第十五話-10
ブタノ助といったん別れた後に俺はシュタリオン国王に会うために城内を彷徨った。付き添ってくれたのはラードナーの身の回りの世話をしているハンナという名のメイドだ。褐色の肌に紅い瞳が印象的な美少女だった。額に一本角が生えているので恐らくは彼女も人間とは違う種族なのだろう。後を歩いていくたびにポニーテールのように後ろで束ねている髪がぴょこぴょこ揺れて和ませてくれる。
彼女に案内してもらいながら城を歩いて気づいたのは城のあちこちに怪我人や難民らしき亜人たちが収容されていることだった。帝国に住処を奪われたのだろうか。彼らの多くは疲れ切った表情でこちらを眺めていた。彼らのいる部屋を通り過ぎた後に小声でハンナに尋ねた。
「随分と亜人の数が多いんだな」
「やはりそう思いましたか。ほとんどは帝国との戦いで傷ついた兵士や住む家を失った亜人たちですよ」
「何人かはいるんだろうとは思ったが、こんなに多いとは思っていなかったぞ」
「うちのご主人様は困っている亜人を見捨てられないんですよ。助けても他に行き場がないものですから徐々に国庫を圧迫する原因になっています」
「近くに村を作って住んでもらうわけにはいかないのかな」
俺がそう言うとハンナは首を横に振った。なんでも魔族領は土地が痩せており、加えて寒冷地帯のために人が住むには不向きな場所らしい。その上、凶暴なモンスターがそこら中にいる弱肉強食の環境のために戦闘能力を持たないものは生き残れないそうだ。
「そんな辺鄙な場所になんで国を作ったんだ」
「作りたくて作ったわけではありませんよ。人間達によって徐々に追いやられていったのです」
彼女の言葉にこの世界の人間と魔族の間には深い確執があることを感じた。彼女からしてみれば俺も人間だ。ひょっとしたら複雑な感情を抱いているのではないだろうか。どう声をかけていいか躊躇っているとハンナに笑われた。
「貴方は変な勇者ですよね。人間陣営の戦士のはずなのにラードナー様に味方したり、亜人の心配をしたりして」
そう言われて気づいた。自分は敵味方を種族で選んでないのだなという事を。どちらかといえば接したものの人間性で選んでいる気がする。ハンナに言わせればそういう考え方をする人間というのは稀らしい。そこまで変かな、そう思いながら話をしているとシュタリオン王のいる部屋の前にたどり着いた。
「ここがシュタリオン王のベッドがある個室です。一時は衰弱していましたが、かなり回復したと思います。病み上がりですから、あまり無理をさせないようにしてくださいね」
「分かった、気をつけるよ」
「では私はラードナー様の元に戻りますね」
去り際にここまで連れてきてくれたことに礼を言うとハンナはスカートのすそを持ち上げて優雅に一礼した。そして静かに立ち去っていった。残された俺は若干緊張しながらも部屋のドアをノックした。
「…どうぞ、開いておるよ」
「失礼します」
ドアを開けて中に入るとベッドに横になっているシュタリオン王の姿があった。幽閉された時より若干は血色がよくなっているようだ。王はゆっくりと身を起こした後に俺の方を向いた。目を瞑っているのによく方向が分かるな。
「君は城の人間では無いようだね。どこかで会ったことがあるようだが」
「目を瞑っているのに分かるんですか」
「私の魔力感知は特殊でね。こうして目を潰されていても魔力で相手の動向を推し量ることができるんだ」
俺は王と話がしやすいようにベッドの近くにあった椅子に座った。王は断りを入れた後に手探りで俺の頬や鼻先に両手で触れた後に微笑んだ。
「いい面構えをしているな」
そんな風に顔の事を褒められるとは思っていなかったので恥ずかしくなった。照れ隠しに俺は自己紹介を行うことにした。
「改めまして、藤堂晴彦と申します。シェーラ姫と行動を共にしている地球人です」
「トードー?叢雲王国の人間の名前の付け方に近いな。君は…何者なのかね」
叢雲王国?日本と似たような国がこの世界にもあるのだろうか。詳しく聞きたい気もしたが、まずは質問に答えることにした。
「元々はディーファスに召喚されてシェーラ姫に助けられた者です」
「何と!あの時の青年か」
驚く王に俺はこれまでに自分とシェーラに起こった出来事を簡単に説明しようとした。その途中で鑑定スキルに止められた。
『マスター、直接説明するより記録映像を脳内に流し込んだ方が早いですよ』
そう言われたが、俺は丁重に辞退した。時間が掛かってでも自分の言葉で説明したかったからだ。それが大事な娘さんを預かっている人間としての誠意というものではないだろうか。それを伝えるとインフィニティも納得してくれた。
王の質問に答えながら自分たちの起こったことを語り終える頃にはすっかりと日も暮れていた。
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俺たちに付き合って話を聞いてくれた王だったが、話が終わるころにはかなり疲れた様子だった。病み上がりだから途中で切り上げようとも思ったのだが、娘を想う父親には勝てなかったわけだ。話が終わるころにはすっかり俺たちは打ち解けていた。
ベッドで休むように伝えると王は頷いて横になった。暫く様子を見ていると静かな寝息をたて始めた。その様子を見ながら俺は小声でインフィニティに尋ねた。
「インフィニティ、王様の眼を治すことはできるか」
『マイナススキルで【盲目】状態になっていますのでエリクサーの連続使用で弱点の克服をすれば可能かと。ただ、ブタノ助の治療に使用した分も考えると備蓄はなくなるものと予想されます』
仕方ないだろう。なくなるものはまた作ればいい。手持ちのエリクサーを使い切ってでも俺は王様の眼を治してやりたかった。命が助かったと言っても目が見えなくなったと知ったらシェーラが悲しむからな。俺はアイテムボックスから大樽に入ったエリクサーを取り出した後で魔力を練り上げて王の眼にエリクサーがゆっくりと染み込んでいくような管を作り上げた。後は眠っている間に治ってくれれば御の字だ。
そこまでの工程を行ってから俺は部屋を後にした。
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謁見の間に戻るとラードナーがワイングラスを手に持ちながら玉座に座っていた。その周囲には数えきれないほどの水晶球が浮かんでいた。その一つ一つに違う場所の景色が映し出されていた。ラードナーは思案顔で水晶球を眺めていたが、俺が戻ったことに気づくと話しかけてきた。
「戻ったようだな、ハルヒコよ。仲間たちは元気にしていたか」
「あんたに礼を言わないとな。あんたがシュタリオン王やブタノ助を助けてくれたから再会することができたよ。本当に感謝している」
「ワシはきっかけを作ったにすぎぬよ」
ラードナーはそう言うと再び水晶球を眺め始めた。
「この水晶球の群れは何なんだ」
「この国にある亜人たちの集落の景色と近隣国の亜人たちの様子を映し出しているものだ。異変があればすぐに分かるようになっている」
「いつもこんなことをしているのか」
「事情があってワシはこの城から動くことができぬ。ゆえに帝国の動きを常に気にしておこうと思ってのう」
魔法の監視カメラのようなものだろうか。漂う残存魔力を確認する限りでは結構な魔力が使用されているように感じる。恐らくは俺を派遣した時もこの水晶球を眺めていたという事だろう。本当に亜人の事を大切に思っていなければこれほどのことはできない。そう思った俺はあまり邪魔をしないように謁見の間を後にした。