第十七話-13
王の帰還式典から数日。俺とインフィニティ、そしてシェーラは城の財務帳簿を眺めながら嘆息した。調査の結果、宰相のフッテントルクによって横領に近い多額の使い込みが発覚した。そして帝国への凄まじい金額の納税によって国庫が驚くほどに空になっていたことも分かったのである。
「まさか、税金代わりに国宝である先代勇者の装備まで帝国に納めていたとは」
宝物庫の在庫を見てみると古びた剣と書物が数冊あるくらいで金貨や白金貨といったものも見当たらない状況であった。このままでは国の再建どころではない。
「街や城の修繕にもお金は不可欠です。兵を雇うのにもお金はいります。しかしこのままでは国として機能するのは難しいでしょう」
「こういう時ってどうやって金を稼ぐんだ」
「やりたくはありませんが、重税を課すか戦争を行う以外にはお金を集める手段は考えられません」
「うーん、何とかお金を集める手段はないものかな」
「埋蔵金とかあればいいんですが」
「インフィニティ、テレビの見過ぎだ。そんな都合よく埋蔵金なんて埋まっているわけないだろう、あれ、シェーラ、どうしたんだ」
急にシェーラが黙り込んでいたので二人して彼女の方を見てみるとシェーラは何かを思い出した様子で立ち上がると走り去っていった。どうしたのだろうと思っていると暫くしてから彼女は百科事典のような古びた書物を抱えて戻ってきた。彼女は机の上にドンと本を置くと分厚いページの中から付箋がついた箇所を開いて差し示した。
「埋蔵金で思い出しました!シュタリオン城から東に離れた古代都市の廃墟にある死霊王の迷宮の奥深くにある財宝があれば傾いた財政を一気に取り戻すことができます」
シェーラの話によると死霊王の迷宮とは古代の魔道王の遺産が眠っている高ランクの迷宮のことらしい。なんでも古代のこの地方には栄華を極めた魔法文明が栄えていたらしいが、不老不死に目をつけた当時の王が禁断の儀式によって『リッチ』と呼ばれる高ランクのアンデッドに変貌したことで滅びを迎えたらしい。王国には死から解き放たれたスケルトンやゴースト、高位の悪魔たちで溢れ、事態を重く見た賢者によって都市ごと地中深くに封印されたのだという。死霊たちは封印によって出ることはできないらしいが、入り込んだ冒険者たちを葬っては自らの血肉へと変えているらしい。
「ここならば財宝が眠っているはずです!」
珍しくシェーラが乗り気であるのだが、物凄く行きたくない。何しろ俺はお化けの類がもの凄く苦手だからだ。そんな俺に対してシェーラは根気よく説得してきた。この子にしては珍しいなあ。最後には根負けする形で俺たちは死霊王の迷宮に向かうことにした。
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迷宮の入り口は凄まじい瘴気が溢れかえっていた。怖くなった俺はシェーラとインフィニティに下がるように言った後に神彦を呼び出して【雷神覚醒】を使用した。ワールドイーターがお腹を減らせて暴れ出すまでの制限時間はせいぜい3分程度だろう。神の力に覚醒した姿を初めて見たシェーラは驚いていたが、俺はお構いなしに力を放った。巨大な雷の塊となった俺は迷宮全体を走り回った。物理攻撃のグングニルだと迷宮ごと吹き飛ばしてしまうのであくまでも迷宮の中を放電させるだけである。インフィニティに言わせると神の雷は【神聖属性】も含んでいるために迷宮内の浄化には非常に向いているらしい。
走っていく途中で怨霊たちのいくつもの断末魔が聞こえたようだったが、怖かったのでなるべく見ないようにした。あっという間に迷宮の奥深くにたどり着いた俺の前に立っていたのは外套を着た骸骨の姿だった。瘴気の量から察するにこいつが【リッチ】とやらだろう。
『何者か、ここが我が墳墓と知っての狼藉か』
「あんたの持っている財宝をもらいに来た」
『愚か者め!ここを貴様の墓場にしてくれるわ!【核熱魔法】!!』
骸骨がそう叫んだ瞬間、凄まじい熱の奔流が向かってきた。だが、雷と同一化した俺にはその攻撃は遅すぎた。あっという間に敵の背後に回り込んだ俺は渾身の雷を【リッチ】の身体に叩きこんだ。
『ぐぎゃあああああああああああ!!!!!』
感電して消し炭にでもなるのではないかというくらいにもだえ苦しんだ後に【リッチ】は動かなくなった。突っついて全く動かないのを確認した後に俺は【雷神覚醒】を解いた。
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リッチを倒した後に俺は墳墓の奥深くを物色した。シェーラの指摘通りに凄い数の金銀財宝が眠っていた。これを使えばシュタリオン国の財政は元に戻せるだろう。そんなことを考えていると背後から何者かの気配がした。振り返った瞬間に冷や汗が出そうになった。倒したはずの【リッチ】が立っていたからである。
「まだ死んでいなかったのか!」
「よせ、すでに私に敵意はない」
「本当か」
「ああ、久しぶりに死ぬかと思った。おかげで寄り集まっていた怨霊から解放されて自我を取り戻すことができた。例をいうぞ」
リッチはそう言って丁寧に頭を下げてきた。拍子抜けした俺に対してリッチはこれまでの自分の過去を語りだした。
