第十六話-3
シルフィード城へと戻った俺は王に頼んで生き残った兵や国民たちを広間に集めさせた。集めてもらったのは見張り兵以外の全員であるが、騎士や平民を合わせておおよそ600人にも満たないだろう。そのうちの半分は女や子供、老人などの非戦闘員であるために戦力外だ。
『外に駐屯している兵はおよそ9000人いたかと思われます』
なるほど。こちらの兵数に対して敵さんは10倍以上の兵力を持っているという事か。対してこちらは兵が少ない上に疲れ切っている。満足な治療も行われていないのであろう。まずは彼らに十分な治療を行い、腹を満たす必要がある。俺は敵から奪った糧食の山を広間の中央に取り出した。いきなり現れた食料の山に住民たちは驚いている様子だった。
「これだけの数の食料をどこから…」
「帝国兵から奪ってきました」
「一体どうやって…」
「まあ、詳しいことはいいじゃないですか。今は皆の飢えを満たすことが先決です」
シルフィード王は困惑した様子だったが、飢えた民をそのままにしておくことの方がまずいと思ったのか、俺に礼を言った後で配下の兵と協力して食糧を配り始めた。
一緒に来たシェーラも糧食を配る手伝いをしてくれていた。彼女も王族だというのに全くそれを鼻にかける様子がないことに俺は内心で凄いなと思った。
皆は王の言葉に歓声を挙げて我先に食料をもらう列に殺到した。驚いたのは包帯まみれの騎士の方が列の先頭に殺到したことだ。さっきまで死にかけたような顔をしていたのに現金な連中だ。俺は苦笑いしながらその光景を見守った。
「馬鹿者!騎士の国シルフィード国民たるものが何たる有様だ!女子供と老人を優先させんか!」
横にいたアルフレッドに叱責されて我を失っていた騎士たちは恥ずかしそうに列の後ろの方に並び直していった。こいつ、太っているが、なかなかに統率力があるんだな。頼もしいじゃないか。皆に糧食が行き渡ったのを確認した後に俺は二人分の糧食を受け取った後にアルフレッドに声をかけた。
「まだ貰ってなかっただろ、アルフレッド」
「ハル、だったか。すまんな、恥ずかしいところを見せてしまって」
俺が差し出した糧食が載った木のトレイを差し出すとアルフレッドは申し訳なさそうに受け取った。太目の体格をしているんだから本当は自分が一番に受け取りたかっただろうに、他の人間の事を想いやるとはなかなかに見どころのある男である。二人してカチカチの硬いパンと干し肉を貪りながら雑談した。
「あの騎士たちはお前が率いているのか」
「ああ、あいつらは父の親友であるシルフィード国に騎士としての修行に来ていた時に部下だった者たちだ。私は故国に戻ったというのに相変わらず私の事を騎士団長と呼んで慕ってくれる」
「人望があるんだな」
俺がそう言うとアルフレッドは表情を暗くした。何かまずい事を言っただろうか。そう思っていると俺の表情に気づいた様子だった。
「ああ、すまんな。人望があると言っても今回の戦争は私のせいで起こったことだから素直に喜べなくてな」
「確か、さっきの話だとこの戦争の起こりはお前を引き渡す引き渡さないで起こったんだっけか」
「ああ、父を捕えられた私は仲間を連れてこの国に落ち延びた。だが、帝国は自らに反旗を翻したものを決して許さない。あの者達を私が巻き込んだようなものだ。本当は彼らの仲間はもっといたんだ。皆、この城を守るために死んでしまった」
アルフレッドが本当に暗い顔をしているので俺は奴の肩を思い切り叩いてやった。
「しけた顔してんなよ。まだ負けた訳じゃない。これから盛り返せばいいだろう」
「しかしな…」
「お前が暗い顔をしているとシェーラや親父さんが心配するぞ」
「父の事を知っているのか!?」
「とっくに牢から助け出して別の場所に匿っているよ」
「お前、何者なんだ」
「少し肥満体の勇者だよ」
俺はそう言って笑った後に立ち上がった。
「どこへ行くんだ」
「武器庫に行く。どのくらいの弓の備蓄があるのか見に行こうと思ってな」
「ならば私も行こう」
アルフレッドの言葉に俺は頷いて共に武器庫に向かうことにした。
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一方、帝国軍の陣営では不可思議な報告がもたらされていた。補給部隊によって運ばれた糧食が何者かの手によってそっくり奪われたというのだ。帝国軍を率いるパブロフ将軍とその副官である女騎士ユリアは幕僚用の天幕で配下の兵から報告を受けて仰天した。
「糧食の備蓄が奪われたというのか!いったいどの程度だ」
「それが…一週間分だそうです」
「それなしでわが軍の糧食はあとどのくらい持つのだ」
「おおよそ3日程度かと」
「ユリア。貴様は一体何をやっておったのだ!!」
怒り狂ったパブロフ将軍はそう言って副官であるユリアの頬を鞭で打った。ユリアは苦痛に顔をゆがめながらも将軍に頭を下げた。
「…申し訳ありません」
「ふん!糧食の見張りを強化しろ!本国の補給部隊に物資の増援要求も忘れるなよ!分かったら下がれ、目障りだ」
ユリアは唇を噛み締めながらも一礼した後に天幕から出ていった。残された将軍は机の上に置いてあったワインを瓶ごとラッパ飲みした後に床に叩きつけた。
「クソッ!何もかもが忌々しい!」
勝ち戦だと想っていた矢先に起こった予想外の事態にパブロフ将軍の怒りは止まらなかった。将軍は天幕の外にいる配下の兵に命じた。
「おい!捕虜の女を連れて来い!」
天幕の外にいる兵たちは「またか」といった表情で溜息をついたが、逆らえば自分の首が飛ぶと思い、捕虜が捕らえられている天幕へ向かっていった。暫くしてから連れられてきたのはぐったりした様子の少女であった。これから自分の身に起こることを理解しているのか、その眼には光がない。絶望しきった様子で少女は将軍のいる天幕の中に放り込まれた。暫くした後に少女の悲鳴が辺りに木霊した。