第十九話-16
異形の化け物と化した晴彦が敵の機械兵達を自身の空間に引きずり込むのをマサトシ達は茫然と眺めていた。というよりは眺めるしかなかったと言える。それはそうだろう。ラスボスみたいな禍々しい姿を晴彦が見せたのだ。三人そろってどういえばいいのか分からなかった。
「なんてこった、アニキのあの力…」
「ええ、いつもより禍々しかった…」
「何というか、藤堂さんの力ですら力を持て余していたみたいでしたね」
あまりの異形っぷりを見せた晴彦に三人ともドン引きである。そんな彼らの元に司馬が駆る神馬が降り立ってきた。
「大丈夫か、お前たち」
「司馬さん!剣崎捜査官も!」
「よかった、みんな無事だったようですよ、司馬さん」
地上に降り立った司馬とワンコは三人の捜査官候補の無事な姿を見て安堵した。想像を絶する敵との戦いが起きると考えていたために肩透かしを食らった司馬はマサトシに尋ねた。
「どういうことだ、空の色を変えるほどの化け物の気配が消えているが、まさかお前たちがやったのか」
「あはは、それはその…」
どういっていいものか分からない。司馬達がやってきたのは晴彦が原因であったことを察することはできたものの、まさかその気配が晴彦のものだとは言えるわけがなかった。
「至る所に破壊の痕があります。帝国兵達が倒れていますし、激しい戦闘が行われたのは間違いがないようです」
「一体何がどうなってやがる…」
マサトシはなるべく司馬達から顔を背けながら思った。藤堂さん、早く帰って来ないかな。その場の誰もが緊張感が全くなくなった状態で戦いは終わったのだと思っていた。だからこその油断があったのだろう。司馬ですら隠れた帝国の動きを把握していなかった。
異変に気付いたのはカミラだった。晴彦との厳しい修行によってその場の誰よりも魔力の扱いに秀でていた彼女は墳墓の内部に異常な魔力が集まりつつあることに気づいた。
「どういうこと!?この建物の内部に魔力が集中している。嫌な予感がするわ!」
カミラがそう叫んだ瞬間に司馬達も警戒態勢を取った。だが、すでに手遅れだった。墳墓の表面が光り輝いたかと思うと墳墓の内部の異常な魔力の塊が周辺全ての生命体の生命力と魔力を吸いあげ始めたのだ。マサトシ達は勿論、司馬やワンコですら立っていられなくなって膝をついた。
「ぐおっ!」
「ううっ…何よこれ…」
「まずいぜ…容赦なく俺たちの力を吸い取ってやがる…」
吸い上げる力はまるで容赦というものを知らなかった。凄まじい勢いで墳墓は命の力を吸い上げていく。そして墳墓の内部で渦巻く魔力の中心は更に巨大に禍々しい気配を増していった。すでにその場に立っている人間は誰もいなかった。生きているのがやっとの状態で誰もが倒れ伏している状態で呻く中、魔力の中心は墳墓の内部で嵐のごとくうねり狂っていた。
墳墓の内部では帝国の魔科学者たちが興奮しながら魔力の嵐を観察していた。特殊な防護服で吸収される魔力を完全に遮断しているために魔科学者たちは倒れ伏すことはなかった。
「素晴らしい!素晴らしい魔力流じゃ!この魔力流であればこれまでにない魔神を誕生されられる!!」
魔力の渦の中では一人の獣人の少年がもがき苦しんでいた。人の身で受けきれる異常な力を無理やり体の中に入れられているのだ。例えるならば風船が割れるくらいの空気を一気に注入されているようなものだ。すぐに発狂してもおかしくない力であった。それでも彼を支えたのは仲間達を助けるまでは死ねないという必死の気持ちだけであった。
そんな少年の心を注入された術式の中に取り込まれた太古の魔神の意識が容赦なく上書きしていく。消え去る瞬間、彼は先に逃がした仲間の少女の事を思い出した。彼女は上手く逃げることができただろうか。そんな彼の意識は彼方に消えていった。
魔力の暴流が少年の身体の中に吸収されていく。体の表面に紫に光り輝く魔力の紋様が刻まれた。先ほどとは打って変わった残忍な表情で少年は瞳を真っ赤に光らせた。
『ふむ、なかなか良い依り代だな』
「おお、実験成功だ!!」
喜ぶ魔科学者たちの元に少年は一瞬にして近づいていた。まるで歩く時間自体が端折られたかのような動きだった。戸惑う魔科学者たちの腹を少年は躊躇いもなく貫いていく。あっという間に部屋の中は血や肉片が飛び散る地獄絵図となった。腹を貫かれた魔科学者達は全ての力を吸い取られてミイラのように干からびていた。
『大した力ではないが、蘇ると腹が減るものだな』
少年は首を傾げながらミイラとなった魔科学者の頭を容赦なく踏んで粉砕した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
機械兵達をゼロスペースの中で滅ぼした俺は元の姿に戻った後に墳墓に戻って驚いた。戦闘が終わったら例によって反省会だ。あんな化け物になるなんて聞いていないからな。マサトシ達が倒れているではないか。何故か司馬さん達も来ているのが気になったが、墳墓にいる人間や獣人たちが皆倒れている姿は尋常な様子ではなかった。俺が助け起こすとマサトシは弱々しく目を開けた。意識が朦朧としているようだ。衰弱しきっている。
「大丈夫か、一体何があったんだ!?」
「…藤堂さん…墳墓の中…やばい…」
マサトシはそれだけ言うと再び意識を失った。マサトシを抱えながら俺は回復魔法を使った。だが、体のいくつかにあった傷は塞がったというのにマサトシが意識を取り戻さないことに気づいた。体力回復していないのだ。
「インフィニティ、マサトシ達がどういう状態になっているか分かるか」
『これは…体力というよりは生命力を吸い取られている状態です。回復魔法ではなく時間をかけて自然回復しないと回復しないでしょう』
一体どういうことだ。生命力を吸い取られているだと。俺がいない間に一体何が起きたというのだ。辺りを見渡すと皆がマサトシ同様に倒れていた。何が起きているのかは分からないが、いやな予感がする。そう思った瞬間だった。凄まじい力を持った何者かが墳墓の内部を突き破って上空に現れた。
それは全身に紫のオーラを放つ赤い目をした少年であった。一体何者だ。怪訝な顔をする俺に対して少年は不敵な笑みを浮かべた後に掌をかざした。瞬間、小太陽のような大きさの火球が少年の頭上に現れる。大きさの桁が違う。あんなものを放ったらこの辺り一帯がどうなるか分からない。慌ててマサトシを落として空中に飛び上がった俺は【雷神覚醒】を使用して迫りくる火球に突っ込んだ。多少のダメージはあったが、構うものか。火球の中心で全力の雷撃を放つと同時に火球が爆散する。爆風が晴れた後に俺は少年を睨みつけた。




