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異世界召喚されたが強制送還された俺は仕方なくやせることにした。  作者: しぐれあめ
第二部 二章 噂は現実となり、人は『豚』を知る
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第十六話-5

 アルフレッドといったん別れた俺は怪我人たちが収納されている簡易的な医務室に向かった。シェーラと他の治癒術士たちが行っている治療活動を手伝うためだ。部屋に入るとシェーラが俺の顔を見るなり安堵の笑みを浮かべた。


「遅くなった。すぐに手伝うよ」

「ハル、助かります」


 俺は腕まくりをした後でシェーラ達の治療を手伝った。眷属化したことでシェーラは俺の莫大な魔力を使用できるようになっていた。だが、魔力は使用できても魔法で治療を行う人間は大いに越したことはない。戦争の最中のせいなのか、部屋の中には治療が必要な怪我人ばかりだった。中には傷口が化膿していて簡単には傷口が塞がらない人間もいて、治療活動は困難を極めた。

 全ての怪我人たちを治療し終えた頃には朝になろうとしていた。流石に徹夜は辛いな。そう思った俺はシェーラに休むように伝えた。シェーラは疲れ切ってはいたが、やり遂げた表情で俺に微笑みかけてくれた。簡易的な宿舎に向かうために部屋から出た俺たちは廊下を歩き出した。


「ハルは凄いですね」

「え、何が」

「私だけではこれだけの数の怪我人を治療することはできませんでした。ハルが魔力を分け与えてくれただけでなく、治療を手伝ってくれたおかげです」

「俺は大したことをしてないよ、頑張ってくれたのはシェーラや治癒術士さんたちだ」


 実際、俺は今回の治療に関しては大したことはできていない。確かに俺の治療は一度にたくさんの対象に使うことはできるが、治癒魔法のスキルレベルが低いために怪我の程度によっては完治させるまで時間が掛かるのだ。その点、シェーラは回復魔法のレベルが俺よりも高いため、今回の治療活動に関しては獅子奮迅の活躍を見せてくれた。讃えられるのは間違いなく彼女だ。そのことを伝えると彼女は首を横に振った。


「ハルがいなければ私はここに来れていないです。傷つき、疲労していくアルフレッド兄様やシルフィード国の人たちを助けることもできずに泣くだけだったと思います。だからここに連れてきてくれたことに本当に感謝します。ありがとう」


 シェーラはそう言って俺の手を両手で握った後に目を潤ませながらじっと見つめてきた。何だろう、非常にいい雰囲気な気がする。顔の方に血液が昇っていくのが分かる。この子はひょっとして俺に気があるのだろうか。そう思いながらも俺は自分から手を出すことはできなかった。長年、女の子と接してこなかったためにこういう時にどういうリアクションを取っていいのか分からないのだ。そんな俺に対して彼女は微笑みかけた後に、ふいに俺の頬に口づけした。


「これはささやかなお礼です」


 シェーラはそう言って悪戯っぽく笑った後に立ち去っていった。頬に残る柔らかい感触の余韻を感じながら、俺は彼女の後姿を眺めるしかなかった。心臓がこれ以上ないくらい、バクバクいっていた。





              ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇             





 さっきの出来事ですっかり眠れなくなった俺は冷静になるために城壁の上に行くことにした。すでに夜は明けようとしていた。

 見張りの兵が俺の姿を見つけて挨拶をしてきたので「夜通しの見張り、ご苦労様です。」と労いの言葉をかけた。そして敵陣の方を見た。改めて見ても凄まじい数だ。あれが朝になったら全部こちらに押し寄せると考えるとゾッとしない話である。城と敵陣の間が平原なので何か障害物があれば敵の進行を防げるのだがな、そう思ってインフィニティに何かいい手はないか尋ねた。彼女はしばし思案した後にこう答えた。


『そういう事でしたらあれを呼び出すのはいかがでしょうか』

「あれってなんだよ」

『ゼロスペースの中に突き刺さったまま放置されている神の槍があるんですが、お忘れですか』


 言われて思い出した。そういえばグングニルがあったんだ。必要筋力が15000とか言われて使いこなせないと諦めていたんだっけ。確かにあれが平原の真ん中に突き刺さればさぞかし進軍の邪魔になるだろう。流石はインフィニティ。いいことを言う。

 いい考えだと思った俺は直ぐにグングニルを召喚した。とはいってもまともに召喚したら爆風で怪我人が出るどころの騒ぎではない。あくまで細心の注意を払ってブラックウインドウ越しにゼロスペースから持ち出した神の槍はゆっくりと大地に突き刺さっていった。横で見ていた見張りの兵は腰を抜かしていた。それはそうだろう。雲にまで届きそうな巨大な槍が平原のど真ん中に突き刺さったのだ。中央を分断された以上、城まで到達するには敵は兵を二手に分けるしかないだろう。