リッチが言うことには自分は確かに古代の魔道王だったらしいが、不老不死の魔法実験に失敗してリッチ化したらしい。それだけならよかったが、実験の際に悪霊の群れに体を乗っ取られて迷宮に長い間封印されていたらしい。俺の神の雷によって悪霊たちの憑依から抜け出すことができたらしい。
「お前は神なのか、人の子なのか」
「説明しづらいけど人の子だよ」
「なるほど。その力量には感動した。さぞや名のある勇者とお見受けする。良ければ私も仲間にしてくれないか」
「お前は何ができるんだ」
「死霊を操る魔法と古代魔法を少々たしなんでいる。後は財務管理を行えるぞ」
「なるほど、ではシュタリオン国の宰相になってくれ。くれぐれも人間の魂を吸い取らないようにな」
「それなんだが、どうやらお前の雷を喰らったことで属性が変わったらしい。全く人の魂を欲しいとは思えないんだ」
言ってることがおかしいと思ってインフィニティに鑑定を依頼すると単なる【リッチ】から【エルダーリッチ】に進化していた。鑑定結果では人の魂は必要とせずに代わりに周囲にいる神の気を供給されることによって存続するというものだった。
こうして新たな宰相を手に入れた俺は【エルダーリッチ】であるエルやんを伴って地上に戻ることにしたのである。戻ってきたエルやんを見たシェーラが悲鳴を上げて気絶したのは言うまでもない。
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気絶したシェーラを見てこのままの姿ではまずいと思った俺とエルやんはしばし話し合った後に変身魔法で仮の姿になってもらうことで落ち着いた。
名付けてリッチモンド伯爵。シュタリオン国近郊に古くから住んでいたもののその類まれな魔導の才能を隠す様にして隠遁生活を行っていた孤高の存在。金髪でワイシャツが似合うイケメンに変身してもらって話の口裏を合わすことにした。意外とエルやんはノリが良かった。ひょっとしたら俺やインフィニティに近い考えをしているのかもしれない。
意識を取り戻したシェーラはリッチがいなくなったことを不審がったが、あまり深く考えたくなくなったのか、俺とエルやんの言う嘘に納得してくれた。ひょっとしたら気づいているのかもしれないが、敢えて事を荒立てる必要もないと思ったのかもしれない。こうしてシュタリオンに新たな宰相を迎え入れることができた。
宰相となったエルやんはまずは国民の経済環境やインフラを整えるべきだと主張してきた。その通りだ。まずは国民が餓えないようにして、生活基盤を整える必要がある。戦争の影響で建物は傷だらけだったし、食料の数が圧倒的に不足している。
そこで俺は国の大広間にガリバースペースに繫がる【ブラックウインドウ】を準備した。この中に入ればお腹いっぱい食べれますよといった触れ込みの立札を作った後で彼らがお腹を満たせる食事を準備したわけである。ガリバースペースの中に置いたものは巨大になるために千人規模であってもキャパシティを満たすことができる。だが、あくまでこれは応急処置に過ぎない。彼ら自身が自分で稼げるようになる必要がある。
俺はエルやんとその配下に命じてシュタリオン国の経済の強みを調べさせた。強みが分かればそれを生かす術も見いだせるはずだ。
それを行っている間にもう一つ行ったことがあった。国中に住む引きこもりのデブや戦争によって四肢に何らかの欠損がある人間を一度に集めたのである。急に連れてこられたことに彼らの多くは困惑した様子だった。だが、俺は容赦をしなかった。
まずは怪我人たちをゼロスペースの中に放り込んで片っ端からエリクサーで作られた特別な培養液の中にぶち込んだ。口に入れると魔力中毒になる恐れがあるので口には空気を運ぶ呼吸マスクをつけてはいるが、流石に驚いている様子だった。しかも培養液に放り込むのが「きょ!」としか言わない千手観音の群れである。恐ろしい事この上ない。
怪我人たちの相手を千手観音に任せる間に俺はデブたちに対して演説を行った。
「お前たちは自分の身体を嫌っている。人より太っていることで人より劣っていると自分を卑下している人間も多いだろう。だが、それは欠点ではなく長所だ。お前たちはさなぎから蝶に生まれ変わることができるのだから。生まれ変わるチャンスを与えてやる。だから俺についてこい!」
彼らの多くは俺の言っていることを信用できない様子だった。だが、それは大した問題ではない。何せこれから行うダイエットプログラムは強制的に行うものなのだから。
嫌がるデブたちを片っ端からゼロスペースに放り込むとダイエットが終わるまで出れないことを伝えて空間の入り口と出口に鍵を閉めた。後は管理人であるインフィニティに死なない程度の面倒を見てもらいながら待つだけである。とはいっても外での体感時間は一瞬なのだが。
あっという間にダイエットが終わったようで痩せたデブたちがスリムになって戻ってきた。彼らは太っていた時とはまるで別人のような表情で自信に満ち溢れていた。ステータスを確認するとそれぞれが移動力を大幅にUPさせる【韋駄天】と【二回行動】のスキルを習得していた。俺は彼らを『カルラ隊』と名付け、直属の親衛隊にすることに決めた。
怪我人たちも無事に欠損した四肢を取り戻すことができた。それぞれ、欠損していた部位を取り戻したことで克服スキルを獲得していた。俺は彼らを『アスラ隊』と名付けて戦闘訓練を行うことにした。こうしてシュタリオンに新たな戦闘部隊を作ることに成功したのである。




