第十八話-15
藤堂晴彦が異世界に行かなかった影響はとある人物に最も大きな影響を与えていた。
『魂喰らい』という異常者の復活である。彼は持ってはいけないものを持ってこの世界に再生していた。前世で藤堂晴彦に殺された記憶である。何ゆえ彼がその記憶を持っていたかは分からない。或いは晴彦がむやみに歴史を改変した歪みが形となって現れたのかもしれない。
藤堂晴彦に殺された記憶を持つ魂喰らいは派手に行動するのをやめて虎視眈々と他人のスキルを奪い続けた。その中には牧瀬リノ、雛木アリス、宇津木マサトシのスキルもあった。彼は事前に彼らの情報を探り、WMDが介入する前に異世界に召喚される前の彼らを誘拐して発動していないスキルを奪った後に殺害したのである。前世では比較にならないほど、魂喰らいの力は増大していた。
だが、それに魂喰らいは満足していなかった。彼は自分を殺害した藤堂晴彦を恐れていたのだ。ゆえに彼は怠ることなく自分を鍛える続けることを忘れなかった。
晴彦が無意味に部屋に引きこもる間に彼はベースとなる身体能力を鍛え続けたのである。
廃墟となった雑居ビルの剥き出しのアスファルトの上に無造作に置いたソファに腰かけながら魂喰らいは肉を貪っていた。それは獣の肉ではなく、彼にとっての獲物、すなわち人間の肉だ。床には彼に食われた人間の残骸が無造作に転がっている。
肉を咀嚼する「くちゃくちゃ」という音だけが部屋の中に木霊する。ひとしきり肉と血を貪った後で魂喰らいは血と肉片がべったりついた口元を拭った。
「思ったより上手くいったな。宇津木マサトシの魔眼、そして牧瀬リノの火炎能力、雛木アリスの闘神化能力。統合スキルは【焔の呪神】とでも名付けようか」
魂喰らいはそう言って掌から炎を生み出した。単なる焔ではなく、どこまでも黒く歪んだ焔だった。歪んだ焔は燃え上がり、魂喰らいの身体全体を覆った。同時に魂喰らいの身体が異形のものへと変化していった。純粋な質量を持った炎のエネルギー体へと彼は変身していたのだった。
「待っていろ、藤堂晴彦、お前とお前の大事にしていたものを全て滅茶苦茶にしてやるよ」
魂喰らいはそう言って炎を纏った腕を無造作に払った。同時に腕から伸びた炎の剣が向かい側のビルを溶断していった。バランスを崩して落ちていくビルを見ながら魂喰らいは狂ったように嗤い続けた。
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潜伏することをやめて街での破壊活動を始めた魂喰らいはその欲望のままに街を破壊し始めた。炎が燃えれば燃えるほど、彼の力は減るどころか増していった。残虐と残忍と狂気をその身に宿した彼にとって逃げ惑う人間というものは動き回る蟲、もしくは餌か火種に過ぎなかった。
一薙ぎするたびに火柱が上がり、人が焼け死に、街が燃えていった。それを遮ったのは黒い鎧を身に纏った騎士だった。魔剣ダインスレイブを身に纏った司馬である。
『これ以上はやらせんぞ、魂喰らい』
「ようやく来たか、WMDの司馬」
『何故、俺の名を知っている?』
「さあて、なんでだろうねえ!」
魂喰らいはそう言って両手を前に突き出した。同時に小太陽ともいえるほどの熱エネルギーが彼の両手から放たれる。司馬は何とか反応してそれを避けようとした。だが、背後に逃げ遅れた人がいることに気づき、踏みとどまった。
「いいねえ、正義の味方、そうすると思ったよ」
『貴様…!!』
魂喰らいは剣を構えて堪える司馬に対して容赦なく熱エネルギー波を放った。躱すこともできないまま、司馬は焔をまともに喰らった。魂喰らいの鼻先で大爆発を起こした後に彼は宙に舞い上がった後に地面に落下した。身に纏った鎧は熱によって半分以上溶けていた。鎧の下の皮膚も酷い火傷を覆って意識を失いかけていた。そんな司馬に対して魂喰らいは容赦なく、その魔の手を広げようとした。間一髪でそれを防いだのは左右の手に二本の刀を構えたワンコだった。
「ようやく来たねえ、剣崎捜査官。いや、わんこちゃんだったかな」
「黙れ、化け物、貴様にそんな呼ばれ方をされる筋合いはない」
「哀しいねえ、哀しいからもういいや。死んじまえよ。死んで悲劇の材料になれ」
