第十九話-7
ゴロツキ達を追い払ったワンコは倒れている少年の介抱を行うことにした。幸いなことに酷く殴られてはいるものの命には別状はなさそうである。
「大丈夫か」
「ちきしょう…あいつら、よってたかって…」
「気の毒だとは思うが、スリをしていた君も悪い。これに懲りたら真面目に働くんだな」
「…身寄りのない子供に働く場所なんてないよ…」
キッドと呼ばれた少年は弱々しそうにそう呟くと俯いた。事情も知らずに一方的に正論だけを言ってしまったか、ワンコはキッドの表情を見て思ったが、口には出さないようにした。
せめてもの慰めになるようにと自身のアイテムボックスの中から傷を癒すポーションを取り出して治療活動を行うことにした。ポーションを浸した布を顔や腕などの傷口に当てると傷が染みたのかキッドは顔をしかめた。
「少し浸みるけど我慢しなさい」
「…なんであんた、スッた俺を助けてるんだよ」
「職業柄、君のような子を見過ごせないだけだよ」
「なんだ、そりゃ」
ワンコの笑顔に思わずキッドは顔を赤くしてそっぽを向いた。どうやら傷の手当てを行った彼女に見とれてしまったようである。ワンコはキッドの視線の意味に気づかずに首を傾げた。司馬が追い付いてきたのはちょうどそのくらいだった。
「来る途中で裸の連中がすれ違っていったが、やはりお前の仕業だったか、ワンコ」
「司馬さん、お見苦しいものを見せました」
「いや、それはいいんだが。何だか相手の無力化の仕方が晴彦の手口が似てきたなと思ってな。無意識だとしたら気をつけた方がいいぞ」
「…え?あ、あはは…」
司馬の指摘にワンコは軽くショックを受けた。ひょっとしたら自分も毒されてきているのかと思ったのかもしれない。司馬はそんな彼女の表情を見て苦笑した後に介抱されているキッドに声をかけた。
「こいつがさっきのスリか」
「何だよ、じじい」
「あっははは‼じじいとは珍しい呼ばれ方だな」
司馬はキッドに対して怒るでもなく笑い飛ばした。そしてキッド自身を観察した。どことなく普通の人間と違う雰囲気をしている。うまく隠しているようだが、恐らくこいつは獣人だろう。司馬はキッドの正体に当たりをつけた。
「よう、小僧。お前はなんでスリをするんだ」
「スリでもしないと食っていけないからだ。おいらだけじゃなくて妹も養わないといけないんだよ!帝国さえ来なければこんな国にこなかったんだ!」
「なるほど、この国でも未成年を雇うことはないということか。ワンコ、こいつの事を怒っているか」
「今はそうでもありません」
「お前はそう言うと思ったよ。おい、小僧。俺たちはこの国に来てまだ日が浅い。お前はそれなりにこの街の地理に明るいだろう。ガイドをする気はないか」
「スリのおいらを雇うってのか」
戸惑うキッドに対して司馬は不敵な笑みを浮かべた。
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傭兵国ディリウスはいくつかの区画に別れた作りをしている。冒険者たちが集まる一般区画、古代迷宮に繫がる隔離区画、貴族たちや金持ちの暮らす高級住宅街区画、そしてキッドたちが暮らすスラムである。ディリウスは腕に覚えのある冒険者を受け入れるため、難民なども比較的簡単に国の中に入り込むことができる。だが、弱肉強食の環境の中で身寄りのない幼い兄妹が暮らしていくのは厳しい環境であった。
飢えて餓死する仲間を近くで見ながら育ったキッドはスリを覚えて飢えを凌いできた。キッドにとって大人は利用するべき存在でしかない。ゆえに司馬という男の申し出も半分以上は信じていなかった。いざという時は金だけ持って逃げよう。そのくらいにしか考えていないのだ。司馬から貰った前金で食糧を買うとキッドは妹の待つねぐらに戻ることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
キッドと一旦別れて、その日の宿を取った司馬とワンコはチェックインを終えた後に酒場に繰り出した。エール酒のジョッキといくつかのつまみを頼んだ司馬はエールが来たと同時に乾杯をした。呆気に取られるワンコを前に司馬は一気に酒を煽ると半分以上飲み干した。
「くう~、やっぱ効くな。一日を終えた後の酒は。冷却魔法がかけてあるのかよく冷えてやがる」
「司馬さん、本当によかったんですか」
「ああ?何がだ」
「さっきのキッドという少年をガイドに雇ったことです」
ワンコの問いに司馬は不敵に笑いながらソーセージを二、三本フォークに刺すと貪り食った後に返事をした。
「いいんだよ、あいつ、そのままにしておいたらまた同じことを仕出かすからな。あんなことを繰り返していたらいつか殺される。だったらせめて俺達がいる間だけでもしごいてやって生きやすい状態にしてやった方がいいだろう」
「そこまでお考えだったんですね」
「大体考えてみろ。あいつが掏ったのが晴彦の財布だったらそうなっていたと思う。あいつの狂気に触れたら下手をしなくても精神崩壊しちまうぞ」
司馬の言い分に反論できなくてワンコは苦笑いした。そう言っているうちに司馬は次のジョッキを注文していた。それを見たワンコは悪い予感がした。恐らく今日の酒は長くなりそうだ。
結局、その日は司馬の酒につき合わされて下戸のワンコは二日酔いになるまで痛飲する事になるのだった。




