第十五話-8
森の中に潜んでいた黒騎士の姿を視認した俺は無造作に目の前に降り立った。突然現れた俺の姿に黒騎士は少しだけ驚いた様子だったが、すぐに気を取り直して残虐そうな笑みを浮かべた。恐らくは獲物が増えた程度の認識しかしていないはずだ。まずは俺の顔を思い出させてやる必要がある。
「随分と好き勝手やってくれたようだが、これまでだ」
「貴様、何者だ」
「覚えてないのか、一度はお前をぶちのめしたはずだが」
俺の言葉に黒騎士は少しだけ首を傾げた後に瞠目した。あの時とは体格が違うが、どうやら面影で思い出したようだ。俺は相手の目を睨みつけながらもインフィニティに周囲の警戒を怠らないように命じた。油断がならない相手だ。いつ攻撃を仕掛けてくるとも限らない。
「貴様、あのオークから出てきた精神体か。実体がそれほど太っているとは思わなかったぞ」
「余計なお世話だ」
「亜人どもの同類の下等種め!」
黒騎士はそう叫んだ後に森のいたるところに潜ませていた魔剣を一斉に放ってきた。その全てが俺の周囲に張ってあるブラックウインドウに吸い込まれていく。宙を舞う魔剣の荒れ狂う中を俺は何事もなかったかのように悠然と歩いていく。黒騎士の側まで近づいていった後に俺は無表情を心掛けながら尋ねた。
「どうした。手品の種はもうおしまいか」
「なんなんだ、お前は!?何故俺の魔剣が効かない」
「自分の手品の種を敵に教える馬鹿がいると思うのか」
「くそったれが!」
魔剣による遠距離攻撃が効かないと悟ったのか黒騎士は掌に魔剣を出現させると同時に切り掛かってきた。剣の素人かと思えるほど甘すぎる踏み込みだった。俺は無造作にティルヴィングを横薙ぎに払って魔剣を弾いた。膂力の違いか、技量の違いからか、黒騎士の手から魔剣は弾かれて地面へと突き刺さった。絶句する黒騎士の喉元に俺は剣先を突きつけた。
「ば、馬鹿な…」
「お前の敗因は魔剣に頼り過ぎたことだ」
恐らくこの男は強すぎる魔剣に頼るばかりに自身の能力というものは鍛えてこなかったのだろう。あんな素人のような動きをするとは思わなかった。そもそも近接戦闘になること自体が少なかったのではないだろうか。黒騎士は尚も憎々しげにこちらを睨んだが、俺も容赦をするつもりは欠片もない。こいつはブタノ助の腕を切り落とした憎い相手だ。同じことをされても文句は言えないと思え。俺は内心でそう思った。
その次の瞬間だった。
『マスター、背後から攻撃が来ます』
インフィニティの言葉に俺はすぐに振り返った。見ると地面に刺さっていたはずの魔剣が俺目がけて襲い掛かってきていた。素早く俺はそれを避けた。だが、その後の魔剣の動きは予想外のものだった。
「ぎゃあっ!」
短い叫びが背後から上がった。驚いて声がした方を見ると黒騎士の首が魔剣によって切り落とされていた。
こいつ、自分の主を殺したというのか。
自分の主を殺したことで自由になった魔剣は空へと浮かび上がった。そのまま、凄まじい速度で飛び去っていく。このまま逃げる気か。
『マスター!あれは呪われた武具の類です!このまま逃せば次の宿主を見つけて再び凶行に移るでしょう』
「厄介だな、それは」
俺はそう思いながらも焦ることなく魔剣の進行方向に向けて【ブラックウインドウ】を放った。逃げ去ろうとしていた魔剣はそのまま、ブラックウインドウの中に吸い込まれていく。同時に俺のアイテム欄の中に【呪われた魔剣】というアイテムが加わった。呪われているものなら呪いを解けば使用できるのではないだろうか。
周囲に敵の姿がないことを確認した後で俺は黒騎士の死体を一瞥した。恐らくは所有する魔剣に殺されるとは思ってもいなかったのだろう。大地に転がる黒騎士の首は驚愕した様子のまま、目を見開いていた。あんなものに頼らなければこうはならなかったに違いない。
力に溺れた者の結末なのだ、自分も慢心すればいつかこうなる。自らに言い聞かせた後に俺はその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
襲撃された村にたどり着いた俺は生き残った村人から酷く警戒された。それはそうだろう。先ほどまで帝国兵に襲われていたのだから、俺も帝国の一員だと思われても仕方がない。複数の槍の刃先を突き付けられながらも、俺は敵ではないことを根気よく説明して怪我人の手当てをさせてくれと願い出た。
村人達は訝し気な表情をしながらも広間に集めた怪我人たちのところに連れて行ってくれた。思ったよりも怪我人の数が多い。一人一人の手当てをするのは時間が掛かると思った俺は【マルチターゲット】で全ての怪我人をロックオンした後にその全てに回復魔法を放った。
同時に多数の怪我人を治療していく姿に村人たちは驚いた様子だった。何をそんなに驚いているのか尋ねてみると範囲魔法でもないのにこれだけの人数に一度に回復魔法を使う魔法使いなど見たことがないらしい。少々やり過ぎたことを反省した。
重傷の人間もいたために若干の時間はかかったが、四肢の欠損している人間などはいなくてよかった。治療を終えた頃になると神様扱いされるようになってしまった。
戸惑っている俺の脳内に声が響いてきた。この声はラードナーのものだ。
『よくやってくれたな、ハルヒコよ』
「ラードナー、この村人達はどうするんだ」
『できれば保護してやりたい。我が領地に連れてきてもらえると助かるのだが』
「わかった。やってみる」
俺は村人たちを集めてこの場に留まることの危険性を解いた後にラードナーにゲートを開いてもらって村人たちを保護することにした。
自分たちが住んでいる土地を手放して魔王領に行くなんて難色を示すかとも思ったが、神様のいう事ならばと納得されてしまった。少しだけ複雑な心境になりながら、俺は彼らをラードナーの元へと連れ出した。