第十六話-7
進軍していた帝国軍は雷雲によって分断された。後方から増援の来ない部隊を片付けるのは容易だった。中には投降したものもいたが多くは歯向かってきたため、やむを得ず打ち倒した。範囲内にいる全ての帝国兵を屠った後に俺たちはいったん城へと戻った。
女騎士は城の地下にある拷問部屋へと運ばれた。人目を憚る尋問を行う必要があったからだ。
尋問は俺のほかにアルフレッドとブタノ助とお供モンスターのゴブえもん、そして何故かインフィニティも同席することになった。インフィニティが何故か張り切っているのでなんだか嫌な予感がする。意識を失っていた女騎士を部屋に運んで椅子に縛り付けた後に俺は彼女を起こすことにした。
ブタノ助に命じて木桶に入れた水を顔にぶっかけると女騎士は意識を取り戻した様子であった。
「ここは…」
「シルフィード城へようこそ。歓迎するよ、女騎士殿」
俺はなるべく感情を表に出さないようにして女騎士に語り掛けた。俺の顔を見るなり、女騎士は怪訝な顔をした。
「黒髪だと…貴様は叢雲王国の人間か」
「俺のことはどうでもいい。自分の心配をしたらどうだ」
前にシュタリオン王にも言われたが、どうも日本人と文化圏や民族が似ている国があるようだな。それも気になったが、今は情報を集めることが先決である。
「私をどうする気だ」
「それは君の態度次第だ。君のいる軍の情報を大人しく話してくれれば悪いようにはしない」
「私を舐めるなよ。誰が貴様らに屈するものか!」
「まだ自分の置かれた立場が分かっていないらしい」
俺はそう言ってブタノ助とゴブえもんに目配せした。異形である彼らが前に立ったことで女騎士は「ヒッ」と短い悲鳴をあげた。
「………」
「ゴブゴブゴブッ!ゴブゴブゴブブ?(邪神様、このメス、孕み袋にしていいゴブか?)」
下種すぎるゴブえもんの本音が奴に備えたスキルによって訳されると女騎士はいよいよ青ざめた。
「見ての通りだ、彼らは非情に性欲旺盛でね。君のような美しい女性を目の前にして彼らも興奮しているようだよ」
ゴブえもんはともかく、ブタノ助は俺の言葉に対して物凄く微妙な顔をしているようだった。それはそうだろう。同族の女ならともかく、人間になど興味はないに違いない。連れてきたのは間違いだったかな。若干反省したのだが、その分、ゴブえもんはいい演技をしてくれた。女騎士に顔を近づけると涎を垂れ流しながら舌なめずりをし始めたのだ。ゴブえもんの事を知っている俺ですら嫌悪感を誘発するものだった。だってあいつ、歯磨きや水浴びしないから歯が臭いんだぜ。例えていうならば腐った卵のような臭いをまき散らしている。間近であの生臭い息をされたら溜まったものではないだろう。
流石はゴブえもん、迫真の演技だ。いや、演技なのか、あれは。女騎士はゴブえもんのきつい口臭に耐えかねたのか顔を背けた後に叫んだ。
「くっ、殺せ!」
お、女騎士の定番の台詞が出たぞ。俺は心の中で女騎士の事をくっころさんと呼ぶことにした。くっころせが出たという事は如何わしいことをされても覚悟をしていると同義ということだろう。このまま、ゴブえもんをけしかけてもゴブえもんが気持ちいいだけで情報は得られない気がした。アルフレッドも心配そうに俺の方を見ている始末だ。下手なことをすればシェーラに告げ口されそうな気がするのが怖い。
仕方がない、次の手段だ。俺はブタノ助達を下がらせるとインフィニティに目配せした。彼女は待ってましたと言わんばかりに部屋の片隅に置いてあったシーツを被せた何者かに手をかけるとシーツを一気に剥した。中から出てきたものを見て俺は絶句した。インフィニティが取り出したのはどう見てもアイアンメイデンにしか見えない拷問具であったからだ。
アイアンメイデンとは別名「鉄の処女」とも言われる。中世ヨーロッパで刑罰や拷問に使用された拷問具だ。聖母マリアをかたどった全長2mほどの大きさの中が空っぽの人形である。この中に罪人は入れられるのだが、中に釘が打ち付けてあるために串刺しにされるのである。拷問具というよりは処刑道具といった方が正しいかもしれない。
幾らなんでもやり過ぎだ。青ざめた俺はインフィニティを止めることにした。
「おい、これはちょっとまずいだろう。人質を殺す気か」
「大丈夫ですよ、中を見てもらえば分かりますが、殺傷能力はありません」
インフィニティの言葉を信じられなかった俺はアイアンメイデンの内側を確認した。確かに棘らしきものはないが、くっころさん、を入れた瞬間に串刺しになる仕組みじゃないだろうな。不安になった俺はゴブえもんに命じて分身体を作成してもらった後に分身体に実験台になってもらった。分身体は何故自分が呼び出されたのか分かっていない様子だったが、インフィニティに命じられて渋々中に入っていった。
バタンと蓋が閉められて外側からロックされた後、中から起こったのは壮絶な笑い声だった。余程とんでもないことが起こっているのか、内側から分身体は暴れている様子だ。ゲラゲラ笑っているのだが、ちっとも嬉しそうではなく、それどころか非常に苦しそうだった。更に恐ろしいのは拷問が行われている間はどこからかのどかなカントリーミュージックが流れている点だった。
「中で何が起きているんだ」
「千手観音と同じ原理で内側から生えた大量の手が中にいる人間をくすぐり続けます」
「何という恐ろしい拷問具を作り上げるんだ」
唖然としながら様子を見ていた俺達だったが、内側から助けを求めるように叫ぶ分身体の声にハッとなって慌てて助け出した。ロックを解除して中から出てきたゴブえもんの分身体は息も絶え絶えになりながら目からは涙、口からは涎を垂れ流していた。
凄まじい効力だな。これなら殺傷能力はないが、効果は抜群だろう。そう思いながら俺はインフィニティと頷きあった後にくっころさんの方を見た。今の状況が今度は自分に起こることを理解したくっころさんはこれ以上ないくらいに青ざめていた。
「最後の警告だ。君のいる軍の事を洗いざらい話してもらおうか」
「くっ、卑劣な異教徒どもめ、誰が貴様らの思う通りになるものか」
「そうかね。だが、この中に入ってもらえば話したくなるかもしれない」
俺はそう言ってブタノ助に命じてくっころさんを中に入れさせた。くっころさんは必死で抵抗したが、ブタノ助の怪力には勝つことができずに中に放りこまれた後に蓋を閉められてロックをされた。暫くした後に場違いなのどかな音楽と共に起こったのは先ほどの冷静なくっころさんのものとは思えない甲高い笑い声だった。
「うわ、やめろ、何をする、キャハハハハハハハハハッ!!いやああああ!!やめて、やめて、キャハハハハハハハハハ!!!!息が、息ができない!!!!」
ブタノ助が目で俺に訴えかける。もうやめてあげた方がいいのではないか。だが、俺は心を鬼にして動かなかった。
くっころさんは2度目までは口を割らなかったが、三度目にしてついに口を割った。その頃には息も絶え絶え、髪もぼさぼさ、目元や口からは色んな体液を流して悶絶していたから若干やり過ぎたと反省した。
こうして我々は敵軍の情報を得ることができたのだった。