第十九話-3
パルピコに得体の知れなさを感じながらも俺は獣人少女の相手をしている二人の仲間のところに近づいた。カミラの治療魔法のおかげで少女の傷は完治していた。良かったと思っている俺に気づいたカミラが耳打ちしてきた。
「虐待の痕が見られるわ。体もかなり疲労している。どこか安全な所で休ませた方がいいわよ」
カミラの言うように少女はかなり疲弊していた。よく見るとかなり身体もやつれている上に体の節々に大小の古傷も見受けられた。これが虐待の痕なのだろう。こんな小さな子にひでえことしやがる。そう思いながらも俺は敢えて傷の事には触れないように注意しながら彼女の手を取った。
「すぐに安全なところに連れて行ってやるから安心しろ」
カミラが「優しいねえ、流石は勇者様」と冷やかしてくるが、敢えて無視した。いちいち相手をしていたら話が進まないからだ。獣人少女は俺が手を取ったことに驚いていたが、危害を加えるつもりがないと分かったのか、弱々しいながらも笑顔を見せた。
「…ありがとうございます」
「俺はマサトシ。お前の名前はなんていうんだ」
「あ、はい。私はミケです」
ネコみたいな名前だな。そう思いながらも口には出さないようにした。ひょっとしたら彼女にとっては親から与えられた大事な名前かもしれないと思ったからだ。
俺は素早くミケを背負うとカミラとアリスに目配せした。彼女たちも俺の意図に気づいたのか頷いた後に立ち上がる。いつ追手が来るか分からない。早くこの場から離れた方がいいだろう。身支度を整えた俺たちは森の中を走り出した。
とは言ったものの、森の中で目的地があるわけでもなかった。実のところ、ここ何日かは悪戯にこの森を彷徨っているわけだからな。客観的に言って迷子というやつなのだろう。
よくよく考えれば道案内もコンパスもない状態でメグナート森林王国最大の『深魔の森』に入り込んだのが間違いだったような気がする。首都にたどり着くのに最短距離の近道だから森を突っ切ろうとカミラの奴に唆されたのだが、思惑が完全に外れてしまった気がする。
大体にして森の作りがよろしくない。同じところをぐるぐる回っているような錯覚を覚える作りをした嫌らしい森なのだ。飛行能力のあるカミラにちょくちょくは上空からの位置を確認してもらってはいるのだが、いつまで経っても森から出れないのは不可解極まりなかった。幸いなことにパルピコのポケットから出てくる食べ物やキャンプ道具のおかげで野営には不自由していないが、それでも森から出られないのはストレスでしかなかった。
ミケと出会ったのも完全に偶然だ。走りながらも気まずい沈黙が続いたために俺はミケにいくつかの事を尋ねることにした。家族の事、故郷のこと、そしてこの国の事を。
応えたくない質問もあっただろうに、ミケは俺の質問にポツリポツリと答えていった。
ミケの家族は集落ごと帝国に滅ぼされたのだという。幼いミケは母親と共に帝国兵によって捕らえられて奴隷となったが、母親がその身を犠牲にしてミケを逃がしてくれたらしい。だが、逃げるミケを追ってきた帝国兵と俺達が鉢合わせになったというわけである。
俺の話を浮遊マントで低空飛翔しながら横で聞いていたカミラがポツリと呟いた。
「そっか、ミケちゃんも孤児になっちゃったんだね、じゃあ、あたしと一緒だね。特別にあたしのことをお姉ちゃんと言っていいよ、許す!」
そう呆気らかんに言っておどけるのだが、これはひょっとして慰めているつもりなんだろうか。仮面をしているものだから表情を読むことができないのだが、母親が死んだばかりの少女に対しての慰め方としては三流もいいところだ。ほら見ろ、ミケの奴が黙り込んでしまったじゃないか。
デリカシーのないカミラの頭を軽く叩くとカミラもミケの表情を見て何かを察したらしい。「しまったにゃ~」と言いながら後方を走るアリスの方へ行ってしまった。
「悪いな、悪気はないが、デリカシーのないやつなんだ」
「ううん…大丈夫です」
母親の事を思い出してしまったのか、ミケの声は先ほどよりも固いものだった。これ以上は余計なことを言わない方がいいだろう。それ以上は黙ることにして俺たちは森の中を走り続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夕暮れ、俺たちは森の中で野営を行うことにした。例によってパルピコがポケットの中から簡易的な作りのコテージを取り出すのだが、キッチンなどは中にないために外で調理を行うことにするわけだ。カミラが火おこしをしている間に俺は追加の薪集め、アリスは夕飯の獲物を調達に行くことにした。夕飯ができるまでミケはコテージで暫く休ませることにした。疲労が蓄積していたのか、ベッドに横たわらせると暫くもしない間に眠りについてしまった。
彼女が寝たのを確認した俺がコテージから少し離れたところで薪拾いをしているとアリスがやってきた。どうやら先ほどの一件が気になってミケの様子を聞きにきたようである。
「ミケちゃん、大丈夫だった?」
「ああ、とりあえずは大丈夫そうだ。カミラの奴が余計なことを言うから」
「そういうところはリノちゃんみたいだよね、カミラさんて」
そう言われて俺は内心でドキリとなった。アリスの奴もカミラがリノだと思っているのだろうか。何となく真偽を知りたくなって俺はアリスに尋ねた。
「あのさ、カミラの正体がリノかもしれないと言ったら笑うか」
「…マサトシ君、そんなわけないよ。リノちゃんは死んだんだから」
そう話すアリスの瞳を見てぎょっとなった。彼女の瞳は言いようのない哀しみと怒りを内に秘めたものだったからだ。こいつの中ではリノに対する気持ちの整理ができているようでできていないのではないか。悪戯に蒸し返すべきではなかったかもしれない。
「…わりい、忘れてくれ」
「うん、ごめんね。私も大人げなかった」
アリスはそう言うと俺から顔を背けるようにして立ち去っていった。余計なことを言うべきではなかった。木に頭を叩きつけた俺は後悔した後に薪を拾い始めた。




