第十六話-12
ハンナに助けを呼びに行ってもらった後に助け出された俺はその足でラードナーに謝りに行った。ラードナーは俺が通路に陥没しながらやってきたことに怪訝な顔をしたが、事情を聞くなり納得した様子だった。
「まさか、世界神が直接干渉するとはな」
「ラードナーは神様について何か知ってるのか」
「帝国が崇める国教が世界神を信仰しているという話を聞いたことがあるくらいだ。神が依り代である巫女を使って直接関与してきたという話は初めて聞く」
「おかげで体が別の生き物のように重くてしょうがないよ」
「ハルヒコよ、なぜ神がお前に呪いをかけたのか分かるか」
ラードナーの突然の問いに俺は首を傾げた。恨みを買うようなことをした覚えはまるでないぞ。すぐに答えが出せない俺にラードナーは静かに頷いた。
「自覚がないようだから教えておこう。察するに神はお前のことが恐ろしいのだ」
「俺のことが恐ろしい?」
「そうだ。恐らくは世界神はお前の事を監視し続けていたのだろう。そして徐々に恐ろしくなってきたのだ。簡単に世界のパワーバランスを崩しかねない∞スキルの所有者であるお前のことがな」
いきなり何を言い出すのだろう。俺はいたって善良な肥満人に過ぎない。少しだけ宇宙空間に行くことができたり、戦略兵器と同じ威力の巨大な槍を召喚できたり、現地住民にテコ入れして凄まじい戦士に育成したりするくらいで。あれ、待てよ。だいぶまずいよな。
逆の立場から考えてみればそんな人間が翻意を持って敵方につこうとしているというのは恐怖以外の何者でもないのかもしれない。
『加えて能力を封じようとしても次々に克服していく恐ろしい存在です』
半分以上はお前のせいなんだけどな。横から茶々を入れてきたインフィニティに引きつり笑いを浮かべながら俺はラードナーとの会話に戻ることにした。ラードナーは俺の様子を静かに眺めた後に尋ねた。
「これからどうするつもりだ」
「痩せるしかないと思っている」
「という事はいったん元の世界に戻るのか」
「いや、この世界でこの重量に慣れながら痩せるつもりだ。その方がトレーニングにもなるからな」
そう返答するとラードナーは珍しく渋い顔をした。一体どうしたのだろう。俺の不思議そうな顔に気づいたラードナーが言いにくそうに話しだした。
「ハルヒコ、できれば一旦元の世界に戻ってほしい」
「なんでだ」
「自分の城に深々と足跡を残される身にもなってくれ」
そう言われて俺は自分の足元を見た。石畳にめり込む形でくっきりと俺の足跡が刻み込まれている。はっきり指摘されるまで気づかなかったが、これは非情にまずい気がする。
「ハンナがどうやって修復しようかと涙目になっていたぞ」
「…さーせん。一旦戻ることにします」
「そうしてもらえると有難い。緊急の時にはまた呼ぶことになるが、今は痩せることに専念してくれ」
流石に雇用主にそう言われては従うより他はない。俺はラードナーに謝罪を述べた後に今一度石畳を踏みしめながら謁見の間を後にした。なるべく新しい足跡を残さないように踏み跡の下をなぞるように歩いていくのは思ったよりも困難であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ラードナーとの謁見を終えた俺が謁見の間の大扉から外に出ると扉はひとりでに重々しく閉まった。彼にとって思い入れのある城に足跡を残してしまって若干気まずい思いがするばかりである。さっさとシェイプアップしてこの迷惑な体重から解放されないといけない。
そんなことを思っていると廊下に仲間たちが集まっていた。恐らくは心配で駆け付けてくれたのだろう。シェーラやワンコさんが心配そうな顔で俺の顔を見ていたので心配いらないことを伝えてあげた。どうやら相手が魔王だったことで処罰されるのではないかと心配していたようだ。いたって気のいいおじさんなんだが、直接話したことがないので誤解があるようだ。
話をして今後の対応を決めたことにワンコさんは納得した様子だったが、シェーラは気のせいか暗い顔をしていた。どうしたのか首を傾げているとワンコさんに助け舟を出された。
どうやら彼女はこの城にいる父親と再会したいと思っているようなのである。
ワンコさんにそう言われて俺は青ざめた。そりゃそうだよ。生き別れになった父親が生きているなら会いたいと思うに決まっている。呪いの一件があってすっかり失念していた。
慌てて案内しようとしたものの急げば急ぐほどに足がめりこんでいくのが分かった。暫くして諦めた俺はブタノ助にハンナを連れてきてもらうように頼むことになるのだった。