第十七話-9
逆さ吊りにされたリノは当初はもの凄く元気に騒いでいた。だが、魔力が空っぽになると共に叫ぶ元気もなくなったようである。美少女が衰弱していく様子を眺めるのは心が痛んだが、これも全ては彼女がスキルを取り戻すためである。念のために言っておくがパンツルックですので期待された方は申し訳ありません。流石にパンツを見ながら修行をさせてましたなんて後で何を言われるのか分からないからね。
暫くすると頭に血が行き過ぎて意識が朦朧とし出したようである。インフィニティに命じてリノの血流操作を行うことにした。実体化したインフィニティはリノの傍らに立つと彼女のこめかみに五本指を突き立てていった。うん、傍から見ると実に猟奇的な光景だ。ずぶずぶと沈み込んではいるものの、俺の身体に入ったり出たりする時と同じ要領なので痛みはないはずだが、視覚的には究極生物に侵食されているようにしか見えない。。
「いいか、限界の状態から自分をもう一段改進化させろ。壁を打ち破るんだ。ただ魔力を集中させるんじゃダメだ。自分の中に眠るスキルを呼び起こす感覚で魔力を呼び起こせ!」
「…簡単に…言うんじゃないわよ…このサディスト…」
俺に言われてもリノは魔力が集中できないようだった。というより、集中させる感覚が分からないようである。疑念を抱いた俺はリノに尋ねることにした。
「お前、魔力集中もせずに今までどうやって爆炎魔法を使っていたんだ」
「…感覚に決まってんでしょ…」
「ならば、いい機会だな。精密な魔力コントロールを覚えろ」
どうやら天才肌だったようである。何となくでも魔法を使えていたのだろうが、それでは不安定な魔法の使い方しかできない。まあ、この修行をすれば嫌でも魔力コントロールができるようになるさ。そう思った俺はインフィニティに彼女を殺さないように最低限度の介入を命じると【時間跳躍】を使って三日後に飛んだ。
試しに使用して確認できたのは【時間跳躍】は過去だけでなく、未来にも行けることである。
吊るされて三日目になったリノは三日前よりやつれていた。唇もカサカサで目の焦点も合っていない。恐らく今の自分が見ている光景が現実のものであるかどうかも分からないはずだ。俺の姿を見つけると彼女は息も絶え絶えになりながら声をかけてきた。
「…私が悪かったです…ごめんなさい…もう許して…」
「うーん、そういうの求めてないから」
「無理~、無理だから。さっきも行ったこともないお花畑が見えたんだから。あそこはきっと天国よ~」
「川の方には行かないように気をつけろよ。万が一行ったとしても川の側にいるカロンという変な爺さんには金を渡さないようにな」
「…どんだけ修羅場見てんのよ…」
泣き言を言いながらも彼女の身体の周囲には微細な魔力の流れが循環していた。恐らくは無意識ながら魔力をコントロールできるようになっている。あともう少しだ。そう思った俺は再びリノを殺さないようにインフィニティに命じた後に更に三日後に転移した。
リノが修行をはじめて5日経過したことになる。木に吊るされた彼女は5日前とは別人のように穏やかな表情で目を瞑っていた。何かの悟りを開いたのだろうか。
俺が声をかけると彼女はゆっくりと目を開けた。
「…ああ、あんたか。凄いよ。目を閉じると体の中や周りに流れる魔力を感じられるようになったんだ。私だけじゃない。世界は魔力で溢れている」
「それが分かるようになったなら自分の奥深くにある力の存在も分かるだろう」
「うん、明滅する強い焔の力を感じる。分かる。これが私の力の根源…」
そう呟いた瞬間、彼女の身体の内側から火が燃え盛った。だが、焔は彼女の身体を焼くわけではない。炎は彼女の味方だ。彼女を縛るロープだけが燃えてなくなっていく。束縛から解放された彼女は自信を持った目で焔を纏いながら俺を見た。そんな彼女を鑑定したインフィニティが声をかける。
「スキル強奪の弱点を克服しました。克服報酬として【爆炎魔法】【精密魔力コントロール】【魔法無効の無効化】【炎剣作成】【炎同化】【魔力感知】【空間魔力制御】を獲得しました」
