第十七話-1
世界神から自重が10倍になる呪いをかけられた俺は異世界ディーファスでの行動を凄まじく制限された。このままでは次の戦いに生き残れない。危機感を覚えた俺はいったん元の世界に戻った後に直ぐにダイエットを再開した。
これだけ怪しい能力や普通の人間を越えたステータスを身につけたなら簡単に痩せられるだろうと思う人もいるかもしれない。だが、世の中に旨い話というものはない。痩せるのは肉体操作スキルの補助やアイテムなどの助けのない現実に基づいたプランで行わないと効果が見られないというのだ。
インフィニティが言うには神様が決めた世界法則とやらがダイエットのみに関してはズルができないように作られているらしい。
俺の脂肪というやつは俺自身が勇者になるまでの不摂生な引きこもり生活の中で身につけた現実世界での『穢れ』に当たるものらしく、自分自身の力で解決しない限り『禊』にはならないというのだ。何だか納得できなかったが、確かに言われてみれば楽にダイエットをしようとすると何らかの反動が来ていたような気がする。
そうは言っても帝国軍にあの性悪な世界神がついている以上、いつ魔王領の皆に危機が訪れるかも分からない。それを思うとどうしても焦ってしまう。そんな俺にインフィニティが提案してきた。
『最終手段で簡単に体重を減らす方法もありますが』
「前もって言っておくが手足を切るのはなしの方向で頼む」
『やはり地道に痩せるのが一番ですね』
予想通りか、この野郎。ダルマになれとでもいうのか。最近、このポンコツのやることが読めるようになった辺り、俺も少しは成長しているという事だろう。決して染まってきたとは思いたくない。
色々考えた結果、ダイエット方法は地道にやるものの、時間短縮を考えると時間が止まった空間であるゼロスペースで長期のダイエットを行うのが一番だという結論に至った。
ステータス画面を呼び出してアイテムボックスの収納口を呼び出した俺は中に入り込んだ。
久しぶりに入り込んだ虚数空間は相変わらず一面が広大で真っ白な殺風景な景色だった。
見渡した後に歩き出そうとした俺は凄まじい違和感を覚えた。どうしたというのか、体が凄まじく重いぞ。この重さはディーファスでの自重を思わせるものだ。ふいを突かれて地面に転んだ俺は起き上がるのもやっとの自重を感じながら困惑した。
「どういうことだよ。ここはディーファスではないはずだろう」
『まさか世界神の呪いはディーファスに召喚されてから得られたマスターのスキルにも影響を与えるということでしょうか』
「冗談だろう」
せっかく時間短縮して短期間で痩せようと思ったのにこれでは意味がない。ここまでの重量ではまともに体を動かすこともできないではないか。
…待てよ。だったら逆にこの呪いを修行に利用できないか。十倍の自重ならば、この状態で修行を行ってまともに動くことができるようになれば凄まじいパワーを獲得できるという事だ。10倍の重力の惑星で修行するどこかのバトル漫画ではないが、閃きとしては悪くない。そう考えているとインフィニティは呆れた様子だった。
『まったく逞しいと申しますか。こういう事を平気で考えるからマスターに逆境を与えることは怖いんですよ。世界神が後悔する結末にならなければいいですが』
「売られた喧嘩はきっちり返す。それが藤堂晴彦のやり方だ」
そう宣言した俺はゆっくりと起き上がるとゼロスペースを歩き出した。ズシン、ズシンと動く石像が行進するような重厚な足音が上がる中で俺は汗を流しながら歩き続けた。思ったより辛い。筋肉が悲鳴を上げているのをパワーアップのためだと自らに言い聞かせて俺は歩き続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ゼロスペースでの修行をはじめて3日が経過した。時間が止まっているために地球での時間経過は出入りの時の30秒程度しか経過していないはずだ。
最初の一日目こそ自重に慣れることが精一杯だったが、2日目からはおぼつかない足取りでウォーキングを行えるようになった。それから歩き続けたことで少しは自重にも慣れてきた。30秒程度なら走ることもできるようになった俺にインフィニティが語り掛ける。
『マスターのために特別な表示を用意しました』
彼女がそう言った瞬間、ゼロスペースの上に巨大な数字が表示される。『89』と書かれた数字に見覚えのなかった俺は首を傾げた。
「なんだあれ?」
『あれはマスターの現体重です』
「ああ!なるほど、分かりやすい」
随分と新設設定だ。空を見上げればいつでも自分の体重を確認できるという事になる。しかしダイエットを再開した時の体重が90㎏だったことを考えると58kgになるまでは途方もない日数がかかることになる。日数計算をしたら頭が痛くなるやつだ、これは。
単にダイエットだけを行ってもつまらないと思った俺は並列してインフィニティにスキルの統合を命じた。よくある異世界召喚物でありがちなスキルの統合を行えば現在よりも強くなることができるのではないか、そう考えたからだ。何せ、神様が敵に回ったのだ。考えられることはやっておきたいのだ。
インフィニティは俺の無茶ぶりに絶句していたが、退こうとしない俺に最後には根負けしてスキルの統合を行いだした。というわけでゼロスペース内では俺がダイエットを行う中でインフィニティがスキルの統合を行うという不可思議な作業が行われていた。
『統合の第一案として【電撃吸収】【物理吸収】【鬼神化】【剛力】【金剛体】【高速飛行※】【硬気術】【神速】【オーバードライブ】【電撃魔法】【二回行動】【思考加速】【地形効果無視】【御神体モード】【超弾道】【脊髄反射】【スタミナ即回復】【フィールドの覇者】を統合します。よろしいですか』
「一応聞いとくけど、統合前のスキルは消えてしまうのか?」
『いえ、ノウハウは私が管理していますから希望があればいつでも使用可能です』
「分かった、やってくれ」
瞬間、俺の中で凄まじい力の奔流が起こり始めた。同時に魔力が凄まじい勢いで吸われていく。やばい、この魔力の吸収量は今までの中でも段違いにやばい。体の魔力を吸われつくすのではないかという眩暈の中で俺は倒れた。
『マスターの全魔力を吸収。必要魔力が足りないため、瞬眠を使用。意識覚醒。再度、魔力吸収を開始…必要魔力欠如。スリープモードからの強制覚醒。再度、魔力吸収を開始…』
意識が朦朧とする中で淡々とインフィニティがスキルの統合を行う。ぐにゃぐにゃする頭の中で俺は意識を失う寸前にインフィニティではない何者かの言葉を聞いた。
≪神威スキル【雷神覚醒】を習得。藤堂晴彦は神の能力に覚醒しました。神として覚醒したことで地球の世界神がコンタクトを求めています。応じますか?≫
なにこれ、明らかにやばい奴じゃないのか。そう思いながら俺は意識を失った。