第十八話-3
まともにブレスの影響を受けた晴彦達と違って司馬はドラゴンの放ったブレスの風圧を全く物ともしなかった。何かの特殊スキルではなく、神馬が空中で踏みとどまったのである。恐ろしいまでの馬力と空中バランス能力であった。風圧の影響さえ受けなければ後はなんでも切り裂く魔剣ダインスレイブでブレスを容易に切り裂くことができたわけである。自分の一番の攻撃手段を真正面から切り裂かれた黒竜はぎょっとなった。
「おい、トカゲ野郎、いきなり何しやがる」
こめかみに青筋を浮かべながら、司馬は魔剣ダインスレイブの切っ先を黒竜に向けた。とはいっても全身に鎧を纏った魔装形態へと変身しているために、その表情を黒竜は確認することができない。ただし鎧の周囲の大気が黒雷によって絶え間なく放電している様子から司馬の怒りの度合いを察することができた。
元来、司馬はそこまで短気な男ではない。だが、いきなり殺傷能力の高いドラゴンブレスを放たれて笑って済ませられるほど人間ができてはいなかった。
ゆえに神馬を駆って黒竜に攻撃を開始した。鋼鉄をも容易に跳ね返す竜燐で司馬の斬撃をいなそうと考えた黒竜はぎょっとなった。司馬の一撃一撃が竜鱗を容易に切り裂いていったからである。同族にも長らく傷つけられることのなかった自慢の鱗を容易に傷つけられた竜は驚愕した。破壊力がある上に機動力が凄まじい。司馬の意志通りに空中を駆け回る神馬を黒竜は捕らえることができなかった。
黒竜の攻撃を避けて駆けまわりながら神馬は次第にその速度を増していく。人が捉えられる速度から亜光速へと。そしてダインスレイブもそれに合わせて巨大な斬馬刀形態へと変化していた。神馬の速度が最高速へと達した時、司馬は黒竜の真正面に神馬を移動させて向かっていった。自らの射程に敵が向かってくることを認識した黒竜は鬼灯のように真っ赤な口を開いてブレスを放とうとした。
だが、ブレスが具現化しだした時にはすでに司馬と神馬は黒竜の頭上に瞬間移動していた。敵を見失った黒竜だったが、一度放とうとしているブレスを途中で止めることはできなかった。そんな黒竜目がけて司馬は渾身の力でダインスレイブを振り下ろしていた。
山のような重量を持つ黒竜が司馬の一撃を喰らって海面にきりもみしながら堕ちていく。その破壊力は斬撃を放った司馬さえも予想していなかったものであった。若干、自分の力に恐怖しながら司馬は思った。思い切り戦うのは晴彦レベルの敵を相手にする時だけにしようと。
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海に堕ちた黒竜は浮かんでこなかった。流石にこれから交渉しに行くところの兵隊を溺死させてはまずいと思った俺は【雷神覚醒】を使用して海底深くに沈んでいこうとする黒竜を助け出した。雷の状態で海に入ったらまずいんじゃないかって。ご心配なく。神の力はそれほどやわにはできていない。
ずっしり重い黒竜の身体を海上まで持ち上げて浮遊した俺に対してクリスさんが呆れたような声をあげた。
「竜を持ち上げるような非常識な力を持っている奴を見たのは君がはじめてだ。本当に人間をやめてしまったんだね」
「失礼なことを言わないでいただけますか」
俺はそう反論した後に黒竜をいったんゼロスペースの中に放り込んだ。意識を取り戻してから暴れられても困ると思ったのでワールドイーターさんのいる生け簀の中に入れておいた。くれぐれも食べないでねとお願いしておくと『トカゲハタベナイヨ』という返答だったので安心した。
竜の脅威がなくなった俺たちは再び竜の楽園に向かうことにした。島に近づくにつれて空を舞う竜の数は増していった。大半は先ほどの黒竜よりは一回りも二回りも小さい、比較的小ぶりな竜ばかりだった。ひょっとしたら先ほどの黒竜は大物だったのかもしれない。司馬さんが黒竜を倒したことを遠巻きに見ていたのか、竜たちは攻撃してこなかった。せいぜい威嚇の咆哮や悔しそうな唸り声をあげるくらいである。
余程、先ほどの司馬さんと黒竜の戦いを見て彼の危険性を認識したのだろう。
