折れているようだ。にも拘わらず回復魔法を使う素ぶりも見せない。傷を癒す手段を持たないという事だろうか。
「インフィニティ、奴に勝つ方法はあるか」
『残念ながら敵の戦闘能力は完全にこちらを凌駕しています。一刻も早く戦線離脱することを勧めたいところですが…そうもいきませんよね』
「お前もだいぶ俺のことが分かって来たじゃないか」
マサトシ達を置いて逃げるわけにはいかない。それをインフィニティも分かってくれている。これだけの危機だというのに鑑定スキルの成長に気づくことができて嬉しくなった。だが、余裕など全くない状況には変わりはない。
攻撃を加えてこない間に俺は必死で奴に対抗できる手段を考えた。これまでの強敵との戦いを振り返りながら、俺は奴に対抗する術を模索した。そして閃いた。
一つだけ方法がないわけでもない。だが、これをやるのはかなり躊躇われた。なぜならば良くて過負荷のかかり過ぎでスキルの消失、悪くて再起不能になる可能性があるからだ。
かつてデモンズスライムを屠った最後の瞬間に放った【オーバードライブ】。あれを今の【雷神覚醒】と【クロックアップ】に使用するのだ。限界を越えた雷神の力ならば奴に一撃を入れることも可能だろう。
『成功確率は10%もありません。到底、推奨できません』
「10%という事は10回やれば一回は成功するんだろうが。残りの90%は気合でカバーしてやるよ」
倒れるわけにはいかない。ここで奴を倒しておかないと墳墓にいる仲間達の命を危険に晒すことになる。それは絶対に避けたかった。
「行くぞ、インフィニティ。覚悟を決めろ」
『…仕方がありませんね』
『「オーバードライブ!!」』
スキル名を宣言した瞬間に俺の身体は凄まじい量の放電を開始した。大気が放電する。人の姿をかろうじて取りながらも稲妻そのものに変化した俺にグノスは不敵な笑みを浮かべた。
『こんな力を隠し持っていたか、人間』
そのままの姿では不利と悟ったのか、グノスの精神体らしきものが憑依している獣人の少年の身体の内側からあふれ出す。それは紫のオーラを纏った精神生命体であった。その姿を確認した後に俺は奴に向かって激突した。お互いのオーラが激しくぶつかり合いながら地上から天に向かっていく。一撃一撃ぶつかり合うたびに雷光となった体が悲鳴をあげる。一瞬でも意識を失えば負ける。そんな俺にグノスは狂ったように笑いかける。
『楽しい!楽しいぞ!人間!貴様の名は何というのだ!』
「藤堂晴彦だっ!!」
俺はそう叫びながら渾身の力を込めてグノスに向かって体当たりした。それを押し返そうとするグノスと俺のぶつかり合いが拮抗する。グノスのオーラには力を吸収する能力でもあるのか、雷神の力が弱まっていく。だが、俺は怯まなかった。自分の身体の事など気にしてはいられない。命を懸けて仲間を救えるのならば、いくらでもかけてやる。
その覚悟が俺とグノスの決定的な差になったのだろう。渾身の力で一回り大きな光の塊となった俺はグノスを貫いた。
『見事だ…藤堂晴彦よ、我が肉体が蘇った暁には再び相まみえようぞ』
「…おこと…わりだ…」
俺の言葉にグノスの精神体は嗤いながら消えていった。光の力を失って人間の身体に戻った俺と獣人の少年は半ば意識を失いながら地上に落下していった。




