第十八話-2
街の水道の設置や建物や道路の修繕が終わったタイミングで俺は城下町を見て回ることにした。千手観音たちの仕事の成果を自分の眼で確認するためだ。指示を出しっぱなしではなく、きちんとアフターフォローを行うからこそ細やかな気配りができると考えたからだ。
護衛もつけずにふらふらと出歩いている俺に対して街の人たちは驚いていた様子だったが、気さくに接する俺に対して優しく接してくれり、出店の商品を振舞ってくれた。
ふと街の片隅に石でできた祠を見かけた俺は通りすがった街の人に何を奉っているのか尋ねてみた。
「ああ、それは晴彦様を奉っているんですよ。貴方は私たちの守り神ですからね」
去っていく街の人に礼を言った後に俺は祠を観察した。どうして手が何本もついているのかとか豚の頭をしているのかが非常に気になった。恐らくは公共事業を行う千手観音と俺の存在を混同しているのだろうが、なんとも微妙な気分にさせられるものだ。
『いっそ、マスターの面影を残した大仏でも建造しましょうか』
「それだけはやめてくれ」
そんなことを話した後に俺はその場を後にして街を散策した。シュタリオンの城下町の修繕は終わりつつある。現在は郊外にあふれ出した難民達を収納するための居住区を建設中であるが、千手観音だけでなく街の人たちの協力もあって思ったより早く工事が進みそうだ。勿論工事を手伝ってくれた人には給与という形で報酬を与えている。
街の再建が進みながらも俺には不安なことが一つあった。
幾ら高い城壁を建設しても対空防御というものがまるでできていないことだ。噂によると帝国には空中要塞や竜騎士というものが存在するらしい。今は攻撃の気配はないが、いざという時の守りを固めておかないと不安でしょうがない。
「竜でもいれば仲間にするんだけどな」
『シュタリオン近郊には竜の姿は確認できません』
うーむ、一度クリスさんに相談してみるか。古代の勇者ならひょっとしたら竜の住処を知っているかも知れないからな。そう思った俺はデモンズスライムとして迷宮の階層ボスをしてくれているクリスさんに話を聞くことにした。
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クリスさんはシュタリオン城の一室でお菓子を食べながら寝転がっていた。豪奢なソファが食べカスまみれになっているのを見るのは忍びないが、言ったところでこの人が改めるとは思えない。
どうして迷宮にいないのかと疑問を持つ人もいるだろうが、彼は四六時中デモンズスライムとして迷宮にいるわけではない。冒険者たちが階層にたどり着いた時に自動的に呼び出されて戦うだけなのだ。そんなわけで普段はこうして子供の姿になって自堕落な生活をしているのが通常状態なのである。
「あれ?はふひこくん、めふらひいめ(晴彦君、珍しいね)」
「口いっぱいにドーナツを貪りながら話さなくていいですから」
「……ごめんごめん、来客があるとは思っていなくてさ」
そう言ってクリスさんは口の周りを服の袖でごしごしと拭った。結構上質の服のはずなんだが、いいのだろうか。床には食べ終わったバナナの皮やお菓子の残骸、読み終わった漫画などが取っ散らかっていた。これが古代に活躍した勇者なのかと思うと少々情けないものがある。敢えて何も言うまいと思いながら俺は対面上のソファに腰かけて話しかけた。
「実はクリスさんに相談したいことがありまして」
「なんだい!面白い事なら教えてくれ。ちょうど暇だったんだ」
クリスさんは身を乗り出して俺の話を聞き始めた。遊び相手になってくれる司馬さん達が訓練に勤しんでいるので暇なんだろう。
「実は竜の居場所について知りたいのです。古の勇者であるクリスさんなら何か知っているかと思いまして」
「え!ドラゴン!何、ついにドラゴンまで飼うつもり!?宰相にエルダーリッチを招き入れただけじゃ気が済まないとは。僕が言うのも大概だが、少しは自重したまえよ、あっはっはっは!!」
クリスさんはそう言って上機嫌でドラゴンの住みかについて説明してくれた。なんでもシュタリオンから南東に位置する島にドラゴンたちのテリトリーである『竜の楽園』があるらしい。そこには竜王と呼ばれる強大な力を持った竜の王が配下を従えて棲みついているのだという。
「昔、僕が活躍していた頃から完全に不可侵地帯だったからね。きっと今でも住んでいるはずだよ。彼とは多少は顔なじみだから口を聞いてあげることもできる」
「本当ですか、では一緒に来てもらっていいですか」
「いいよ。どうせだから司馬君も連れて行こうか」
「え、なんでそのチョイスなんですか」
「簡単な話だ、相手が強さ第一主義の脳筋だからだよ。司馬ちゃんだったら話が合うはずだ」
そう言ってクリスさんは人の悪そうな笑みを浮かべた。この人がこういう表情をする時は騒動の予感しかしないんだが、大丈夫だろうか。