「ふむ、素晴らしい」
「これが…あたしの力…」
ひとしきり炎を解放した後にリノは元の姿に戻るとその場にへたり込んだ。疲労困憊しているようだったが、これ以上ないくらいに満足した表情だ。そんな彼女に俺は手を差し伸べた。
「よく頑張ったな」
「あんた、めちゃくちゃね。途中で何度も殺されるかと思ったわ。でも私に秘められていた力を解放してくれた。ありがとう…師匠」
「師匠?」
「駄目かな?」
「いや、構わないさ」
「えへへ…あとさ、もう何か食べさせてもらってもいいかな。お腹が減って死にそう」
「すぐに準備しよう」
そう言って俺は彼女が握り返した手を掴むと同時に起き上がらせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
リノに食事を与えた後に充分休めるような豪華な寝室を用意してやると彼女は久方ぶりにぐっすりと眠りだしたようだった。
ゼロスペースカスタマイズのおかげでイメージするだけで様々な施設が作れるようになったのだから非常に便利だ。
彼女が就寝している間に俺はリノ専用の仮面を作成することにした。久しぶりに錬金するので感覚がよく分からなかったために魔力を込めすぎてしまった。
ワールドイーターさんのおかげで魔力消費なく道具が作れるのは素晴らしい。脳内でインフィニティの淡々としたアナウンスが聞こえた。
『神話級アーティファクト【虚無の仮面】。2000までの全ての物理攻撃、魔法攻撃を吸収して魔力に変換する。幻惑魔法や精神操作無効。変声機能と幻惑魔法の機能付きで本人の身元を偽装できる効果付き。仮面自身に自我があり、装備者を守るために行動する。少々やりすぎな玩具を作りましたね』
「色々盛り込みすぎたことは反省している」
そう言いながらも俺は次の装備に取り掛かり始めた。次に作ったのは空を飛べる魔法のマントと魔法の杖だ。魔法のマントは自在に空を飛べる上に銃弾や剣を跳ね返すし、杖はリノの使用する魔術を超広範囲の戦略魔法にまで拡散させる効果を持っている。二つとも自我があって所有者が危険に晒されると装備していなくても持ち主の元まで現れるようになっている。我ながら危険な道具を作ることができたと思う。
そんなことを考えながら、ふと俺は思った。必要筋力を魔力で補助すればあの神槍【グングニル】を装備できるのではないか。理論的には可能なはずだ。そう思った俺はいてもたってもいられなくなって準備をすることにした。
ゼロスペース内の広大な空間へと移動した俺はグングニルを召喚した。とはいっても敵地へ落とすイメージではなく、ゆっくりと飛来させるイメージだ。巨大な槍は俺の目の前にゆっくりと現れると大地へと沈み込んでいった。俺は精神集中しながら槍に触れた。瞬間、どこかの空間に転移していた。目の前は真っ暗でかすかな光の先には一人の白い髭を蓄えた老人が椅子にかけていた。
『若き雷神よ。槍の力を望むか』
「あんたは…まさかオーディンなのか」
『好きに呼ぶがいい。ワシ自身はこの槍に宿る残留思念よ。若き雷神よ。おぬしはこの槍を使って世に何をもたらす。破壊か混沌か。この槍があれば神にも悪魔にもなれよう』
「この世を全て破壊することはしないさ。俺と仲間が安心して暮らせる世界を作りたいだけさ」
『なるほど。安寧を望むか。だが、心せよ。破壊に心を呑まれればおぬしが守りたいものも全て破壊するのがこの槍じゃ』
「…心得ておくよ」
俺がそう返答すると老人は満足そうに微笑んだ後に消えていった。
気づけば俺の手には普通の槍サイズになったグングニルが収まっていた。見た目は普通の槍だ。だが、秘められた力は凄まじいものを感じる。ひょっとしたら俺の意志で伸縮自在になるのではないだろうか。試しに『伸びろ』と命じると穂先が見えなくなるくらいまで伸びた。
『飛べ』と命じて投げると光のような速さで飛翔した後に着弾点に大爆発を起こした。これは気軽に投げつけてはいけない武器だ。あまりの破壊力に震撼しながらも俺はグングニルを使いこなそうと決意した。




