第十七話-11
シュタリオン国周辺に巨大な城壁が出現したという噂はあっという間に周辺各国に知れ渡った。加えてシュタリオン国に駐屯していた帝国兵が何者かによって全て海に放り込まれた報告を聞いて絶句したのは帝国宰相のケスラである。幸いにして近くを通りがかった船団に助けられたという事だったが、まるで船団が来るのを分かっていたようなタイミングだったという事だ。あの国に一体何が起きているというのだ。そんな彼に追い討ちをかけるように別の配下の兵が駆け付けた。この忙しい時に何だというのだ、苛立ちもあらわにケスラは怒鳴った。
「騒がしいぞ、いったい何事だ」
「申し上げます!空に何者かの巨大な姿が映っております」
「なんだと!」
ケスラは慌てて窓を開けて外を見た。そこには空を覆うような巨大な黒髪の青年の立体画像が映りこんでいた。言うまでもなく、藤堂晴彦である。
『あー、あー、マイクテスト、マイクテスト。聞こえているかな。ディーファスの諸君、我が名は藤堂晴彦!異世界から召喚された勇者にして全ての弱者の救済を行う者だ。この放送は俺の魔力を使って全世界に呼びかけを行っている』
ケスラは瞠目した。一体あの男は何者だ。単なる人間が世界中に呼びかけを行うほどの魔力を所有しているというのか。あれではまるで魔王ではないか。
『この放送はバルバトス帝国の人間も見ているはずだ。俺はこれまでに帝国が行ってきた非道を目の当たりにしてきた。この映像を見てほしい。これこそが帝国がこれまで亜人と自国に逆らってきたものに対して行ってきた真実の記録だ』
晴彦がそう言うと共に空のあちこちでいくつかのスクリーンに映りこんだ記録映像が流れ始めた。そこには帝国兵達が命乞いをする人間や亜人たちを次々と虐殺していく様が映されていた。中には亜人をたわむれに殺したり、串刺しにするといった惨いものまで映されていた。映像を見ていた人間の中には余りに惨い光景に目を背けるものもいた。無論、これらはこれまでに帝国が行ってきた非道の数々をインフィニティの鑑定スキルによって映像として再現したものである。
『何が人間第一主義だ。亜人たちの屍の上に成り立つ施策など同じ大地を生きる生命体として恥じるべきものだろう。帝国は自らの利益となるために数々の情報操作を行ってきた。その最たるものは森の賢者である魔導士ラードナー殿を魔王と定めて糾弾し、複数の国家によって侵略を行おうとしたことだ』
晴彦はそう言って別の画像を流し始めた。そこには自らの身を顧みずに亜人の保護を行うラードナーの姿が映し出されていた。
『信じられないという人間はこの画像を見てほしい。これは魔神獣が現れる瞬間を映し出した瞬間を捉えたものだ』
そこには帝国兵によって捕えられた人間が何かの術式を使われて自我を失い、魔神獣へと変貌して人間や亜人を襲う姿が映し出されていた。
「どういうことだよ、魔神獣は魔王が送り込んでいたんじゃなかったのか」
「私たち、帝国に騙されていたの」
「嘘だよな、嘘だと言ってくれ」
「俺、今の人の姿を見たことがある。行方不明になった勇者グレイじゃないか」
人々の中には突き付けられた映像が衝撃的過ぎて泣き崩れるものもいた。それほどまでに晴彦が突き付けた映像は彼らがこれまでに帝国によって植え付けられた情報を根底から揺るがすほど恐ろしいものだったからだ。
『俺はこの場で帝国を糾弾し、宣戦布告を行う!我に賛同し、帝国との戦いに参加しようという全ての亜人よ、人間達よ、シュタリオン国と魔王領に集え!俺たちは賛同してくれる全てのものを受け入れよう。なお、帝国の武力を恐れるものも多いと思われる。だが、安心してほしい。我が国は帝国のものより強大な武力を保有している。これよりその一端をお見せしよう』
晴彦はそう言って空に映像を映し出した。それはどこかの山岳地帯のようだった。
『ここは帝国にほど近い山岳地帯だ。前もって人間や亜人は誰もいないことを確認済みの場所だ。これよりこの山岳地帯を消し飛ばして見せよう』
晴彦がそう言った後に山岳地帯に向けて巨大な状態に変化したグングニルが放たれた。着弾の後の大爆発によって山岳地帯は跡形もなく消し飛んでいた。後に残ったのは巨大なクレーターのみである。それを見た人間、特に魔導士たちは戦慄した。どれほどの戦略魔法を使えばあれほどの破壊力を生み出せるか想像もつかなかったからだ。
『我が名は異世界の勇者、藤堂晴彦!亜人の守護者にして帝国の非道を憎むものなり!』
晴彦がそう言った後に大空一杯に映し出された立体画像は煙のように消えていった。ケスラのこめかみの血管は今にも切れんばかりに浮き出ていた。彼はようやく今の人物が何者かを思い出していた。それはかつて彼が切り捨てようとしていた異世界人。
「あの豚が、舞い戻ってきていたというのか。いいだろう、今度こそ殺してやる」
ケスラは怒りのままに部屋にあった陶器の壺を投げつけた。粉々になった壺を見下ろしながら必ず藤堂晴彦を殺すことを誓ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
晴彦の映し出した映像を見ていたのは人間達だけではなかった。人間界から少し離れた神界から下界の映像を見ていたディーファスの管理神も驚愕していた。あの人間め、我が呪いを克服しただけでなく短期間にあれだけの力を身につけたというのか。
貴様はやってはいけないことをした。神の怒りに触れたのだ。管理神はそう言った後に下界に直接赴くべく立ち上がろうとした。その瞬間、何者かが神界に入り込んだのが分かった。一体誰だ。そう思って気配を感知しようとした瞬間に後ろから声をかけられた。
「やあねえ、子供の喧嘩に親が出ようとするなんてナンセンスを通り越して苦笑いしか出てこないっつうの」
「貴様、地球の管理神か」
「こんにちは、ディーファスの管理神さん」
現れたのは地球の管理神であるアイリスであった。自分と同格の神がいきなり現れたことにディーファス管理神は焦りをあらわにした。そんな彼にアイリスは微笑んだ。
「何を怯えてるんだか。余程、後ろめたい事をしているようね」
「ここは貴様の管轄外のはずだぞ。一体何を考えている」
「別に、あたしは遊びに来ただけだっての。あんたが下界にちょっかいを出さないように見張りに来たのもあるけどね」
アイリスはそういうと勝手知ったる様子でディーファス神の座っていた真向かいに椅子を具現化させた。
「心配しなくてもあたしは人間同士の戦いには介入しない。だからあんたも何もするな」
アイリスの眼はどこまでも冷たく、ディーファスの管理神の瞳の奥を見据えるものであった。自分と同格の神格が相手だ。下手にやり合えば千日間戦争に突入するのは目に見えている。それを自覚したからこそ、ディーファス神は動くことができなかった。そんな神を目の前にしてアイリスは微笑んだ。
「せっかく来たんだし、お茶菓子くらいは出るわよね」
どこまでも不遜にして傲慢な女だ。この女がいる限り、自らの行動を制限され続けるのだということをディーファス管理神は自覚して天を仰いだのだった。