魂喰らいはそう言って両手を突き上げた。同時に地面から龍のような火柱が現れる。見上げるほどの大きさの龍の形をした火柱はまるで生きているかのように蠢きながら魂喰らいの周囲を覆った。圧倒的な力の差を見せつけられたワンコは内心で冷や汗をかいた。
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眠っていた俺は外の騒がしさと明るさに驚いて目を覚ました。何かが起きている。そう思った俺はカーテンを開いて仰天した。
どういうことだよ、なんで街が燃えてるんだ。戦争でもやっているとでもいうのか。何が起きているのか分からずに俺は目の前の景色を信じることができなかった。
だが、前にもこんなことがあったような気がした。炎、焔に包まれた町、そこで戦う火の鳥。
どういうことだ。俺はその光景を知っている。あそこにいる者を止めなければいけない。何かに突き動かされるような衝動を感じながら俺は街に向かって走った。
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燃え盛る街の中を呆然と歩きながらも俺は思った。間違いない、俺はこれに似たような景色を知っている。誰かと一緒に戦って、その誰かは俺を守るためにかけがえのない何かを犠牲にしたのだ。衝動的に頭痛を覚えた俺は膝をついた後に首を横に振って意識をはっきりさせた。何かが頭の中で呼びかけている。 その声は俺に急げと言っている気がした。訳も分からずに声がする方に俺は走った。そして見た。
焔の塊のような人間がいつか見たスーツ姿の女警官の首元を掴んでいる姿を。
あれは一体なんだ、化け物なのか。焔の塊は俺の姿に気づいたようだった。
「何だよ、もう来たのか、それとも全て思い出したのか」
「…なんなんだよ、お前」
「お前にとっての悪夢だよ」
焔の塊はそう言って掌から炎の塊を噴き出してきた。避ける間もなかった。あっという間に火に包まれた俺は恐怖から目を瞑った。だが、いつまで経っても熱はやってこなかった。戸惑いがちに目を開けた俺は仰天した。
「何だよ、もう来たのか、それとも全て思い出したのか」
先ほどと同じ光景がそのまま繰り返されていた。戸惑った俺が何も言わないのを無視して焔の塊は掌から炎の塊を噴き出してきた。あれはヤバい。喰らったら確実に死ぬ。そう思った瞬間に俺の眼前の景色がスローモーションのように動き出した。噴射してきた焔は恐ろしい大きさだったが、停止しているようで驚いた。何が起きているのか分からないが、これならば避けることができる。
俺は焔を避けた後で女警官を救いにいった。炎の塊は相変わらずスローモーションだったが、急がなければならない気がしたので奪うようにして女警官を助け出した。
そして距離を置いた瞬間に止まっていた時間が動き出した。
「おいおい、マジかよ。また俺の邪魔をするのか、お前は」
「またって言われても。俺とお前は初対面のはずだ」
「何だ、忘れてんのか、じゃあ、思い出させてやるよ‼魂喰らいの恐怖をな」
そう言うと焔の塊は物凄い速度で迫ってきた。避ける間もなかった。懐深く入り込まれた俺に対して魂喰らいと名乗った男は容赦なくみぞうちに膝を入れてきた。涙が出そうな痛みを受けながら俺は後方に飛ばされた。瓦礫の中にまともに突っ込んだが、その時になって自分の身体に違和感を覚えた。あんな人間離れした攻撃を受けたのに痛みがそれほどない。どういうことだ。
「どうなっているんだ、俺の身体は。答えろ…■■■■■■■」
自分で発した言葉に俺はぎょっとなった。今、俺は誰の名を呼んだんだ。思い出せない。頭が割れるように痛い。
「やっぱりてめえが俺の一番の障害になるようだな。だったらまずはてめえが大事にしてるものを殺してやる!」
魂喰らいはそう言って女警官に向けて炎弾を放った。衝動的に庇おうと走った俺を突き飛ばしたのは庇おうとしたはずの女警官だった。恐らくは巻き添えになる俺を助けようとしたのだろう。だが、その瞬間に俺は大事な何かを思い出した。この人には以前にも同じように庇われた。そうだ、この人の名は…。
ワンコさん!気づけば俺は手を差し伸べながら彼女の名を呼んでいた!
