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第十八話-6

 突然に何者かの攻撃によって島が消し飛んだ時、俺は島の上空まで逃げていた。インフィニティの直前の警告がなければ完全にやられていた。変わり果てたクレーターとなってしまった竜の楽園を見ながら俺は戦慄していた。何なんだ、この攻撃は。俺のグングニルに迫るほどの威力をしているではないか。


『何という事だ、わが国が、わが国の民が…』

 

 ゼロスペースに収納した竜王の嘆きが脳内に響いてくる。逃げるまであまりにも時間がなかったために近くにいた司馬さん、クリスさん、フローライト、そして竜王しか収納することができなかった。ここまでの攻撃を行えるとは。これを行ったのが帝国だとすれば俺は完全にかの国の所有する武力を侮っていたことになる。

 目の前で起こった惨劇に激しい怒りを覚えながらも俺は冷静に相棒に命じた。


「インフィニティ、今の攻撃が放たれた起点を調べることは可能か」

『可能ですが、何をなさるおつもりですか』

「決まっているだろう、やられたことはそっくりそのままやり返すんだよ」


 俺がこれからやることを察したのかインフィニティは俺の脳内に簡易的な惑星の立体映像と攻撃の始点と終点を示した曲線を示してくれた。なるほど、この座標値から相手は攻撃してきたことになる。これだけ分かれば充分だ。


 そう思った俺は【時間跳躍】を使用して着弾前の過去へ飛んだ。

 

 過去に飛んで上空を見ると凄まじい速度で何かが飛んできた。【雷神覚醒】と【クロックアップ】を使用して光の塊となった俺はその凄まじい速度の何かを両腕で受け止めた。それは光でできた矢だった。尋常なものではないのだろう。握りしめた瞬間に凄まじい痛みと熱を感じた。両手が焼けただれそうだった。

 だが、火がついてしまった俺の怒りの前ではそんなものは意味を持たない。激痛を感じながらも俺は渾身の力で矢の向きを変えようと試みた。凄まじい重さと力で矢は抵抗してきたが、力には力だ。【鬼神化】でフルパワー状態に変わった俺は矢の力に負けないように力任せに対抗した。


「…ぬう、この野郎…」

『マスタ―、危険です、このままでは両手が炭化してしまいます』

「上等だあああああ!!!そんなもんで俺を止められると思うなよっ!!!」


 インフィニティの警告を無視して俺は渾身の力で矢の向きを変えると同時にぶん投げた。身体中の血管が切れるかと思えたが、なんとか俺の身体は限界以上の力を引き出してくれた。同時にクロックアップの制限時間が切れる。反転した矢はやってきた方向に向かって轟音をあげながら飛翔し、虚空の彼方に消えていった。

 力を使い果たした俺は意識を朦朧とさせながらも落ちていった。そんな俺を受け止めてくれたのは島から飛翔してきた竜王だった。そうか、過去を変えたことで島も無事に済んだんだな。


『無茶をする男だ。その手はもう使い物になるまい』


 竜王に言われて俺は自分の両手を見た。炭化してしまった手は崩壊が始まっており、ボロボロと崩れ始めていた。それを見た竜王は眉をしかめた。


『何故そこまでしてくれたのだ』

「俺は我儘ですから。目の前で起こる惨劇は全て食い止めたいんです」


 そう思いながら俺はブタノ助の仲間モンスターが虐殺された時の事を思い出していた。あんな思いをするのはもう沢山なのだ。だからこそ、この身がどうなろうと全ての力を使って皆を守る。


『感服したぞ、藤堂晴彦。一族を代表して礼を言う。我が祝福を受け取るがいい』


 竜王はそう言った後に指を爪で切り裂いて一筋の血を流した。血はフワフワと浮かんでいき、俺の口元に止まった。


「これは、竜の血ですか」

『竜の血は万病に効くと言われるエリクサーを上回る霊薬と言われています。ですが、竜の真の信頼を勝ち得ないと得られないといいます』


『これはいわば義兄弟の杯だ。我ら竜はその身が滅びようとお前と共に歩もう』


 そう言う事であれば有難く受け取ろう。俺はそう思って血を口にした。瞬間、溢れんばかりの力の奔流が体の中に満ち溢れていった。気づけば炭化していたはずの俺の手の傷は完治していた。おいおい、凄すぎるだろう、この効能は。