「まあ、死にはしないだろうから安心しなよ。何せこちらには雷神様がついてるんだから」
「揶揄わないでくださいよ」
そんなわけで俺とクリスさんは訓練中の司馬さんを拉致して『竜の楽園』に出かけることにした。
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竜の楽園に向かう空を俺とクリスさん、そして【神馬騎乗】でヒヒイロカネ製の神馬に跨る司馬さんの三人で高速で飛翔していた。司馬さんの新たに獲得した神馬はダインスレイブを身に纏わなくても使用できるらしく、司馬さんの意志を反映するかのように動いている。金属の鎧を全身に纏ったような形をした馬なので非常にカッコいい。俺が物欲しそうな顔をして神馬を眺めていると司馬さんは苦笑した。
「なんだよ、物欲しそうな顔しやがって。そんな顔をしてもこいつはやらないからな」
「取らないです。取らないんで後で俺も乗せてください」
「司馬ちゃん、僕も!」
「子供か、お前らは。分かった分かった、後で乗せてやるよ」
司馬さんはまんざらでもないらしい。いいなあ、神の馬。まるきりファンタジーじゃないか。俺もああいう固有装備が欲しくなってきたぞ。
『マスターは【雷神覚醒】を使えば防具なんて必要ないじゃないですか』
「気分の問題だ。それに人間相手に雷神覚醒を使うとやり過ぎてしまうからな。戦った相手を殺してしまったら洒落にもならん。あれに頼らない戦い方もそろそろ考える必要があるんだ」
『よく分からないこだわりがあるんですね』
そんな話をしていると眼下の海の向こう側に島の姿が見えてきた。雲の合間に見え隠れしているが、恐らくはあれが竜王の島なのだろう。
「あれが竜王の島だよ」
クリスさんの言葉に俺と司馬さんは頷いた。そんな矢先、ふと頭上が暗くなった。何かが太陽を遮っている。嫌な予感がして見上げてみると俺たちの身体をゆうに超える巨大な黒竜がいつの間にか飛翔していた。その凄まじい速度の余波で投げ出されそうになるのを慌てて堪えた。まるでジャンボジェット機のような大きさじゃないか。竜は敵意を剥き出しにしながらこちらを睨みつけた。怒りのあまりか大気が放電している。なんでこんなに怒ってるんだよ。
『また性懲りもなくやってきたのか!人間よ!』
強烈な思念波が頭の中に響き渡る。なんてでかい声だ。頭が割れそうだ。頭がくらくらしたが、それに負けないようにしないと会話にもならない。
「俺の名は藤堂晴彦。竜王に話があって来た!」
『立ち去れ!我が王は貴様ら人間のせいで病に伏している!これ以上近付けば海の藻屑にしてくれるわ!』
黒竜はそう言った瞬間に鋭い牙がたくさんついた口を開いた。同時にその周辺から凄まじい量の魔力が集中し始める。
「やばい、ブレスが来る!すぐに逃げないとズタズタにされるよ!」
その威力の凄まじさを知っているのだろうか。いつもは冷静なクリスさんが青ざめるのを見てそれが普通の威力の攻撃ではないことを理解した。だが、何か対処をする前に黒竜はブレスを放っていた。
おいこら、予備動作がなさすぎるだろう。
そう思った時には凄まじい風と共に雷が降り乱れる中に放り込まれていた。まるで竜巻が吹き荒れる嵐の中に飛び込んだみたいだ。バランスを崩された俺達は散り散りになった挙句に海に落下していた。海面から顔を出した俺達を見下ろして鼻をフンと鳴らした後に黒竜は島の方に飛び去って行った。
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ずぶ濡れになった状態で俺は海面から浮遊した。新しく新調した貴族風の服だったのに酷い。いきなりの荒い歓迎に涙が出そうになった。
「おかしいなあ、あんなに気が荒くなかったはずなんだけど」
同じく海面にぷかぷかと浮かびながら、クリスさんが顔を引きつらせた。あれ、司馬さんの姿が見えないけど、どこに行ったんだろう。俺が疑問を口にするとクリスさんが空の上を指さした。どういうことかと見上げるとダインスレイブを纏った司馬さんが神馬に跨りながら黒竜とやり合っていた。青ざめている俺の前で司馬さんはたやすく黒竜を海面に叩きつけた。バランスを失った黒竜がきりもみ回転しながら海面に落ちていった後に津波のような波が起こり、再び俺はずぶ濡れになった。あまりに強烈な一撃だったのか黒竜は完全に意識を失っているようだ。
変身を解いた司馬さんが浮かんだまま動かない黒竜を見て何かを呟いているのに気付いた。一体何と言っているのか鑑定するようにインフィニティに命令すると、どうやら「俺としたことが少し大人げなかったかな」などと呟いているらしい。
誰かあの自重しないおっさんをどうにかしろよ。引きつり笑いを浮かべながら俺はそれを眺めるしかなかった。




