第十七話-3
体感日数で一月ほど経った頃、ゼロスペースの上には『80』と書かれた巨大な数字が表示されていた。無事に10㎏の減量に成功したわけである。数値的なものだけではなく、体感的にも体が前より軽くなったと思えるようになっていた。
簡単なランニングだけでなく、ジャンプしたり側転したりできるようになったのだから大した進歩だと思う。筋力的にもだいぶ上がっているのだろう。前より引き締まったような気がする。
確実にダイエットと修行の成果を感じているそんなある日、俺の脳内に何者かの声が響き渡った。
『ちょっと、いい加減に無視するのはやめてこっちに来なさい!』
どこかで聞いたことのあるような声だ。というか、これはインフィニティの声じゃないか。そう疑問を思ったのと同時に俺はゼロスペースから転移していた。
気づけば俺はどこかで見たことのあるような街の中にいた。繁華街の真ん中の交差点のようだった。ビルや近代的な街並みが立ち並んでいるのを見る限り、どうやら地球のどこかのようである。周囲を見渡すと人の姿はないようである。戸惑っていると向かい側から何者かが歩いてきた。その姿を見た俺は絶句した。
どう見てもインフィニティそっくりな女が歩いてきたからである。
「おい、お前そっくりな女が歩いてくるぞ」
『本当ですね。あれが噂のドッペルゲンガーというやつでしょうか。目の当たりにすると気味が悪いですね』
「ちょっとあんたたち、聞こえているわよ」
目を離した一瞬にしてインフィニティそっくりな女はこちらの間合いに入り込んでいた。眉をひくつかせているのを見ると怒っているのだろうか。全く気付けなかったというか、歩いた気配すらしていなかったので本当に驚かされた。ある程度、その正体を察することができた俺が冷や汗を流していると女は冷笑を浮かべた。
「その様子だと私の正体が分かったようね」
「ああ、何となく理解したよ。あんた、インフィニティの生き別れの姉妹だな」
「そうそう、生き別れの妹と涙の再会をするために…なんでやねん!」
「ノリのいい奴だな。あんたが地球の管理神なんだろ」
「分かってんじゃないの!ひょっとして馬鹿にしてんの!?」
どうやら神様の精神年齢は思ったより低いようである。前にインフィニティがAIである自分はがさつでポンコツである女神によって作られたと言っていたが、目の前の女がその製作者という事か。
「あんたがインフィニティを作ったのか」
「そうよ、勇者のサポートのために私が自分の人格をベースにして作った自慢の娘の一人よ」
「そうか、貴様がポンコツなせいで俺は今まで苦労したのか」
今までのインフィニティの狼藉の原因を目の前にして自然と怒りで拳が震えた。彼女はそんな俺の様子に気づかないようにして話を続けた。
「藤堂晴彦。今日はあんたに警告をしに来たわ」
「警告、だと?」
「わたしは天界から今までの事を全て見てきたわ。だから主神様からお小言を頂戴してからダメダメなあんたが努力して変わっていく様子をずっと見守ってきたわ。何をやらかしてもたいていのことは面白いから目を瞑ってきたけど、今回は口を出させてもらう」
「いきなりなんでだ」
「【雷神覚醒】が迂闊に使ってはいけない力だからよ。あれは明らかにあんたの力量を手に余るほど強大な力。面白半分で使うのではなく、どうしようもない相手とやり合う時にだけ使いなさい」
そうは言われても今も使えないからな。自分の掌を見つめている俺に対して女神は静かに言い放った。
「その様子だとまだ使いこなせていないようね。まあ、いいわ。そのうちに嫌でも使うことになるだろうから。それとあんたにふざけた呪いをかけた異世界の神については私もだいぶ思うところがある。いい加減な召還条件で送り出したために強制送還されたのは私にも少しは悪いところがあったかもしれない。でも自分の作りたい世界にテコ入れするために私の作り上げた子供たちを邪魔する姿は同じ神として怒りしか感じないわ」
女神はそう言うと掌から何かの光の塊を生成した。何なのだろうと思っていると光は俺の方へゆっくりと浮遊すると同時に胸の中に入り込んでいった。
「今のは一体なんだ」
「【女神の加護】を与えたわ。困った時はインフィニティ経由でそのスキルを使いなさい。私の手の届く範囲ならば助けてあげるから。使用条件は本当に困った時だけにしておいたからあまり頻繁に使わないようにしなさい」
「呪いを解くことはできないのか」
「それはできない。それを今するのはあんたの本意ではないだろうからね」
女神はそう言った後に微笑んだ後に振り返って元来た道を戻り始めた。その途中で再びこちらの方に振り向いた。
「ああ、そうそう、インフィニティ、久しぶりに娘の元気な姿を見れて安心したわ。あんたは私と一緒で筆不精なんだからたまには連絡しなさい」
女神はそう言って光と共に消えていった。
『…おかあ…さん』
普段は表に出さないような声でインフィニティは呟いていた。だが、それは触れるべきではないのではないかと思い、俺は敢えて黙っていた。
気づけば元のゼロスペースに立っていた俺は再び修行を再開した。
更新がいつもより遅くなり、申し訳ないです。