第十九話-8
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
話は再びメグナート森林王国に戻る。ミケと出会ってからもマサトシ達は森の中をさ迷い歩いていた。かれこれ一週間になるというのにいつまで経っても森の出口が見えないことにいい加減にマサトシは勿論の事、仲間達も焦りや苛立ちを見せ始めていた。
そして当然のことながらブチ切れたのは彼らのパーティの中でも一番短気なカミラだった。
「もう限界だわ、こんな森、あたしの炎で焼き尽くしてやる!」
「わー!!馬鹿野郎、そんなことをしたら真っ先に焼け死ぬのは俺達だろうが!」
魔力を集中し始めたカミラをマサトシは慌てて羽交い絞めにした。カミラにしてみれば森を出れないことの方がストレスであったようである。森から出られないという事は藤堂晴彦の命令を果たせないことになる。命令を果たせなかった時の晴彦の折檻を想像すると落ち着いてはいられないという事だろう。
「大体、この森はおかしいのよ。これだけ歩いて出れないのは勿論、野生動物の類に遭遇しないという事自体が奇妙を通り越して不気味だわ」
実のところ、野生動物の類を乱獲しているのはマサトシが連れている藤堂パルピコが放った嗤い男のせいなのだが、そんなことを彼らが知る由もない。
「確かにおかしいよな。夜になると不気味な笑い声は聞こえるんだが」
「マサトシ君も聞きましたか。『あっはははは』という能天気な笑い声だけじゃなくて『おっほほほほ』という女の声、『あにゃははははは』という変な声も木霊してますもんね」
三人して森で響き渡る謎の声の不気味さについて話しているとマサトシの肩に乗っかっていたパルピコの身体が突然小刻みに震えはじめた。同時に彼の口から黒電話の「ジリリリリ」というような音が鳴り響いた。怪訝な顔をしたのはマサトシである。それはそうだろう。ただでさえ得体の知れない生き物が怪音を放ったのだ。
「おい!どうした、パルピコ」
「ジリリリリリリン、ジリリリリリリン」
「電話なの?」
カミラの言葉に戸惑いながらもマサトシはパルピコを持ち上げた。するとパルピコの目が赤く光った後に宙にふわふわと浮いた。
『あー、聞こえるか、マサトシ。俺だ、晴彦だ』
「アニキ、どうしてパルピコからアニキの声が」
『こいつの身体を使って遠距離の通話を行っている。お前たちの現状はこちらでも把握している。どうやら森の中に森から出れない結界を張っているようだな。それがお前たちの行く手を阻んでいるのだろう』
「どうしたら森から出れるんですか」
『魔法を張っている者に解除してもらうのが一番だろう。パルピコにナビをしてもらうようにするから、こいつについていってくれ』
パルピコの口を介して晴彦はそれだけ伝えるとガチャンと通話を切った。パルピコが糸の切れた人形のように落下したのでマサトシは慌ててそれを両手で受け止めた。パルピコ自身は晴彦に操られていたのに気付いていない様子で瞬きをしていた。
「ねえ、それやっぱり置いていったほうがいいんじゃない?」
「今のを見たら俺もそう思った」
いきなり口から怪音を放った後に主からの連絡マシーンと化したのだ。得体の知れなさは二割増しである。パルピコはそんな風に思われていることなど気にしてもいない様子でポケットの中からあるものを取り出した。それはどう見てもリアカーにしか見えない代物であった。パルピコはリアカーを引っ張るハンドルを両手で握るとマサトシ達に乗るようにジェスチャーした。
「ぱるぴこっ!」
「何だよ、お前が引っ張ってくれるってのか。冗談だろう」
「ぱるぴこっ!」
「分かった分かった、乗ればいいんだろう」
「完全に荷物扱いじゃないのよ、ファンタジーなんだからせめて馬車くらい用意してよ」
やる気を見せるマスコットに対して若干げんなりしながらマサトシ達はリアカーに乗り込んだ。皆が乗った姿を見てからアリスが呟く。
「なんだか売られていく子牛の気分ですね」
「嫌なこと言うわね、あんたも」
「ぱるぴこっ!」
その瞬間、パルピコは秘めていた力を解放してリアカーを引っ張って走り始めた。小人の力ではない。完全にジェットエンジンのような加速であり、馬力であった。一気に重力に引っ張られるようなGを感じながらマサトシ達はパニックになった。
「きゃあああああああああああ!!!」
「やめろ、下ろせ!!助けて!!いやだあああああああ!!!」
「早い早い早い、揺れる揺れる揺れる!!怖いよ、怖い…うえええええええええん!!!!」
「怖いよ、おかあさああああああん!!!」
異常な加速の上に舗装されていない道のためにガタガタと尋常ではない揺れ方をしている。それでもお構いなしにパルピコは加速を続けていく。マサトシは混乱の中でリアカーの外の景色を見たが、早過ぎて見えない。こうしてタクシーパルピコは仲間達にトラウマを植え付けながら目的地へ向かって爆走していったのである。




