第十五話-9
ラードナーの対応は見事なものだった。村人たちに身の安全を約束した後に可能な限りの要望を聞き入れた。その姿は魔王というよりは優れた統治者のようにしか思えなかった。最初は怯えきっていた村人達も最後には安堵の表情を浮かべていた。
万が一のことがないか彼の部下によって村人たちが案内されていった後の様子をインフィニティに監視させたが、牢に繋ぐなどといった様子は見受けられなかった。
いくつか湧いていた疑問点を解消すべく、俺はラードナーに話しかけることにした。
「てっきりあの村人を捕虜にでもするのかと思ったよ」
「そうすることに何のメリットがあるのだ。彼らは帝国に虐げられた被害者に過ぎない」
俺の言葉にラードナーは苦笑した。人を何だと思っているのだ。口に出してはいないのだが、何となくそう言われたような気がした。
「前々から思っていたのだが、あんたは少しも魔王らしくないんだな」
「ハルヒコよ。私は帝国から魔王と呼ばれているが、魔王をしているつもりはないぞ。亜人を保護しているだけだ」
「そうなのか、だいぶ俺の聞いた話と違うんだが」
「いい機会だ、お前がどのような話を聞かされているのか聞かせてくれ」
ラードナーに促されて俺はこれまでに聞いてきたことを伝えた。魔王が魔神獣と魔族の軍勢を率いて人間の国に侵攻を行っていること。それに抵抗するために帝国を中心とした連合が組まれて魔王に抵抗していること。魔王の軍勢が強力なために抵抗勢力として勇者が召喚されていること。そこまで聞いたラードナーは苦笑いした。
「かなり情報が捻じ曲げられているな」
「そうなのか」
「そうだ。まず誤解がないように言っておくが、魔神獣をけしかけているのは帝国だぞ」
「どういうことだ」
「魔神獣とは勇者のなれの果てだからだ」
そう言われて俺はクリスさんから聞いた話を思い出した。あの人も確か命の危機にさらされてデモンズスライム化したと言っていたな。だとすれば帝国が勇者を召喚している理由はなんだ。俺の疑問にラードナーは答えた。
「恐らくは新たな魔神獣を生み出して自国の軍備を強化するためだろう」
なるほど。えげつないことを考えるものだ。ふと嫌な考えが頭をよぎった。
「俺ももしかしたら魔神獣にされていたということか」
「可能性は高いだろうな」
「冗談じゃない」
それが本当なら俺は強制送還されて助かったことになる。そのまま帝国の言いなりになって勇者をやっていたら口も聞けない化け物になっていたかもしれないということだ。じっとりとした汗が額から垂れているのが分かった。ラードナーは口数が少なくなった俺を気遣うように少し休むように促してくれた。
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謁見の間から立ち去った後に俺はその足で怪我人たちの治療を行っている場所に案内してもらうことにした。ブタノ助とシュタリオン国王の様子を見に行きたかったからだ。特にブタノ助に会いたかった。成り行きで巻き込んでしまったことをずっと気に病んでいたからだ。ラードナーの配下のメイドらしき女の子に案内されてたどり着いた部屋にブタノ助は寝かされていた。どうやら意識はないようだ。全身を覆う包帯が痛々しい。彼の側にはゴブえもんの姿があった。人間が入ってきたことを警戒したのかゴブえもんは身構えた。牙を剥いて今にも襲い掛かろうとしている。
すぐにブタノ助の治療を行いたいのだが、これでは迂闊に手出しができない。仕方がないので眠りの魔法をかけてゴブえもんを寝かせた。ゴブリンは魔法に対する抵抗力がないのか簡単に術にかかってくれた。
床で寝ているゴブえもんを空いているベッドに寝かせた後に俺はブタノ助の前に立った。まずは傷を癒してやる必要がある。そう思った俺はアイテムボックスからエリクサーを取り出すとブタノ助の身体に使用した。傷口に染みたのか苦悶の呻きをあげたが、目を覚ます様子はない。
エリクサーを使用したことで目ぼしい外傷は消えたようだが、問題は切り落とされた左手だ。包帯で傷口は見えないが、肘辺りまで奇麗に切られている。沢山のエリクサーを使用しても暫くは時間がかかるだろう。そこで俺はインフィニティに命じて左手の周囲に魔力の膜を張った後に、そこに入るだけのエリクサーを注ぎ込んだ。基準となるのはワンコさんの手が再生するまでに使った量である。あとは植物の球根が水を吸うようにエリクサーを吸い込んで再生していくはずだ。
しばらくしたところでブタノ助が意識を取り戻した。
「…あなたは…一体…」
「この姿でははじめてお目にかかるかな」
「その声は…まさか神様ですか。やはりそれがしたちと同じオークの姿をしているのですね」
「いや、普通に人間なんだが」
太っていることをディスられたような気もしたが、俺は極力笑顔を絶やさないようにしながらブタノ助の治療を続けた。
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意識を取り戻したブタノ助に俺はまず巻き込んだことを謝罪した。だが、ブタノ助は人間ができていた。俺に対して怒るのではなく、悪いのは全て帝国だと答えてくれた。
「神様はそれがし達を最後まで見捨てませんでした。ゆえにそれがしは神様にこれからも忠誠を誓います」
ブタノ助の返答はありがたかったが、盲信的すぎる部分が気になった。だからこそ、しっかりと確認した。
「ありがたいけど本当にいいのか」
「言葉にはされていませんが、神様は帝国と戦うおつもりなんですよね」
「え?なんでわかるんだよ」
「分かりません、ただ、何となくそうなのだろうと思うだけです」
一緒の身体にいたことで俺の思考が分かるようにでもなったというのだろうか。何にせよブタノ助が味方に付いてくれるのは頼もしい。こうしてブタノ助は正式に俺の仲間になってくれたのだった。