『竜の血によってスキルを獲得しました。【瞬間再生】【竜闘気解放】【竜鱗生成】【竜魔法の才能】【神薬生成】を獲得しました』


 何だか凄まじいスキルを一気に得てしまった気がする。驚いた俺に竜王は微笑んだ後に竜の島へと戻っていった。





             ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇                





 一方、弓を放ったシェイドは満足げに弓を下した後に遠視の魔眼を使って竜の島の崩壊していく様を眺めようとした。だが、次の瞬間に青ざめた。何者かが竜の島の上空で光の矢を受け止めてこちらに向かって投げ返しているのだ。あり得ないことだった。人間の身であのような真似ができるもの等聞いたことがない。絶句したシェイドだったが、すぐにその場から逃げ去ろうと馬を走らせた。そんな彼に無情にも光の矢は振り下ろされていく。


 間に合うはずもなかった。直後に大爆発が起こった瞬間、自らの身体が引き裂かれるような衝撃を感じた彼が最後に思ったのは矢を放った人間に対する恐怖であった。


 帝国に巣くう上位魔族の一人、光弓のシェイド。その最期の瞬間だった。


 彼がいなくなった後に残された神弓サルンガはその場から消え去り、現在の使い手を破った藤堂晴彦を新たな主と認めるべく、竜の島へと転移していった。





            ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇                 





 その日の夜は竜達を交えた大宴会になった。竜王にぜひ一晩泊まって行けと言われたからだ。断る理由もなかったのでお相伴に預かることになった。本当は用が終わったのですぐに帰ろうとしていたのだが、竜王に聞いてみたところ、部下達から物凄く懇願されたらしい。竜達にしてみれば俺たちは長年苦しんできた王の呪いを解いた上に島を救った恩人なのでぜひとも酒を酌み交わしたいということなのだろう。

 そんなわけで俺たちは沢山の竜に囲まれた状態で歓待を受けることになった。竜王の隣のVIP席で歓待を受けることになったのだが、司馬さんとクリスさんの表情は暗かった。


「まさかここまで竜に囲まれる事になるとは思わなかった」

「さすがの僕もこれは引くわ」


 ああ、なるほど。悩みがあるというよりは気疲れというわけだ。

 竜の宴は豪快そのものだった。どの食材も竜のサイズに合わせたものばかりで凄まじく大きい。大集団で狩るような大型モンスターが丸焼きになって出てきたり、色とりどりの果物なのだが、一つ一つのサイズが人間を収納できるほどの大きさとあっては迂闊に手を付けていいものかどうかも迷ってしまう。その上、酒まで樽で出てくるとあっては、どこから突っ込めばいいのか分からなくなる。

 どうしようかなと竜王の方を見てみると樽酒をお猪口のように一口で呑んでいる有様だ。俺の視線に気づいたのか、竜王が苦笑する。


『むう、すまんな。お前たちのサイズに合わせるように料理人に言うのを忘れていた』

「あはは、どれも大きいからびっくりしました。しかし、竜達がこんなに陽気に酒を飲むとは思いませんでした」

『元々、竜には酒を飲む習慣はなかった。人間との交流によって我が文明にも酒がもたらされたのだ。酒は実にいいものだ。それを生み出した人間も素晴らしい!ゆえに再びお前たち人間と交流を持つことができたことを心から嬉しく思う。そうだろう、お前たち!』

「おお!人間万歳!竜王様万歳!!」


 な、なんとも陽気だなあ。

 そう思いながらも流石に樽では酒が飲めないので錬金術で陶器の器を作り出してすくって飲んでみた。何だこりゃ、物凄く旨いぞ。日本酒に近い味わいなのだが、水みたいにサラサラと飲める。後味も甘ったるくなく、フルーティなのど越しだ。この酒ならば幾らでも飲めるなあ。周りを見渡すと確かにどの竜も酒をかっ喰らって楽しそうに飲み食いしていた。こいつらとならうまくやっていけそうだ。

