第十七話-12
ディーファス中に伝わるようにホログラフを作成して宣戦布告を行った後に俺はラードナーの元に向かった。玉座に座っていつものように水晶球の群れで外部の状況を観察していたラードナーは謁見の間に入ってきた俺の顔を見るなり苦笑いした。
「ハルヒコ、見たぞ。さっきの宣戦布告を」
「ああ、断りなしにやってしまって申し訳なかった」
「いいさ、お前と私は召喚の契約を結んでいるが、同盟を組んでいるようなものだからな。しかし、久しぶりに胸がすくような思いがしたぞ」
ラードナーはそう言って先ほどの光景を思い出したのか含み笑いをし出した。この魔王が笑うのは初めて見る気がする。なんとも新鮮な光景だ。話すまでは小言の一言でも言われるかと思ったが、安心することができた。
「しかし短期間であれほどの力を身につけるとはな。一体何をした」
「神様の呪いを克服しただけだ。おかげで自分でもあり得ない力を身につけたと思うぜ」
「ふむ、お前の内から吹き出る力はそのせいか。神気に近いものを感じるな」
「分かるのか」
「わが身をこの地に封じた帝国の将軍も同様の力を秘めていた。強大な力を手に入れて意気揚々となっているだろうが、油断は禁物だぞ」
「ありがとう、気をつけるよ」
敵側にも俺と同じ力を持った存在がいるという事か。調子に乗ると痛い目を見るかもしれない。俺はラードナーに礼を言った後に謁見の間を立ち去ろうとした。そんな矢先にラードナーから声をかけられた。
「そういえばハイオークのブタノ助がお前に会いたがっていたぞ。なんでも謝りたいことがあると言っていたな」
「ブタノ助が?分かった。行ってみるよ」
謝りたいことというのは何だろうか。疑問を持った俺はブタノ助に会うために謁見の間を後にした。
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謁見の間から出た俺はその足でブタノ助の姿を捜し歩いた。ちなみにシェーラとリノはシュタリオン城でお留守番である。元々、魔王城にやってきたのもシュタリオン王を迎えに来たためだからな。王とアルフレッド達を迎えに来た後にとんぼ返りするつもりなのだ。帝国兵達は残らず排除したと思うが、何かあったらすぐに知らせるように言い含めてあるので大丈夫だろう。
城内をくまなく回った後に訓練場に行ってみるとブタノ助の姿を確認できた。どうやらアルフレッドと他の騎士たちと訓練を行っているようである。驚いたことにブタノ助一人を囲むようにアルフレッド達は剣を構えていた。一対一でないとはどういうつもりかと思ったが、すぐに理解できた。ブタノ助の振り回した昆があっという間にアルフレッド達をぶちのめしていったからである。あいつ、そんなに強くなったのかよ。まさしく一騎当千となり出している弟子の成長に俺は思わずにやついてしまった。
躰から迸る汗を拭っていたブタノ助は遠目から見ていた俺に気づくとすぐに駆け寄ってきた。
「神様!こちらに戻られていたのですね」
「ああ、ブタノ助も元気そうで何よりだ」
「先ほどの宣戦布告を見ました。ついに帝国と本気で戦うおつもりなのですね」
「ああ、お前の事も頼りにしている。ところで謝りたいことがあるってどうしたんだ」
俺がそう言うとブタノ助は物凄く気まずそうな表情をした後に俯いた。一体どうしたというのか。俺が疑問を持っているとブタノ助は言いにくそうにしながらも切り出した。
「実はそれがし、戦士として恥ずべき行為を行ってしまいました」
「何が恥ずかしいんだ」
「その、以前の戦いで捕虜にした女騎士ユリアを覚えてらっしゃいますか」
「ああ、確かお前と一騎打ちで負けたくっころさんだろ。あの子がどうした?」
「その、牢に入れて面倒を見ているうちに情が移りましてな。実はユリアと恋仲になりまして」
「え、マジでか」
今日一番の驚き報告である。戸惑いはしたものの、ブタノ助は真っすぐな心根をしている。くっころさんも外見ではなく、内面に惚れたという事だろう。
「いやあ、それはおめでとう!なんか俺まで嬉しくなるな」
「あ、ありがとうございます。神様に祝福してもらえて本当に嬉しいです。ただ、事後承諾でもう一つ報告せねばならんことがありまして」
「いいよ、もう驚かないから何でも言ってみな」
「ユリアはそれがしの子をすでに身ごもっております」
言われた瞬間に俺は我が耳を疑った。幾ら恋仲になったといっても先日の戦いからはまだ数日しか経っていないはずである。そういうことを行ったとしても着床するまでには時間が掛かるのではないかと思うのだが。
その疑問を問うとブタノ助は恥ずかしそうにしながら教えてくれた。なんでもオークは人間に比べて赤ん坊の成長が早く、避妊せずに性行為を行えば孕むのはすぐ分かるらしい。
お、恐るべし、オーク。
「い、一応聞いとくが無理やりではないんだよな」
「それは断じてありません!天地神明に誓って!」
目の前のブタノ助が急に遠い存在に思えてきた。こっちなんかシェーラやワンコさんと仲良くしているのにまだ付き合ったことさえないというのに。何だかむかついてきた俺はブタノ助に稽古をつけてやった。八つ当たりというわけではないが、熱が入り過ぎてブタノ助の足腰が立たなくなるまで稽古を行ったのは言うまでもない。