同時に体中を凄まじい電撃が突き抜けるように走った。この雷は俺を傷つける物ではない。これは俺のスキル【雷神覚醒】が生み出したものだ。同時に俺はクロックアップでワンコさんを助け出していた。
全てを思い出した。俺は異世界召喚されたが強制送還された勇者、藤堂晴彦だ。なぜ今まで忘れていたのだろう。そしてここは一体どこなのだ。
目の前にいる敵、魂喰らいは確実に以前倒したはずだ。
「何だ、てめえ、その姿は」
「お前こそ。俺が全部を忘れている間に好き勝手やってくれたようだな」
「うるせえ!死ね!」
魂喰らいは龍のような焔を俺に放ってきた。だが、俺は焦ることなくスキルに命じる。
「インフィニティ、聞こえているな。あの炎を【ブラックウインドウ】に収納するんだ」
『おはようございます。マスター。了解しました。たやすいことです』
インフィニティはそう言った後にブラックウインドウを使用した。炎の龍は吸い込まれるようにブラックウインドウの中に収納されていく。
「何だ、てめえ、何をしやがった」
「教えるわけがないだろう」
「はは、相変わらずむかつく野郎だ、だがなあ、俺だってお前が知らない力を身につけたんだ!」
魂喰らいはそう言って体のうちから炎を増幅させていった。まるで奴の身体の内側に巨大な太陽があるような凄まじい熱を感じる。大技を放つ気だ。直感で理解した。あれをまともに喰らったら今の俺でもひとたまりもあるまい。ゆえに俺は奴が技を放つ前に攻撃を仕掛けた。奴は俺の速度について来ようとした。だが、雷と同質の存在になった俺の方が圧倒的に素早い。奴の身体を捕まえた俺は渾身の力で雷を放った。
「ぎゃあああああああああっ!!」
「食らうがいい、神の雷を!!」
「ぐううう、残念だったな、俺が直ぐに再生できることを忘れたのか。何、再生が追い付かない!?」
『…神威スキル【雷神覚醒】は通常のスキルの効果を封じる効果があります。それは相手も同じことですが。ゆえに同規模の実力の持ち主との戦いの場合、純粋に力が強い方が弱い方を消滅させる単純な力勝負になります』
魂喰らいは必死で俺に抵抗していたが、徐々に押されているようだった。奴に負けるつもりはなかった。何故ならば俺は奴よりもずっと背負っているものが多いからだ。ゆえに負けない。負けるわけにはいかない。
「ちくしょう…なんで負けるんだよ…」
「お前の敗因を教えてやる。俺に喧嘩を売って怒らせたことだ」
「…ちくしょう、ちくしょ――っ!!!」
魂喰らいはそう叫びながら消滅していった。残された俺は体中の力が抜けきった状態でその場で膝をついた。同時に何者かが柏手を打った音がした。
気づけば俺はブタノ助の目の前にいた。いきなり景色が変わって仰天したが、どうやらここは俺が飛ばされる前の世界のようだ。だが、時間が静止している。クロックアップを使った覚えはない。何者かが意図的に時間を止めている。そんな俺の側に弐柱の神が降り立った。
『藤堂晴彦よ。見事に全てを思い出したようだな』
「あんた達が俺をあの世界に運んだのか、あんなひどい世界に…」
『そうではない。我はお前が車から轢かれそうになったのを助けただけよ。たったそれだけの事。それだけのことであれだけ歴史が変わるのだ』
「何故魂喰らいは前の記憶を持っていたんだ」
『恐らくはお前の影響だ。別の世界線に移動したとしても起こった世界線の出来事は同一人物の記憶の奥に眠り続ける。それがお前が死者を蘇らせた歪みの影響で活性化したのだろう。ゆえに心せよ。むやみに歴史を変えたり、死者を悪戯に蘇らせることをすれば今後も同様の歪みが起きる可能性がある。万が一、変えるのであれば相応の歪みが生まれることを覚悟せよ』
神の言っていることはゾッとする話だった。今までは簡単に人を生き返らせればいいと思っていた。だが、それを行うことであのような歪みが起きるとするのならばこれからは用心して【時間跳躍】スキルを使用する必要がある。俺の様子に神は満足げに頷いた。
『理解したようだな。ならばよい。今後は再び、他の時空からお前の旅を見守るとしよう』
『つまらなくならなければそれでいい』
神様はそう言った後に俺の前から姿を消していった。同時に俺の周囲の時間が流れ出す。ブタノ助は呆けたような俺の顔を見て首を傾げていた。
「神様、どうかなさいましたか」
「ん?いや、なんでもない」
「そうですか。では避難民たちの居住区をご案内します」
そう言ってブタノ助に連れられて俺は居住区を見て回りながら思った。こいつらを死なせないように最大限の努力をしよう。死んだら生き返るなんて考えないようにするためにどうすればいいか考えよう。俺はそう心の中で決意した。
本日より三日間、出張のため休載します。戻りましたら次章である森林王国編を書き始めますのでよろしくお願いします。