 そんなことを思っていると思いつめた顔をした司馬さんが急に立ち上がった。


「ええい、もう細かいことを考えるのはやめだ!今日は飲む!呑んでやる!」


 そう言って司馬さんは樽を抱えて酒をぐびりぐびりと飲み始めた。俺も竜王も呆気に取られたが、あっという間に司馬さんは樽酒を飲み干して空になった樽を床にドンと置いた。


「ふいい~、旨い酒じゃねえか」

『人間よ、いい呑みっぷりだな。惚れ惚れしたぞ』

「司馬さん、そんなに一気に飲んで大丈夫なんですか」

「うるへ~、馬鹿野郎、竜達に囲まれて警戒していた自分が馬鹿らしくなったんだよ!おら、そこの黒竜、しょぼくれた顔してねえで呑み比べだ!竜の意地を見せてみろ」

『くっ!人間め、やられっぱなしだと思うなよ!』


 あ~あ、昼間ボコった黒竜に呑み勝負を吹っかけてるぞ。どうなっても知らないぞ。そんな俺にクリスさんが耳打ちしてきた。


「晴彦君、心配しなくていいよ。こうなった司馬ちゃんはザルだから」


 荒れている司馬さんを眺めながら、司馬さんもストレスが溜まっていたのだなと納得した。こうして竜と人間を交えた大宴会の夜は更けていったのだった。




              ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇                 




 酒を浴びるように飲んで酔いつぶれていた俺は夜中に目を覚ました。100体近くの竜達が酔いつぶれているという光景は凄まじいものだった。傍らで大いびきをかいている竜王を眺めた後で夜風に当たりたくなった俺はフラフラと外に出ることにした。暫く歩くと崖の上に座り込んでいて月見酒を飲んでいる司馬さんを見つけた。


「司馬さん、まだ飲んでいたんですか」

「…おーう、どうだ、竜の奴ら、みんな酔い潰してやったぜ」


 ほろ酔い加減で更に酒を飲んでいる元気なおっさんに対して俺は苦笑した。しかし、竜の酒というのは全く後に残らないのだから優れたものである。


「飲むか…」

「あ、はい、いただきます」

「心して飲めよ、魔剣士様の酒だ」


 司馬さんはそう言って上機嫌で俺に酒を注いでくれた。夜の月を眺めながら波の音を肴に飲む酒というのも悪くない。二人で酒を飲みながらも、あまりにいい景色だったので感傷に浸ってしまった。そんな俺に司馬さんが語り掛けてきた。


「晴彦よ、カミラ、いや、リノの事、ありがとうな…」


 急に言われて俺は酒が喉に詰まりそうになった。やばい、バレてる。むせ返りながらも俺は司馬さんに尋ねた。


「知ってたんですか、あいつのこと」

「あれだけ特徴的な奴だったらすぐに察しが付くさ。あれで当人は気づかれてないつもりなんだから凄いよな。まあ、アリスやマサトシの奴は気づいてないようだがな」

「…そう…ですか」

「そんな顔すんな、バラしたりしねーよ」


 司馬さんはそう言って笑いかけてきた。そして再び酒を注ぐと話を続け始めた。


「晴彦、お前は間違えるなよ。幾ら万能の力を持ったとしても驕りを持った時に人間は腐る。そうならないように常に謙虚さだけは忘れるな。本当の敵は自分なんだ」


 司馬さんの視線は俺を見ながらも遠くを見つめているようだった。そうだ、この人はかつて失った親友の大和さんに俺を重ねているのだろう。


「俺は自分を見失ったりしませんよ。司馬さん達が、仲間たちがいる限り、俺は変わりません」

『そうです!マスターにはこの私がついていますから大丈夫です!』


 脳内で言い切っている人が一番怖いんだがな。そう思いながらも俺は司馬さんの空いた器に酒を注いだ。司馬さんはそれ以上何かを語るでもなく、満足そうに酒を飲み干した。

 どちらが語るでもなく、波の音だけが静かに聞こえる中で俺と司馬さんは静かに盃を開け続けた。


最後のワンシーン、加筆しました。

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