 いい嫌がらせになるなあ、そう思っているとインフィニティからツッコミが入った。


『何故横向きにしなかったんですか』

「え?」

『横向きに置いて進路を塞げば天然の要塞になった気がするんですが』


そういうことは早く言ってほしい。やらかしてしまった槍を今更動かし直すのは骨が折れるという理由から横向きにするのを断念したのは言うまでもない。




              ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇              





 突如として現れた巨大な槍に帝国兵たちは茫然となった。先ほどの幽霊騎士の群れといい、何か得体の知れない者がシルフィード城の味方に付いたと見て間違いがないだろう。

 帝国を率いる女騎士ユリアは全軍を率いるパブロフ将軍に様子を見るべきだと進言した。だが、パブロフ将軍はその進言を聞かなかった。なおもユリアは食らいつこうとしたが、そんなに言うなら貴様がその何者かをおびき出してこいと言い出す始末である。

 疲れ切った顔でユリアは将軍が駐屯する天幕から出た。天幕の外では彼女を心配する部下の騎士たちが待ち構えていた。やり取りを聞いていたのであろう、皆が今にも天幕の中に殴りこもうという剣幕だった。彼女はそれを冷静に諫めた。ここで自分たちが暴れたところでどうにもならない。

 彼女は平静を装ったまま、このまま兵達に進軍することを伝えた。





             ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇                 





 平原の中央に現れた巨大な槍によって道筋を塞がれた帝国軍はやむなく進軍する兵を二手に分けるしかなかった。平原の両端は山岳地帯になっており、槍と山岳地帯の合間の道から進軍していける幅は思った以上に狭かった。

先行する重装歩兵部隊は10人の編隊を組みながら慎重に進軍していった。

 進軍していった帝国兵たちが目にしたのは先回りをして道筋を塞ぐシルフィード側の兵達の姿であった。兵たちの先頭に立つのは不可思議な戦士だった。馬以上の大きさの巨大な熊にまたがるその戦士は人間にしては太目の体格をした、まるでオークのような顔つきをしていた。

 無論、ブタノ助である。ブタノ助は身の毛のよだつほど大きな雄たけびをあげながら、手に持った巨大な鉄の混棒を振りかざすと同時に迫った。重装歩兵たちは直ぐにそれに対応して体を覆うほど巨大な盾を前に構えて攻撃に備えた。

 彼らにとって予想外であったのはオークの膂力がその盾を吹き飛ばすほど凄まじい事だった。地面をえぐるほどの威力で薙ぎ払われた重装歩兵たちは宙を舞っていた。

 ブタノ助は血走った眼で叫びを上げながら自らの獲物である金砕棒を振り回した。ひとたび振れば10人はその場から宙に舞う。草刈りでもするかのような勢いでブタノ助は兵達をなぎ倒していった。





            ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇                         





 一方、反対側に進軍していた帝国兵達も同じく地獄を見ていた。待ち構えていたシルフィード側の騎士によって攻撃を受けていたからだ。彼らを襲うのは宙を舞う魔剣改め聖剣の群れだった。自らの意志を持ったかのように襲ってくる剣は的確に防具の隙間を縫って突き刺さり、兵達を傷つけていった。その怯んだ隙を騎兵たちが突撃してくるのだから堪らない。聖剣と騎兵の連携によって帝国側は大混乱に陥っていた。


「聖剣に続け!シルフィード騎士の誇りを帝国に見せつけてやるのだ!」


 そう言って騎兵を率いるアルフレッドは叫んだ。アルフレッドの声に呼応するかのように騎士たちは雄たけびをあげた。全軍の士気はこれ以上ないくらいに高まりつつあった。





            ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇                 





 アルフレッドとブタノ助がの戦いを俺は上空から眺めていた。戦況に変化があればそのたびに指示を送るためだ。

 今回、俺達が行っているのは狭い道を利用して兵の進軍量を調節した戦い方だ。何せ敵の数が多すぎる。まともに戦えば物量で押しつぶされるのは目に見えている。それを補うには頭を使うしかない。まずはこの手段で削れるだけの兵を削る。

 そう思いながら戦況を眺めていると後方の帝国兵の動きが変わってきた。どうやらブタノ助のいる方に向かって真っ白な鎧を身に纏った騎士の群れが向かっているようだ。何者かと思い、俺はインフィニティに命じて先頭の騎士を確認した。

 どうやらこの帝国軍を率いている将軍の副官らしい。随分と大物が出てきたな。そう思いながら俺はほくそ笑んだ。



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