第十九話-5
マサトシが見張りを行っている間にいかなることが起きていたか、藤堂パルピコの行動を追って行こうと思う。そもそも藤堂パルピコとは何か。それはすなわち藤堂晴彦の分身体に他ならない。ただし、ただの分身体ではない。彼の所有する相棒である鑑定スキル∞によって形成された自我を持つ【スキル】の集合体ともいえる存在である。
元々は晴彦がマサトシたちに万が一のことがないように影ながらサポートするマスコットキャラを作成するようにインフィニティに命じたのだが、そこは例によって狂っているともバグっているとも称されるインフィニティさんのクオリティである。彼女は晴彦の命令を曲解してとんでもない存在を作り出した。
作り方はいたって簡単。とりあえず思いつくままに依り代に様々なスキルを放り込んでいくだけだ。その中には晴彦が使用禁止したスキルもふんだんに盛り込まれていた。
ここで彼女は致命的なミスを侵す。パルピコに我慢や自重といった制約を一切盛り込むのを忘れていたのである。
結果、生まれた藤堂パルピコはマスコットのように小さくなった藤堂晴彦のような見た目だが、彼から自重以外にも倫理や我慢といったものを取り払った悪夢の生命体と化したのである。
お腹がすいたら近くにあるものを腹いっぱいになるまで食べて眠くなったらどこでも眠る。本能のままに生きる、それがパルピコだ。
そんなパルピコは本能の導くままにリコーダーを吹きながら森の中を歩いていった。「ぱるぴこ~」という不可思議なリズムを繰り返しながらぴょこぴょこ歩く彼の後ろには野生の猛獣や歩く木のようなモンスターの群れがフラフラとついていっていた。皆に言えることは目がぐるぐる回って正気ではなさそうだという事だ。まるでパルピコが発する笛の音に導かれるように彼らはついていく。これはパルピコのスキルである【聖者の行進】の効果であるが、パルピコは無意識にスキルを使っている様子である。
月明かりに照らされながら小さな人影とそれに従うモンスターの影がついていく様はどこか現実離れした童話のような光景であった。
彼はフラフラと歩きながらやがて森の中に存在する開けた平野に出た後に笛の演奏をやめた。笛に操られるモンスター達は我に帰ると共に自分たちを操っていた謎の小人の正体に気づいて牙を剥いた。あっという間にパルピコは猛獣たちに囲まれた。
「がるるるる!!!」
「うっほうっほ!!」
「きしゃあああ――っ!!」
「ぱる、ぴこ?」
今にも自分に襲い掛かろうとするモンスター達を目の前にしながらパルピコは小首を傾げた後にポケットに手を突っ込んで何かを探り始めた。すぐにお目当てのものが見つかったのか、無造作に取り出した。
それは奇妙な生き物だった。顔は泣き笑いを浮かべるような仮面をつけているが、その胴体は蜘蛛のような足が八本生えた奇妙な生き物であった。一本の手は軽く見て四メートルほどはあるだろうか。
「あはははははははははははは、あははははは!!!」
仮面の蜘蛛は突然気が狂ったように笑いながら仮面の下の胴体から巨大な口を開いた。人間がすっぽり入るような洞穴の周囲にはこれまた巨大な歯がついていた。蜘蛛は長い足をシャカシャカ動かしながら動物たちを踊り食いするように次々と放り込んでいく。その姿に絶句した動物たちはようやく気づいた。あれはまずい。穢れたヤバ過ぎる生き物だ。
「あはははは!!あははははは!!」
嗤い男とでも名付けようか。あっという間に集められた1/3の動物たちは嗤い男の餌となって闇の中に消えた。
ヤバいと思った動物たちは嗤い男を呼び出したパルピコに襲い掛かろうとした。一番早く攻撃を仕掛けたのは巨大なゴリラのようなモンスターだった。ゴリラはその怪力でパルピコを締めあげようと手を伸ばした。だが、パルピコはその手の間をすり抜けてゴリラの足首をぎゅっと握ると力任せに投げて地面に叩きつけた。自分より小さな生き物がそんな力を持っているとは全く思っていなかったゴリラは何が起こったのか分からずに茫然となった。だが、パルピコの動きは止まらない。一度は地面に叩きつけたゴリラを再度投げ飛ばしては持ち上げて叩きつけていく。右から左、左から右へ。まるで高速で動くメトロノームのようだった。
「あははははははは!!あはははははは!!!」
パルピコのリズムに合わせるように嗤い男が笑い続けながら動物やモンスターを狩り続ける。狂気の地獄の中で静寂が訪れたのは嗤い男によって動物たちが全て食われた後であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『あははははははは!!あはははははは!!!』
狂気の地獄の光景を水晶球で眺めながら俺は青ざめていた。
あ、すいません、藤堂晴彦です。最近はマサトシが語っているから紛らわしいよな、全く。
気を取り直して状況を説明したい。とはいっても画像を見ている俺も混乱している。
何だ、この化け物は。こんなものを作るように言った覚えはないぞ。
俺が命じたのは迷宮の中に入れるモンスターを増やすための捕獲マシーンだ。断じて悪夢に登場するようなクリーチャーを作れとは言っていない。
インフィニティに設計を任せたのが間違いだった。嗤い男としか言いようのない化け物の口の中はどうやら迷宮に直結している様子で視界の端に迷宮のモンスター数が増えていく様子が表示されている。
藤堂パルピコといい、今の嗤い男と言い、インフィニティの奴、久しぶりに全力でやらかしてくれたな。パルピコは最初の頃は可愛いと思ったし、シェーラやワンコさんも可愛いからくれと言ってきたので気に入っていたのだが、その本性が分かってから持て余していたのが正直なところだ。マサトシに押し付けてしまった感はあるが、能力は文句なしなのでたいていの事には目を瞑ってもらおう。
さて、久しぶりに語っているので現在の状況について説明しておこうと思う。前回、神様によって危うく過去を変えられかけた俺は元の自分に戻ってから自国と他国の状況を確認した。国境の壁によってすぐに攻撃を仕掛けられることはないが、帝国の脅威と戦うためには他国との同盟が不可欠だ。
ゆえにマサトシ達にはメグナート森林王国の潜入調査、そして司馬さんとワンコさんには傭兵国ディリウスとの交渉に行ってもらっている。というのも血の気の多い連中には俺の出番だなと司馬さんがやる気を見せたからだ。
元々、司馬さんも異世界に召喚されていた時は傭兵のような仕事をしていたという事もあり、ある意味で適任と思った俺は任せることにしたのである。
そんなわけで俺は何をやっているかというと仲間たちの行動を見守りつつ、とある秘密兵器を開発している。詳細についてはもう少し形になってから語ろうかと思うが、戦局を一変させる可能性と男の浪漫を持つものだという事だけは言っておこう。
そんなわけで俺は秘密兵器の開発状況を見るために執務室の書棚の本の後ろにあるボタンを押した。棚が動いて隠し階段が現れる。こんな改造を無断で行っていることを知られたらまた怒られそうな気がする。そう思いながら俺は階段を下りていった。




