第十九話-9
5分後、目的地にたどり着いたパルピコはようやく暴走をやめた。だが、止まった瞬間が一番洒落にならない事態を招いた。フルアクセルの状態から急ブレーキをかけたかのようにパルピコが停止したために乗っていた三人は投げ出されるように車外に放り出されたのだ。
優れた反射神経を持つアリスと浮遊マントを所有するカミラ、そして彼女に助けられたミケは助かったのだが、マサトシはそうはいかなかった。弾丸のように飛び出した彼はそのままの勢いで頭から木に激突したのだった。
「ぐふ…マジであり得ねえだろ…」
マサトシの言葉にパルピコは小首を傾げながら頭を掻いていた。彼なりにちょっと失敗してしまったとでも思っているのだろう。だが、ちょっとどころの失敗ではない。なぜならばリアカーはいたるところが破損した半壊状態であったからだ。パルピコの暴走に強度的に耐えれなかったのだろう。タイヤは変形して円形をしていないし、荷台の部分は所々に木の枝や途中で轢いた動物のものであろう血飛沫や肉片が飛び散っていた。
(もう絶対に乗らないようにしよう)
その場にいたパルピコ以外の人間の共通認識であった。顔面が真っ赤になりながらも、何とか大けがをせずにすんだマサトシは鼻を抑えながらパルピコを見た。半壊したリアカーをポケットの中に仕舞っているのを見て、まさかまた使うつもりじゃないだろうなという不安を覚えたが、敢えて口には出さなかった。
気を取り直して周囲を見渡したマサトシは言葉を失った。周囲の森が先ほどまでいた場所とト違い、清々しいまでの正常な空気に満ちていたからである。木々の間から差し込む木漏れ日が神々しさを増している。
「何なの、ここ。周辺の魔力の密度が半端ないんだけど。マサトシ、魔眼で何か分からない?」
カミラに言われてマサトシは自身のスキルである【万理の魔眼】を発動させた。万理の魔眼は通常では見ることのできない魔力の流れや隠された扉、果ては人間の気脈の流れなど様々なものを見ることができる。魔眼が照らし出した風景は周囲の濃い魔力の流れが一カ所から発せられているのがはっきりと見ることができた。だが、それよりも伝えるべきことがあった。
「奥の方から濃密な魔力を生み出す何かがある。…気をつけろ、囲まれているぞ」
マサトシがそう言った瞬間に鋭い風切り音が上がった。同時に彼の足元の地面に一本の矢が刺さった。警戒するマサトシ達の前に木の影から何人もの人影が現れる。
【立ち去れ、人間どもよ。ここは我らエルフの聖域なり。どうやって入り込んだかは知らぬが、これ以上、野蛮な貴様らにこの地を汚すわけにはいかぬ】
「エルフだって?」
エルフというのはRPGで登場するあのエルフだろうか。戸惑ったマサトシだったが、傍らにいたカミラはマサトシを遮るように前に出て声がした方に向けて叫んだ。
「あたしらだって好きでこんなとこに来たわけじゃないわよ。森から出られなくて困ってるんだっての。どうせあんたたちが何か変なことしてるんでしょうが。さっさと森から出れるようにしなさい」
【それはできない。元来た道を引き返すがよい】
「それはできれば苦労はないんだっての」
血の気の多いカミラは謎の影の言い回しに苛立ちを覚えたようだった。マサトシが制止するよりも早く感情のままに掌に魔力を集中させた彼女はそれを炎に変換した。
炎を見た瞬間に影たちに動揺が走った。
【痴れ者が。聖域で炎を使うとは】
影の一人が怒りの声をあげながらカミラの影に矢を放った。威嚇のつもりかと何ら警戒していなかったカミラだったが、矢が足元の影に刺さるなり、突然に炎を拡散させた。させたというよりはさせられたという方が正しいだろう。カミラの様子がおかしいことに気づいたマサトシが彼女の様子を伺う。
「おい、どうしたんだ」
「動きが…取れない…」
「なんだと!?」
ひょっとして今の矢が何かしているのか。そう思った時にはもう手遅れだった。次々と矢がマサトシ達の影を狙って放たれる。正確な狙いによって影に刺さった矢は容赦なくマサトシ達一行の動きを封じた。
「何だ、これは…」
【エルフに伝える影縛りよ。禁忌を恐れぬ愚か者どもが。このまま捕獲してくれるわ】
そう言って物陰からフードを被った男たちが現れた瞬間、身動きが全く取れないマサトシ達を守るように立ち塞がったものがいた。パルピコである。
「何だ、貴様は」
「ぱるぴこ!」
「何を言っているのか知らぬが、貴様も咎人の仲間なら容赦せずに捕縛するぞ」
「…すううう……」
フードを被ったを全く無視するようにパルピコは息を吸い出した。何をするつもりか最初は首を傾げていた男たちは直ぐに血相を変えて逃げ出した。一瞬にして立ってられないほどの吸引力でパルピコが自分の前方にいる者を吸い取り始めたからである。
ごおおおおおおおお!!!
掃除機も真っ青な轟音をあげながらパルピコは吸引を続ける。背後にいたマサトシ達でも物凄い風圧に目を開けられないくらいであった。
吸引を終えて、いつの間にか自由に身動きができるようになったマサトシ達は恐ろしいものを見た。フード姿の男たちの頭がすっぽりとパルピコの頬の中に入ったまま、胴体がじたばたと身じろぎしていたからである。
「何だ、ここは、真っ暗で何も見えない」
「生ぬるい!気色悪い!!」
「助けてくれえええ!!!」
青ざめたマサトシの肩にカミラが手を置いた後に首を横に振った。厄介なことになった。パルピコの口から男たちを助け出せるのだろうか。マサトシは心の中でそう思いながらも、事後処理の事を考えて頭痛がしてきたのだった。




