第十六話-11
意識を取り戻した時、俺はどこかの城の床の上に寝かされていた。地味に背中が痛い。何かが床と俺の背中の間に挟まっている。何かと思って取り出すと元はベッドであったであろう木の残骸であった。俺の重量に押しつぶされたということだろうか。
イリスとか言ったか、あの女。なかなかに厄介な制約をかけてくれたものである。自分の身体を起き上がらせようとした時にそれを思い知る羽目になった。ものの見事に体が動かないのだ。体がマヒしているわけではなく、とんでもない重量の重りを体の中に植え付けられたような状態だ。意識を取り戻した俺に気づいたブタノ助が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「神様、申し訳ありません。魔王城のベッドに寝かそうとしたのですが、寝かせた瞬間にベッドが壊れてしまいまして…」
こんな時まで俺の心配をしてくれるとは優しい奴だ。
「謝らなくていい。ここまで連れてくるのも大変だっただろう」
「10人がかりでやっと運び出せました。神様の身体に一体何が起きているんですか」
「さてな、たちの悪い神様に目をつけられたということじゃないのか」
俺はそう言って悪態をついた後に鉛のように重い体を無理やり起き上がらせると重さ以外に体の異常がないかを確認した。怪我などはしていないようだ。そんな俺にインフィニティが声をかけてきた。
『マスター、大丈夫ですか。とつぜん消えた後に一体何が起きたのです』
「お前、俺の中にいたのだから一部始終を見ていたんじゃないのか」
『それが、マスターの転移が起きた後に意識がブラックアウトしまして。何者かにスキルの発動を妨害されていたようです。私の意識を封じるなど世界神レベルでないと出来ないはずなんですが』
「その世界神とやらにこの呪いをかけられたんだよ」
『何ですって!?』
俺の言葉にインフィニティが驚きの声をあげる。説明するのも面倒だと思った俺はインフィニティに先ほど起こった状況を説明した。彼女は俺が見せた脳内のイメージに絶句した様子だった。
『世界神ともあろうものが一つの勢力に執着するとは…』
「よく分からんが、この世界の神様ってのは俺のことが嫌いらしいな」
俺は溜息をつきながらも今までの事を振り返っていた。考えてみれば最初に召喚された瞬間から太ったことを理由に弾かれてしまう辺り,この世界の世界法則というやつは歪んでいるとしか思えない。神様の決めたルールとやらが歪なのではないだろうか。
まあ、されたことをとやかく言っても仕方がない。俺にできるのは今後をどうするかを決めることだ。こんな嫌がらせ程度で俺の行動を阻害できると思ったら大きな間違いだという事を神様に思い知らせてやる必要がある。
「インフィニティ、俺のステータスを表示してくれ。体重だけで構わない」
『分かりました』
インフィニティは俺の体重を表示した。そこには肥満体質(呪) 900(90)/58と表示されたステータスが現れた。なるほど、1トン近い重量になっているというわけか。
『とんでもない制限をかけられていますね』
「まあ、それはもう分っていることだ。もう一つ確認だ。この肥満体質(呪)は体重を減らせば克服できるよな?」
俺の言葉にインフィニティはしばし茫然とした後に納得した様子で返答してきた。
『なるほど、確かに克服すれば呪いは解けます』
「もう一つ確認だ。このマイナススキルを克服することによってスキル報酬を得ることは可能か」
『可能です。なるほど。これだけのマイナススキルならば凄まじいスキルを獲得できろ可能性が高いです』
思った通り。ピンチはチャンスという事だ。俺の行動を制限するために呪いをかけたのだろうが、それを逆手に取ってやればいいだけである。マイナススキルの克服。これは俺の一番の武器だ。その武器を使ってせいぜい神様とやらに抗ってやる。
「やる気に火が付いたぜ、神様よ。こんなもんは筋力でどうにかしてやるぜ!!【鬼神化】!!」
俺は自重を必死で支えて立ち上がると同時に【鬼神化】のスキルを解放した。同時に俺の筋肉が倍以上に膨張して膨れ上がる。だが、予想外だったのは【鬼神化】を行ったことで自重もそれに比例するかのように膨れ上がったことだった。見る間に石畳の床がめり込んでいく。どころか今にも底が抜けそうになっている。横で見ていたブタノ助も青ざめるばかりである。
「や、やばい!!」
『マスタ―、鬼神化によってマスターの自重が4トン近くに膨れ上がっています!一刻も早く鬼神化を…』
「分かっている、すぐに解除を…う、うわああああ!!!」
気づいた時にはもう手遅れだった。鬼神化を解除するよりも早く床が抜けて俺は下の階に落下していた。下の階は魔王城のメイドであるハンナが部屋の掃除を行っており、抜け落ちた天井から落ちていた俺に対して目を丸くしていた。下敷きにならなくてよかったと思いながらもハンナからの視線が痛くなって気まずくなった俺は目を逸らした。
「な、何をしているんですか」
「たはは…力んだら、床が抜けちゃった…」
「ラードナー様にはご自分で謝ってくださいね」
「はい、そうします。ところでお願いがあるんですが」
「なんでしょう」
「引っこ抜いてもらえませんかね。自分では抜け出せなくて」
「床が崩落するような自重の人を非力な私が引っこ抜けるわけがないでしょう」
「ごもっともです」
鬼神化を解除した後もすっかりと床にめり込んでしまって首だけを出す俺にハンナは唖然としながらも溜息をついた。