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ブタノ助を医務室に連れて行った後に俺はシュタリオン王を迎えに行った。彼は俺がシュタリオン城を取り戻したことを伝えると目を丸くしていた。信じられないのも無理はないだろう。あれだけいた帝国兵をどうしたのか聞かれたので、一人残らず海に放り込んだことを伝えると爆笑された。普段、大人しそうな人の意外な一面を見れたようで俺も思わず笑い返してしまった。
「何という快男児だ、晴彦よ。冗談抜きで我が跡取りにならないか」
「いや、アルフレッドがいるからそれは駄目です。貴方やアルフレッドが国を治めるのが相応しい。俺はそのお手伝いをする方が性に合ってますよ。さあ、行きましょう。シェーラも城で待ってますよ」
俺はそう言ってシュタリオン王の手を差し伸べた。シュタリオン王は力強く俺の手を握り返して微笑んだ。思ったより力強い。とても幽閉されていたとは思えない腕だ。
「君には本当に感謝している。そうそう、この贈り物も君だそうだね」
固い握手を終えた後に王は胸にぶら下げていたペンダントを取り出した。それはいつかシェーラに与えた桜の花びらを結晶化させたものであった。魔力を込めて念じれば桜が咲いている風景が映し出される仕様になっている。いつか彼女の父のためにと特別に作ったものだ。
「前に娘が来た時に見せてくれたものだ。一番大事な人から貰ったのだと喜んでいたよ。君の故郷の景色だそうだな。娘が一番好きな景色だそうだ」
「そ、そうですか」
好きな女の子の親御さんからそんなことを言われて恥ずかしさに顔から火が出そうになったのは言うまでもない。
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シュタリオン城奪還から一日後。シュタリオン王と第一王子アルフレッド、そしてシェーラ王女が帰還した記念式典を行うことにした。シュタリオン城の城下町に残っていた人は限られたが、それでも多くの人は王の帰還を喜んでくれた。帝国は重税を課してシュタリオン国民を苦しめていたというから当然だろう。城に皆を集めて行おうかとも思ったが、王のたっての願いによって城下町で皆を集めて行うことになった。
命と引き換えに泣く泣くフッテントルクの配下になった家臣も多くいて協力してくれたことで式典自体は滞りなく行われた。
だが、その終盤に差し掛かったところで何者かが王に石を投げつけた。
「今更戻ってきて何が王様だ!あんたが戻ってきてもあんたを守るために命を懸けた父ちゃんや母ちゃんはもう戻ってこないんだ!」
石を投げつけたのは一人の幼い少年だった。赤い髪とそばかすが特徴的な少年は衛兵によって捕らえられるとそれでも激しく抵抗した。一体何者かと思っていると傍らにいたシェーラが耳打ちしてきた。
「…衛兵長の息子のジャンくんです」
どうやら父親を帝国によって殺されたようだった。羽交い絞めにされながらもジャンは塞がれていない口で精一杯の声を張り上げながら叫んだ。
「俺だけじゃない!皆、帝国に大事な家族を殺されてるんだ!俺達を納得させたいなら死んだ人間を!返してくれよ!うう…」
最後には嗚咽が入り混じった声でジャンは叫んだ。王族たちの関係者の席に座っていた俺はその場から立ち上がった後にジャンの方に歩いていった。
「…王に石を投げてただで済むと思っているのか」
「殺されたってかまうものか!どうせ悲しむ家族なんていないんだ!」
「覚悟はできているようだな」
そう言った後に俺は【クロックアップ】を使用して行動を起こした。再び時間が動き出した時にはジャンの前には驚いた顔をしている二人の中年男女の姿があった。それを見たジャンが驚きの声をあげている。
「父ちゃん、母ちゃん…どうして…」
「お前が失ったのはこの二人で間違いはないか」
「そうだけど、幻を見せているんじゃないのか」
「幻と思うなら触れてみればいい」
衛兵に目配せした俺はジャンの拘束を解いてもらった。ジャンがおっかなびっくりのおぼつかない足取りで両親の前に立つと、感極まった彼の母親が彼を抱きしめて涙を流し始めた。
「他にも家族を失ったものは申し出よ!勇者晴彦の名において貴様らの家族を蘇らせてやる!」
実際には過去に【時間跳躍】を行って殺される寸前でダミーとすり替えただけなのだが、効果は抜群だったようである。ジャンの方を見てみると涙なのか鼻水なのかすでに分からないくらいに号泣していた。後で王に石を投げつけたことは折檻してやらんといかんが、今は感動の再会にむせび泣くがいい。
ジャンの姿を見た後に場が不自然なくらいに静まり返っているのに気付いた。どうしたというのだろう。
「神の所業だ…」
「あの人は神だ、私たちは神に守護されている!」
「万歳!藤堂晴彦様万歳!」
その熱狂は直ぐに全ての人々に伝播して津波のように巻き起こった。戸惑った俺の前で王が戻ってきた時以上の大歓声が町中を包み込んだ。