「みんな、司馬さんの事を怖がって攻撃してこないですよ」
俺がそう言って司馬さんを冷やかすと司馬さんは少し首を傾げた。
「…俺じゃなくてお前の事を怖がっているんじゃないのか」
『私もそう思います』
「僕は君達みんながおっかないけどね」
「あんたたち、本当に失礼だな!」
そんな話をしながら島の上空にたどり着いた俺たちはゆっくりと大地に向かって降りていった。
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晴彦との会話の中での司馬の指摘は正鵠を射ていた。竜の楽園周辺を飛び回る竜たちが本当に恐れたのは司馬ではなく、晴彦であったからだ。自分たちより強大な得体の知れないものを腹の中で飼っている。その正体は晴彦と共存しているワールドイーターなのだが、彼らにとっては晴彦の存在は未知の恐怖でしかなかった。強大な存在感と魔力を周囲にまき散らしながら自分たちの縄張りに入り込んでいく未知の生き物。それは恐怖そのものだった。
晴彦を見た時、下手に抵抗すれば消されるのは自分たちだという事を竜たちは瞬時に理解したのだ。アレに逆らってはいけない。そんなわけで晴彦本人だけは自覚していない中で、竜たちは自らの住みかに得体の知れないものが入っていくのに手をこまねいて見ているしかなかったのである。
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島に降り立った俺たちは周囲を見渡した。いるいる。そこら中に竜が潜んでいるのを気配から察することができた。島自体はシダ科の植物や見たことのない巨大キノコが生えている独特の生態系をしているようだった。気温も高い。まあ、島の中央に火山がそびえ立っているので、恐らくはそのせいだろう。まるでこの島だけが現在の生態系から取り残されているような光景だ。
『何らかの理由によって現代の生態系からとり残された島のようです。恐らくは竜たちは自分たちの住みやすい場所としてこの島に住み着いたのでしょう』
まさしく竜の島というわけである。これぞファンタジーだ。興奮気味の俺を司馬さんが苦笑しながら茶化す。
「随分興奮しているな。竜がそんなに珍しいのか」
「そりゃ、はじめてですから。司馬さんは興奮しないんですか」
「俺のいた異世界では邪神の戦争の道具として使われていたからな。毎日嫌でも見ていたさ。命のやりとりをしていた身としてはこうして竜に囲まれるのは複雑な気分にしかならないな」
「ふーむ、そういうものですか、あれ?クリスさんの姿が見えないですが」
「ああ、あいつならお前が竜に興奮している間にあっちに向かって歩いていったぞ」
司馬さんが指さした先を見ると、クリスさんが何者かと話をしていた。話をしているのはローブ姿の思慮深げな青年だった。物静かな雰囲気で目を閉じていたが、その内側に人間離れした強大な魔力を秘めているのが分かった。あれは人間なのだろうか。ひょっとしたら竜が人間に化けているのではないか。謎の人物とクリスさんは何やら揉めている様子だった。話の内容が気になった俺はインフィニティに命じて読唇術を試みた。要約するとこんな感じだ。
「クリス、久しぶりにやって来たかと思ったらとんでもないものを連れてきたな。あれは一体何なんだ」
「フローライト、そんなに怒らないで。信じられないかもしれないけど、僕の後輩の勇者くんとそのお仲間だよ」
「勇者だと、あの魔力、勇者というよりは魔王ではないか。一体腹の中に何を飼っている」
「…ワールドイーターらしいよ」
「世界を食らうものだと…お前、この島を滅ぼす気か!!」
フローライトと呼ばれた男は興奮のあまりにクリスさんの胸倉を掴んで怒鳴っていた。胸倉を掴まれたクリスさんはというと説得がうまくいかなかったことをあらかじめ分かっていたのか、死んだ魚のような目をして、こちらに手招きしていた。
行きたくないなあ、そう思いながらも俺と司馬さんはお互いの顔を見た後にクリスさん達に近づいていった。




