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第十八話-8

 シュタリオン王から魔族の話を聞き出した俺はその足で宰相であるエルやんの拠点である宰相の執務室、通称『地下霊廟』に向かった。部屋に近づくにつれて謎の霊気が廊下に吹き抜けていく様に引きつった笑いを浮かべながら俺は扉をノックした。


「エルやん、いるんだろ、聞きたいことがあるんだ」

「晴彦か、鍵は開いている。どうぞ入り給え」


 中に入ると書類の山と格闘しているエルダーリッチの姿があった。属性が変わって人に害を為さなくなったが、その見た目からシュタリオン城の皆に怖がられているアンデッドの親玉は仮の姿の金髪イケメンではなく、その本性である骸骨面を表しながら作業を行っていた。流石にまずいと思って俺はツッコミを入れた。


「おい、城内では偽装しろ」

「堅苦しいことを言うな。どうせ皆は私の正体に本能的に気づいている。そうでなければここがカタコンベなどとあだ名されることはないだろう」

「そりゃそうなんだけどさ」


 対外的な見た目とかあるだろうから勘弁してほしいのだが。俺の懸念などまるで無視しながらエルやんは書類仕事に没頭していた。周りにいる死霊が書類を宙に舞い上がらせて運んでいる。器用なものだ。


「その様子だと何やら厄介ごとを持ってきたようだな」

「長生きしているあんたに聞きたいことがあってさ」


 俺は王から聞いた情報をエルやんに伝えた。エルやんは書類の束を片付ける作業をいったん止めて思案しだした。


「なるほどな、魔族の情報が欲しいわけだ。だが、私も彼らに詳しいわけではない。魔族に関する研究を行っていた人間になら心当たりがあるのだがな」

「本当か、誰なんだ、それは」

「シェーラ姫の母君、シェリル殿だ」


 思いっきり死んでる人間じゃねえか!振り出しに戻った気分だ。肩透かしを食らって俺はがっかりした。だが、エルやんはそうではない様子だった。


「何を言っている。お前は街で過去に干渉して大勢の死人達の運命を変えたらしいではないか。それをシェリル殿にも使えばいいだけの話ではないか」

「え、お前、なんでそれを知ってるの」


 確かジャンの両親たちを助けたのはお前が来る前のはずなんだが、誰かに話を聞いたんだな。エルやんは俺の問いに笑って答えなかった。クソ、気になるじゃないか。


「誰でもよかろう。私もシェリル殿が生きている頃には交流があってな。とはいっても初めての出会いは私のダンジョンに探索に来たのがきっかけだった。彼女は人間にはもったいないくらいに優れた魔導士であり、美しく聡明な女性であった。ああ、私が人間であったならば彼女を妻に娶っていただろう」

「お前、ひょっとしてシェーラのお母さんに会いたいだけじゃないのか」

「否定はせぬよ。ぬはははは」


 頭痛がしてきたので俺はエルやんに礼を言った後に部屋から出た。出てすぐにシェーラと鉢合わせしてしまい、驚いてしまった。まさか聞き耳を立てていたのか。


「シェーラ、どうしてここに」

「ごめんなさい、偶然通りかかってしまって。盗み聞きするつもりはなかったんですが、お母さまの名が聞こえて、つい…」


 何という事だ。気まずいにも程があるだろう。母親を慕っていた彼女にとってみればナイーブな問題だ。彼女の許可なしにお母さんを助け出してしまったら、ショックを受けるかもしれない。


「あのさ、シェーラはお母さんに会いたくないかい」

「会いたくないといえば嘘になります。だからといって死んだ人を生き返らせるわけにはいかないじゃないですか。今の私たちがあるのは死んでいった人たちの分も懸命に生きようとした思いがあるからなんですから」

「うん、…そうだよな」


 軽はずみに考えていたことを反省させられた。シェーラは寂しそうに俺に微笑みかけた後にその場を立ち去っていった。どうするべきか悩んだ俺は思案しながら執務室を後にした。





             ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇                





 ひとまずシェーラのお母さんを助け出すか迷った俺はいったんその事を保留することにして次なるプランに移ることにした。それは勇者の保護と強化計画である。帝国は捕まえた勇者を自らの手駒である魔神獣に変えようとしている。ならば彼らが手遅れになる前にこちらで保護して帝国が手を出せないようにするのが一番であると考えたからだ。

 だが、顔バレしている俺が直接帝国領や他国に入り込むのは危険が伴う。バックにいる怖い人たちが出てくる可能性があるからな。顔バレしていない人間を派遣する必要がある。

 まあ、派遣する前にがっつり強化しておこうとは思うがな。


「それには目立たないお前がピッタリなんだ、マサトシ」

「何げに失礼なこと言ってないですか、兄貴…」


 突然に呼び出された挙句に神弓サルンガを渡されたマサトシは戸惑いながら抗議の声をあげた。マサトシも見習いであるが、勇者の端くれだ。どの程度、サルンガが危険な武器であるかは鑑定スキルを使用して認識したらしい。


「うげ、なんなんだよ、この武器は。ステータス表記がバグって読めねえ箇所ばっかりだ」

「え、そんなことないだろう」

『鑑定スキルのレベルが低いとそういった障害が起きるようですね』

「なるほど、レベルが足りないだけか」


 マサトシのスキルである【万理の魔眼】は敵の弱点を瞬時に見極めることができる。ゆえに鍛えてサルンガを使用できるようになれば最強と思ったのだが、非力なマサトシは光の矢を生成するどころか弓の弦を引くこともできないようである。


「無理っすよ、こんなとんでもないものを扱うのは」

「まあ、予想はしていたがな。だが、安心しろ。そう言うお前にあるスキルを貸与してやる」


 俺はそう言ってマサトシの額に指を当てると【鬼神化】を譲渡した。瞬間、マサトシの筋肉が膨張する。だが、もともと非力なせいか少しだけマッチョになる程度で俺やブタノ助のようにはならなかった。


「うおっ!すげえ力だ、これなら…あれ?筋肉が痛い痛い痛い!!!」

「あれ、間違えたかな?」


 マサトシの身体に合わなかったのか鬼神化は直ぐに解除された。後に残ったのは地獄の筋肉痛と全身の筋肉の吊る地獄だけである。やり方を変える必要があるな、身悶えるマサトシを見ながら俺は少しだけ反省した。



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