第十六話-9
次の日、俺は遥か上空から帝国軍の様子を眺めていた。くっころさんから得た情報通り、中央に駐屯している帝国軍の旗だったが、その両側面にいるのは傭兵国ディリウス、そしてメグナート森林王国の旗であることが確認できた。
兵士の数はざっくり判断して帝国軍が3000、ディリウスが2000、メグナートが4000程度だ。最初は圧倒的な兵力差かと思っていたが、乗り気でないディリウスの兵とメグナートの兵はこちらが仕掛けない限りは戦わずに済むだろうと判断した。
問題はどうやって帝国兵と他国の兵士たちを分断するかということである。帝国に脅されている以上、正面から説得しようとしても効果が薄いに違いない。
色々と考えてみたが、最終的には小細工を労するのはやめることにした。帝国軍のみに的を絞って正面から攻め込んで司令官を葬った後に即座に撤退するのが一番だ。偵察を終えた俺は空を飛んでシルフィード城まで戻った。
城の外では戦支度を終えたブタノ助やアルフレッド、そしてワンコさんと多くの騎馬兵達が出陣を待ち構えていた。集まった兵達の前に降り立った俺は皆の顔を見渡した。若干不安そうな表情をしているものもいたが、多くの兵は戦意に満ち溢れた表情をしていた。
「いいか、これより帝国兵達を迎え撃つ。彼我の戦力差は諸君も知っての通りである。だが、恐れることはない!我らには精霊の加護がついている!」
俺はそう言って天空を指さした。城の上空から現れたそれに一人の兵が驚きの声をあげた。
「あれはフェニックス!?」
「なんと…伝説の召喚獣が我らの味方についたというのか」
「さすがはハルヒコ殿、火の大精霊までも味方につけていたとは…」
言うまでもなく、フェニックスはシェーラが呼び出したものである。この戦いの役に立ちたいと申し出た彼女が精霊の力を借りて顕現したものである。
フェニックスを見た兵達の士気は異様なまでに高まっていた。人気あるんだな、フェニックス。ちょっと異常なくらいだなと思った俺は横にいたアルフレッドに耳打ちした。
「なんか異様に士気が高まってないか」
「当たり前だ。フェニックスはこの地方に代々伝わる勝利をもたらす大精霊と言われているからな。それが味方に付いたというならば否応なしに士気は高まるさ」
「そ、そういうものか」
深くは意図していなかったが、士気が高まったなら結果オーライだ。フェニックスと共に俺たちは進軍を開始した。とはいってもこの先には兵達の行く手を塞ぐ神の槍グングニルがそびえ立っている。俺たちはなるべく二列小隊で半円を描くように迂回しながらグングニルの外周を越えていった。
その先の平原の上空に見えてきたのは俺の用意した雨雲である。一見すると入ってきたものを容赦なく雷の矢によって穿つ魔法の雲なのだが、実はすでに普通の雨雲と入れ替え済みである。入ったとしても雷に打たれることはないのだ。兵達にはあらかじめそれを伝えてあるため、彼らは俺の先導に若干怯えながら雨雲の下を歩き出した。
最初は俺の言葉に半信半疑だった兵達も雷雲の中に入っても雷に打たれないことを確認して安堵した様子であった。俺は安堵した後に兵達に命じて進軍速度をあげた。
この雷雲を抜ければすぐに帝国軍と会敵するからだ。皆もそれを理解した様子で雨に打たれながらも懸命に俺たちの速度に合わせて食らいついてくれた。雷雲がなくなるくらいの距離まで進軍すると遠くの方から帝国兵達が駐屯している様子が見えてきた。
敵もどうやら俺たちの姿に気づいた様子である。まずは先制攻撃で切り込む必要がある。
そう思った俺はワンコさんに目配せした。彼女は俺の合図に無言で頷いた後に胸の前で両拳を合わせた後に叫んだ。
「剛魔合身!!」
瞬間、彼女は純白の全身鎧を身に纏った異形の騎士となった。彼女は両腰の刀を抜いて二刀流となった後に凄まじい速度で帝国兵達のいる本陣目がけて刀を振り下ろした。圧倒的な剣速によって生じた衝撃波が兵達を次々になぎ倒していく。大勢の人間が宙に舞う姿に兵達は唖然となった様子だった。まさに一騎当千、頼もしい姿を目の当たりにして兵達の士気は更に高まった。
「彼女に続け!!中央まで斬りこむぞ!」
俺の言葉に兵達は歓声を挙げてそれぞれの武器を構えた。激しい戦いが始まろうとしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
忌々しい雨雲のせいで足止めを喰らっていたパブロフ将軍は天幕の中で上半身裸の状態で机に脚を投げ出す様に座りながら酒をかっくらっていた。その傍らには床に四つん這いになった半裸の獣耳の少女が死んだ魚のような目で将軍の一物を愛撫させられていた。床には飲み終えた酒瓶が散乱し、酒と女のくぐもった臭いが辺りに充満していた。腐敗した軍人の典型のような男だった。将軍は赤ら顔で少女をつまらなそうに眺めた後に急に怒り出して少女の頬を思い切り殴りつけた。
「歯を立てるなといっただろうが!!」
将軍は怒り狂いながら少女の頬を何度も殴った。少女は泣きながら謝罪の言葉を口にしたが、将軍は彼女の髪の毛を掴んで引きずり回した後に床にたたきつけた。
「どれだけ痛かったか教えてやる」
「お願いします、殺さないで」
「雌犬が人間様に命令するとは何事だあ?」
将軍はそう言って腰の小剣を抜いて彼女の喉元に突き付けた。伝令の兵が飛び込んできたのは少女が今にも処刑されそうになっている瞬間であった。
「パブロフ将軍!!大変です!!シルフィード城の兵士たちが攻め込んできています!」
「馬鹿をいうな、あの雷雲をどうやって抜けてきたのだ」
伝令兵を押しのけるようにしながらパブロフ将軍は外に出た。そして絶句した。遠くの方で火柱や爆発が上がっている。それを行っている炎に包まれた怪鳥の姿を目の当たりにしながら将軍は呟いていた。
「馬鹿な…なぜここにフェニックスが…」
呆然としていた将軍だったが、すぐに我に帰ると兵達に命令を出し始めた。だが、突然の奇襲という事で戦闘準備などまるでしていなかった兵達は浮足立つばかりである。その姿を忌々しく思っていた将軍に何者かが迫ってきた。それは巨大な熊に跨るオークだった。
「性懲りもなく現れたか!!汚らわしい亜人めがっ!!」
将軍はそれを迎え撃つべく腰の剣を抜こうとした。だが、それより早くオークの振り下ろした金砕棒は将軍の脳天深くめり込んでいった。首から上が胴体よりめり込んだ状態で将軍は自分に何が起きたのか理解する前に絶命した。
「他愛ない」
オークは絶命した将軍を冷然と眺めた後にその場から立ち去っていった。