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第十八話-4

 クリスさんと揉めていたのは竜の楽園の王である竜王アレキサンドライトに仕える賢者である白竜フローライトだった。竜族でありながら人間の操る魔術に興味を持ったフローライトは独学で人化の魔法を習得した後にユーフィリア魔道王国に留学して修練を積み重ねて賢者となったのだという。そして自国である竜の楽園で宰相としてアレキサンドライトに仕えているのだ。

 他の竜達もフローライトの言う事は従うのだが、唯一言う事を聞かないのが先ほど襲ってきた黒竜オブシディアンだ。今回もフローライトの制止を振り切って俺達に襲い掛かり、見事に返り討ちにあったのだという。


「オブシディアンはまだ思慮が浅く血気盛んな若竜だ。ゆえにたかが人間と侮って返り討ちにあったのだろう。お前たちにはすまないことをした。だが、奴も竜の末席に名を連ねるもの。出来れば穏便に身柄を渡してもらえるとこちらとしても助かる」

「あ、はい、いいですよ」


 俺はそう言った後にゼロスペースに収納していた黒竜を取り出した。巨岩の如き躰と重量のために地面に置いた時に地響きがした。取り出した黒竜は借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。というか怯えていないか。こいつ。

 俺の姿を見るなり、フローライトの後ろに隠れた黒竜はガクガク震えていた。顎をカチカチ鳴らしている。完全にブルッているではないか。フローライトは変わり果てた同胞の姿に方眉をひそめた後に俺に尋ねた。


「こんなに怯えさせるとはいったい何をしたんだ」

「ちょっとだけワールドイーターさんのいる生け簀に放り込んだだけなんですが」

「容赦がないな。それをされたら私でもトラウマになるぞ」


 フローライトが黒竜にもう安心だから謝って許してもらうように伝えると黒竜は土下座するように頭を下げた後にその場から立ち去っていった。完全に意気消沈しているのか尻尾がダランと垂れ下がっている。ちょっとだけやり過ぎたかな。


「晴彦、ちょっとやり過ぎなんじゃないのか」

「先にあいつをぶちのめしたのは司馬さんだったと思うんですが」

「そうだったか、まあいいじゃねえか、あっはっはっは!」


 笑って誤魔化された。フローライトは俺達のやりとりに頭痛がしたのか眉間を人差し指で抑えた後に溜息をついた。そしてクリスさんに尋ねた。


「一体こんな規格外の連中を連れてきて何をしにきたんだ、クリス」

「うん、ちょっと帝国とやり合うんで竜の力を借りたくてね」

「帝国?…おい待て、そう言われてみたら、そっちの男には見覚えがあるぞ。全世界に向けて頭のおかしい演説を行った藤堂晴彦ではないか!」

「あの演説、見ててくれたんですね」

「有名人だな、やったな、晴彦」


 どうやらフローライトも俺の演説を見ていたらしい。まあ、正面切って人間の最大勢力である帝国に挑もうとしている輩なんて俺くらいだから記憶に残ったのだろう。遠巻きから俺たちの話を聞いていた他の竜達にも動揺が走った。


『おい、あのちんちくりんがあの藤堂晴彦なのか』

『ああ、普段は人間の姿をしているが、その正体は三面六臂の化け物だって噂だ』

『山脈を一瞬で吹き飛ばしたのを俺は見たぜ。奴の仲間も化け物ぞろいだって噂だ』

『くわばらくわばら、近くにいたら俺達まで巻き込まれるぜ』

『静かにしろ、目を合わせたら俺達もやられるぞ』


 竜の言語で話している聞きたくもない竜達の本音をインフィニティさんが丁寧に翻訳して俺の脳内に伝えてくれる。余計なことしんな、馬鹿。

 竜達にも一言申し上げたい。血に飢えた化け物みたいに人の事を言わないように。

 同族たちの動揺がフローライトにも伝わったのだろう。どうしようかと考えているとふいに巨大な何者かの声が俺たち全員の頭の中に響き渡った。


『フローライトよ。その者達を我が元へ連れてくるがいい』

「竜王様、よろしいのですか」

『許す。私もその者達に興味を持ったのだ』

「御意」


 鶴の一声とはこういうものを言うのだろうか。竜王様の招きによって俺たちは竜王の根城に赴くことになった。




             ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇             





 竜王の根城は島の中心にある火山をくり抜いたような天然の大空洞に竜達が独自の装飾を施した巨大な建造物であった。中央の通路の脇にはマグマの流れており、非常に暑い。こんな所では人間は暮らせないだろうが、竜達にとっては非常に住みやすい環境なのだそうである。フローライト以外の竜は基本的に人化の仕方を覚えていないために基本的に城内ですれ違うのは見上げるばかりに巨大な竜達ばかりであった。彼らが歩いていくだけでも震動で体が揺れてしまう。竜達にしてみれば小さな訪問者たちが珍しいのか、すれ違ってからもチラチラとこちらを見られてしまうのが何とも気になったので、振り向いて見返すと慌てて彼らは視線を逸らした。なぜこんなに見られるのか、気になった俺は先導するフローライトに声をかけた。


「さっきからやたらとこっちを見られるんですが、そんなに俺達が珍しいんですかね」

「人間がこの島に来るどころか、城までやってくることなど滅多にないからな。珍しいんだろうさ」

「よくそんなところに簡単に通してくれましたね」

「下手に抵抗したところでどうにもできないだろう。それに我が王もお前たちに会ってみたいという念話を送ってきたしな。ただ、気をつけてくれ。王は病に伏せっており、あまり無理ができない身体だ。興奮させないように気をつけてくれ」

「王様はご病気なのですか」

「ああ、病というよりは呪詛に近いがな」


 何でも竜王は前大戦の時にとある上位魔族から受けた傷によって死に至る呪詛を受けたそうである。心臓に食い込んだ矢じりから発芽した魔界の植物が王の心臓を圧迫しているらしい。下手に回復魔法で取ろうとすると植物はその魔力で成長して、更に王の心臓を圧迫するために下手に手出しをできないそうなのだ。何とか持ち前の強い生命力で生き延びてはいるものの、植物の根は確実に王の命を蝕んでいる。

 それが竜族にとっての悩みの種であるらしい。

 そんな話をしているうちに謁見の間に通じる巨大な鉄門に差し掛かった。見上げるほどの大きさの門には竜の形をした美しい装飾が施されている。その両側に控えているのは王を守る二頭の竜だった。ラスボスを守る中ボスの役割なのだろうか。簡単には通してくれなさそうな屈強な面持ちをしている。


「王より招きを受けている。開門してくれ」

「承知」


 フローライトの言葉に衛兵である竜が頷いて門を開けていく。人間の力では開かない重さなのだろうなあ。そんなことを思っているうちに扉が開いた。同時に凄まじい熱気が溢れた。

 中を見てみて納得した。扉の奥の部屋は岩盤が剥き出しで火山のマグマだまりと直結したような作りになっていたからだ。この熱気はあのマグマだまりのものだろう。

そしてその部屋の中央に黒竜以上に巨大な竜がうずくまっていた。


「竜王様、客人をお連れしました」

『よくぞ参られた。このような病床の身でお目にかかることをどうかご容赦願いたい。我が名は竜王アレキサンドライト。原初の竜の一頭にして竜の楽園を治めるものなり』


 先ほどと同じく頭に直接声が響く。さっきと違うのは本人が目の前にいるのですごい迫力だという事だ。声を発するごとに凄まじい風圧を感じて立っていられなくなるほどだ。

こうして俺たちは竜王と謁見することができたのだった。



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