第十六話-2
眷属化の契約を結び終えたワンコさんとシェーラはそれぞれが体の一部に俺がラードナーとの契約時に刻まれた時と同じような紋章を身につけた。これでいつでも召喚できるようになったわけである。ステータス画面で確認すると確かに召喚魔法の項目に彼女たちの名が追加されていた。だが、疑問点が一つあった。体液を飲ませた覚えのない雛木アリスの名とブタノ助の名、そしてシュタリオン王の名まで刻まれていたからだ。どういう事だろうかとインフィニティに質問すると彼女はこう答えた。
「恐らくは欠損部位や瀕死の治療を行うために多量のエリクサーを使った時に契約がなされたのでしょう。あの薬はマスターの体内から生みだされたものですから」
そういう展開なのか。だとすれば俺は自分の意志に関わらずに味方を増やしていたという事になる。これで準備は出来上がった。そう確信した俺はラードナーに呼びかけた。
『ラードナー、聞こえるか、ラードナー、そちらに召喚してくれないか』
『準備ができたようだな、ハルヒコよ。すぐに呼び戻そう』
瞬間、俺の身体が透けていく。そんな俺にシェーラとワンコさんが心配そうな顔をしていた。俺は二人を安心させるために笑顔になった。
「ディーファスについたらすぐに呼びますから待っていてください」
俺の言葉に二人の美少女は静かに頷いた。
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日が暮れて夜となった。籠城中のシルフィード城の城壁では青ざめた顔のアルフレッドとシルフィード王が外を眺めていた。
矢の届かない距離に大量の帝国兵と従属国の兵たちが野営をしている。煮炊きしているたき火の火の数から見ても尋常な数でないことは明白だ。こちらは満足に食事もできないというのに。外部からの救援がないため、日に日に食糧の備蓄は減りつつあった。城内の重傷者の数も日が経つにつれて増えていた。薬もなく、治癒術士の魔力も尽きているために満足な治療も与えられない。そんな環境に兵達を置いてしまっていることが歯がゆかった。
「奴らはいつまでこの攻撃を続けるつもりなのか」
「恐らくは滅ぼすまで続けるつもりでしょう」
シルフィード王の問いにアルフレッドは答えた。自国であるシュタリオンも同様の目に遭った、彼の目は暗にそう告げているようであった。
「王よ、やはり私の身柄を帝国に渡してください」
「それはしないといっただろう」
「このままではこの国もシュタリオンと同様の運命を辿ります」
アルフレッドの言葉にシルフィード王は唇を噛んだ。恐らくは心の中で自国の民とアルフレッドの命を秤にかけて葛藤しているのだろう。この王は優しすぎる。だが、民まで犠牲にするわけにはいかない。手遅れになる前に投降しよう。私の命を差し出せばシルフィードは救われるはずだ。アルフレッドはそう内心で決意した。
騒ぎが起き出したのはそんな矢先だった。城内がざわついている。数人の兵の叫びが聞こえていることから何かが起きている様子だった。顔を見合わせたシルフィード王とアルフレッドは騒ぎが起きている城内へと戻っていった。
城内では数人の兵が槍を抜いて何かに警戒していた。
「何事だ、この騒ぎは!」
「アルフレッド様!魔物です、魔物が城内に入り込んできたのです!」
「なんだと!?」
こんな時に魔物が侵入してきたというのか。アルフレッドは剣を抜くなり、兵たちの前に出た。
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ラードナーに召喚された俺はブタノ助と紅カブト、ゴブえもんを伴って直ぐにシルフィード城に向かうことにした。幸いなことに城の中にゲートを繋いでもらったので移動する手間が省けた。城の人間に話しかけて、例のシェーラの兄とやらのところに連れて行ってもらおうとしたのだが、問題が生じた。
城の人間達が俺たちの姿を見るなり魔物の襲撃だと騒ぎ始めたのだ。よくよく俺は同行者たちを見渡した。ブタノ助はともかく、八本足の熊とゴブリンがいるのがまずかったのだろうか。騒がれている当の本人たちはキョトンとした顔をしている。いやいや、騒がれているのはお前らなんだから自覚しろよ。
そうこうしているうちに警備の兵たちに槍を突き付けられて壁際に追い込まれた。そんな矢先に一人の騎士がやってきた。金髪碧眼の目鼻立ちのくっきりした青年だった。だが、その体形が普通ではなかった。オークと間違えられるくらいに彼はでっぷりと太っていた。
非常に親近感が湧く体型をしている男だ。ひょっとしてこれがシェーラの兄だろうか。
「あんたがアルフレッドか」
「貴様は何者だ」
「怪しいものじゃないよ。シェーラ姫と行動を共にしているものだ」
「嘘を言っているのではないのか」
「すぐに証拠を見せるよ」
そう言った後に俺はシェーラをその場に召喚した。光の粒子が集まって魔法陣となった後に彼女はその場に顕現した。アルフレッドは突然に人間が現れたことにぎょっとなった様子だった。感動の対面かと思ったらアルフレッドは険しい表情をした。
「お兄様!よかった、無事でいてくださったんですね」
「…誰だ、お前は。妹はそんな痩せた体形はしていないぞ」
「私です、シェーラです。痩せたんですよ。そこにいるハルのおかげで」
アルフレッドは尚も怪しがっていたが、俺がアイテムボックスから取り出した呪いのペンダントを見せるとようやく納得してくれた。どうやらお揃いのペンダントをしている様子である。インフィニティにこっそりと鑑定してもらうと案の定、肥満の呪いがかかっていた。例の大臣の仕業だろうな。そんなことを思いながら俺は苦笑いした。
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アルフレッドに事情を説明して警戒を解いてもらった後で俺たちはシルフィード王に会うことができた。最初は警戒した様子だったが、自分の身の上が勇者であり、加勢に来たことを伝えると快く迎えてくれた。気難しそうな人なのでラードナーとのことを今は話さない方がいいだろう。
現状把握をしたかった俺は王にこれまでの経緯を聞くことにした。最初は書状でシュタリオン第一王子であるアルフレッドを引き渡す様に命じられたらしい。だが、人間味の溢れる王は帝国の要望を蹴った。ゆえに帝国は大軍を率いて攻め込んできたのだという。
シルフィード王は近隣国に救援を要請したが、近隣国は帝国に味方して現在に至るという事だ。籠城しだしてから、すでに数日が経っているため、食料の備蓄も、薬の数も圧倒的に足りないのだという。
まずは食料を頂戴するのが一番だろう。そう思った俺は城壁の上まで案内してもらった後に魔剣を召喚して、魔剣の固有能力で空へと浮かび上がった。シルフィード王達は俺が魔剣の使い手であることに驚いている様子であった。驚く一同に俺は笑いかけた後に夜空に向かって飛翔した。目指すのは野営を行っている帝国の陣営の上空である。夜の闇が味方しているために彼らは俺に気づいてはいない様子だった。俺は敵陣の広範囲を覆いつくすほどのブラックウインドウを呼び出すと野営を行っている帝国目がけて振り下ろした。
狙うのは帝国の食料の備蓄である。最も、現在煮炊きを行っている分を奪うと気づかれる恐れがある。そのためにあくまで非常食を狙った。
アイテムボックスの中に大量の食糧を放り込んだ後に俺はシルフィード城へと戻っていった。