第十九話-6
一方、藤堂晴彦の命を受けた司馬とワンコは冒険者を装って傭兵国ディリウスの首都ディリウスに忍び込んでいた。
司馬は地球に戻る前は異世界で冒険者として活躍していた過去もあり、完全に風景に溶け込んでいた。荒くれものが多いディリウスの中でも全く違和感がない。逆に地球の生活に慣れ過ぎたワンコの方が浮いているくらいだ。
ディリウスの街は行き交う人々とそれに物を売りつける物売り達の出店で活気に満ち溢れていた。行き交う人間の大半が何らかの武器や防具を装備した冒険者風の人間達だった。彼らの合間を縫うように歩きながら司馬が呟く。
「冒険者たちが多い。かなり活気のある街だな。シュタリオンとは大違いだぜ」
「それだけ分、雇用もあるということでしょうか」
「だろうな。恐らくは戦争のための人集めでもしているのだろう」
晴彦から貰っている前情報では傭兵国であるディリウスは自国や他国から集めた傭兵たちを兵力として他国に斡旋することをならわいとしている。ゆえに仕事を求める腕利きの冒険者たちが集まる国としても有名なのである。
更にディリウスには国が管理する古代の巨大ダンジョン『ガイア坑道』が存在する。古代の魔道王国の遺跡に繫がるという坑道には高価なアーティファクトや魔法武器などの財宝が眠っているという。最も凶暴モンスターの巣窟であるために力自慢の冒険者たちがこの街を拠点としてダンジョンに潜ることも多いようである。
「時間があればガイア坑道にも潜ってみたいところだな」
「司馬さん、私たちの目的はダンジョンではないでしょう」
「固いことを言うな。晴彦だって俺たちの戦力がUPすれば喜ぶに決まっている」
ワンコが諫めるのもあまり効果がないようである。ワンコは内心で溜息をついた。どうにも司馬が異世界に来るようになってから自重することをしなくなった気がするからだ。いや、これが本来の司馬さんという事か。だとすれば今まではかなりの我慢をしていたという事になるな。ワンコはそんなことを思っていたせいか、周囲に気を配ることを忘れていた。
「おっと、ごめんよ」
そんな彼女にぶつかってきたのは幼い少年だった。年の頃は小学生くらいだろうか。彼はすれ違いざまにワンコに謝った後に人ごみの中に消えていった。何だったのだろう。ワンコが茫然としていると司馬が苦笑いした。
「やられたな、ワンコ」
「何の事ですか。確かに考え事をしていたせいで人が来ているのに気づいてませんでしたが」
「懐を探ってみろ。多分今の奴にすられてる」
司馬にそう言われてワンコは驚いて懐を探った。そして絶句した。司馬が言うように懐にあるはずの彼女の財布が消えていたからだ。
「取り締まる側の人間がスリに遭うとはな」
「くっ…すぐに取り返してきます」
顔を赤くしたワンコは急いで少年を追うように人ごみの中に消えていった。待ち合わせ場所も決めずに相棒が行ってしまったことに苦笑しながら司馬はその後についていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大通りの人通りから路地裏にたどり着いた少年は物陰に隠れた後に懐を探った。何かが大量に入っているようだった。
「へへ、大量大量」
懐の中からはいくつかの財布がごろごろと出てきた。彼はスリの常習なのだろう。まだ幼いとはいえ大した手際であった。彼にしてみれば往来を行き交う冒険者たちはあくまでも彼の生活の糧になるカモに過ぎない。
「最後のねーちゃんが一番ちょろかったな…何だこりゃ、紙切れしか入ってないじゃないか」
少年は先ほどすったワンコの財布を眺めた後に中身を確認してポイと投げ捨てた。ワンコの財布は地球の通貨が大半であったために少年にしてみれば紙切れにしか見えなかったのだろう。彼はワンコの財布を投げ捨てた後にその場を後にしようとした。だが、そんな彼の行き先を塞ぐような形で数人のゴロツキが立ち塞がる。
「…やべ」
直感的に危機を自覚した少年はきびつを返して大通りに戻ろうとした。だが、そんな彼をゴロツキの仲間であろう人間達が塞ぐ。ゴロツキ達に行く手を塞がれた少年は内心で焦りながら後ずさった。
「よう、キッド。いいもん持ってるじゃねえか。俺達にも分けてくれよ」
「…分けてくれだって、全部持ってくつもりの間違いだろう」
財布を隠す様に抱えながらキッドと呼ばれた少年はゴロツキを睨み返した。だが、そんな少年の視線を受けながらゴロツキ達は軽薄そのものの笑みを浮かべていた。これから行う暴力が楽しみでならない。そんな表情しかしていなかった。
徐々に距離を詰められた少年に対してゴロツキ達は容赦なく襲い掛かった。財布を守るように両手を塞がれた少年に対して殴る蹴るなどの暴行を加える。正面だけでなく、背後からも繰り出される暴力に対して少年はなすすべもなく蹲りながら呻き声を上げるしかなかった。あまりの痛みに意識が飛びかける。だが、いくら懇願しても血に酔ったゴロツキ達は暴力を緩めようとはしなかった。
ワンコが少年に追いついたのはまさにその瞬間だった。彼女は目の前で起こっている状況に困惑した様子だったが、素早く状況を理解した様子だった。
「おい、お前ら、やめろ」
「ああ、何だ、てめえもやられてえのか」
ワンコの声に気づいたゴロツキの1人が振り返って殴り掛かる。ワンコは素早くそれを避けると同時に男を投げ飛ばして地面に叩きつけていた。受け身も取れずに頭から地面に激突したゴロツキは意識を失った。
「やりやがったな」
「ぶっ殺してやる!」
仲間をやられたことに激高したゴロツキ達が一気にワンコに襲い掛かる。その攻撃をワンコは悉くかわしながら目に見えない速度で腰の刀を抜刀していた。だが、その速度はあまりにも早すぎてゴロツキ達には線が走ったようにしか見えなかった。全てのゴロツキの間を通り過ぎた後にワンコは刀を鞘に納刀した。キンという金属が触れ合う音がした後にゴロツキ達の服だけがバラバラになって舞い散る。
「去れ。今度は服だけではすまさん」
「ち、ちきしょう!!覚えてやがれ」
隠すものが何も無くなったゴロツキ達は慌てふためきながらその場から立ち去っていった。




