第十五話-7
次の日、朝食を終えた後にシェーラに事情を話すと物凄く怒られた。これほど怒られたのは水作成の魔法を使って倒れた時以来ではないだろうか。てっきり魔王の仲間になったことを怒られたのかと思ったが、彼女が一番怒ったのは軽々しく契約を結んだことに対してだった。
全く知らなかったのだが、魔法の契約というものは厳しいものであり、契約内容を破ると酷い場合は命を失うこともあるらしい。特に恐ろしいのが奴隷紋と呼ばれる紋章であり、それを刻まれると自分が死の危険に晒されるような命令であっても逆らうことができなくなるらしい。不幸中の幸いだったのはラードナーの刻んだ紋様が奴の言っていた通りの召喚獣の契約紋であったことだ。
心配もあってか、ヒートアップするお説教が終わるまで冷や汗が出続けた。これを毎日続けたら痩せるんじゃないかとも思ったが、毎日この説教に耐えるほど精神耐性は高くない。一通りお説教が終わるころには俺はぐったりしていた。
「…反省しているようですから、今日のところはここまでにしておきます。これからはこういう契約の際には必ず相談してください」
「はい…本当に申し訳ありませんでした」
そう返答したところで俺の身体がかすかに光り始めた。何かが起き始めている。まさかと思って胸元を見ると召喚獣の紋章が光り始めていた。
『ハルヒコよ、早速ですまないが、厄介なことが起きている。こちらに来てくれ』
頭の中に響いたのはラードナーの声だった。まさかこんなに早く召喚するつもりか。俺の異変にシェーラも気づいた様子だった。彼女は慌てて俺の手を握ろうとした。引き留めようとしてくれているのかもしれない。だが、それより早く俺の身体は消失していた。
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一瞬にして景色が切り替わった。目の前にあるのは住み慣れた俺の部屋ではなく、西洋風のどこかの城のようだった。RPGでいえば王様がいる謁見の間のよう場所に一人の老人が玉座に座っていた。
「あんたが…ラードナーか」
「直接会うのは初めてだな、ハルヒコよ」
「昨日の今日で呼び出されるとは思っていなかったよ」
「すまんな、どうしてもお前の力が必要でな」
ラードナーはそう言って右手を翳した。その掌から水晶玉が現れて俺の前に浮かんだ。そこから見える景色に俺は言葉を失った。どこかの村が帝国兵に襲われている。
「シュタリオン近郊で行われている帝国の亜人狩りだ。助けに行きたいが、ワシはここから動くことができない」
帝国の連中め、ふざけたことをしてくれる。襲撃の中にはあの時にブタノ助の手を切り裂いた魔剣士の姿があった。
「ラードナー、俺をこの場所に飛ばすことはできるか」
ラードナーは静かに頷くと短く詠唱を始めた。詠唱が終わると広間の中央に別の場所に繫がる空間の歪みが出来上がった。垣間見える景色から察するにあの向こう側が襲われている村の周辺なのだろう。ブタノ助のお礼参りだ。すぐに行ってぼこぼこにしてくれる。俺は躊躇くことなく空間の歪に飛び込んだ。
空間の歪みから森の中にたどり着いた俺はまず魔剣ティルヴィングを召喚した。普段使っている場所とは違う世界だが、問題なく召喚できたことにまずは安堵した。
まずは襲撃の概要を把握する必要がある。そう思った俺は風の魔法で上空に飛翔した。眼下に見えるのは燃やされている村の姿であり、村の中には多くの帝国兵が入り込んでいた。村人たちも応戦している様子だが、装備の差もあるせいか分が悪いのは目に見えて分かった。
「インフィニティ、マルチターゲットは使えるか」
『空間の把握はすでにできています。すぐに使用できますよ』
ブタノ助に宿っていた時と違って相棒である鑑定スキルが使用できることに安堵した。すぐに奴らを片付けよう。俺はそう決意するとスキル名を宣言した。
『「マルチターゲット!」』
瞬間、レーダーのような副画面に沢山の標的が映し出される。インフィニティの説明では赤い色の点が帝国兵を示しているらしい。俺は紅い点全てに攻撃を仕掛ける指令を出した後に体内の魔力を練って魔法を作成し始めた。
俺が作成したのは電撃魔法だ。低確率で相手の身体を麻痺することができるし、金属鎧によく通るはずだ。何よりその威力を普段から味わっているために威力をイメージしやすい。電撃魔法を練り上げていくうちに周囲に黒雲が集まり始めた。
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亜人族の集落の襲撃。帝国兵達に命じられていたのはそれだけだった。生死は問われていないことから帝国兵たちはこれまでに多くの亜人たちを殺していった。人間族と違ってモンスターに近い外見をしている亜人たちは帝国兵たちにとって迫害すべき存在だった。人間至上主義を掲げる彼らは地上を統べるのは人間であると考えている、だからこそ亜人に対して容赦をしない。
この村が狙われたのも大きな理由はなかった。村で暮らしている亜人を引き渡す様に命じた帝国に人間族である村長が逆らったからだ。逆らう者は皆殺し。ゆえに起きた惨劇。
村の中に入り込んだ帝国兵たちはその残虐性のままに次々と村人を殺していった。次の獲物を見つけた一人の帝国兵は、突如として上空が暗くなったことに違和感を覚えて空を見上げた。
そして見た。上空に何者かが存在することを。稲光の中に映し出される不気味な人影の姿を。
それは太目の体格をした一人の男だった。魔術師か。あんなところから何をする気だ。訝し気に男を見つめていた帝国兵に向かって太目の男は手を振り下ろした。瞬間、黒雲から数えきれないほどの雷の矢が降り注いだ。
それを見た次の瞬間には帝国兵は雷の矢に貫かれていた。あり得ないことだった。自分が装備している鎧は普通の魔法攻撃であれば弾いてしまう魔法防御を兼ね備えたものだというのに、それを易々と貫いたというのか。あんな魔法は見たことがない。何者なんだ、あの男は。そう思いながら帝国兵は一瞬にして昏倒した。
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マルチターゲットの威力の凄まじさに俺は茫然となっていた。一瞬にして帝国兵たちが無力化してしまった。マーキングだけ見れば20体ほどはいたはずなのだが。あっという間に戦闘が終わってしまった。
『マスター、後ろです』
インフィニティの言葉に俺は反射的に振り返った。そこには俺目がけて迫る多数の魔剣の姿があった。飛翔魔法を使って避けようと試みたが駄目だった。俺の位置に合わせて魔剣たちは追ってくる。追尾能力があるということだろう。
「だったらこれだ。【ブラックウインドウ】!!」
俺はアイテムを収納できるメニュー画面である【ブラックウインドウ】を開いて魔剣の群れに放った。ブラックウインドウに触れた魔剣たちは次々と吸い込まれていく。成功だ。
「インフィニティ、攻撃が来た敵の場所を洗い出せるか」
『任せてください』
すぐに、マルチターゲットに敵の位置が示しだされる。そこは村から少し離れた地点だった。恐らく敵は安全な場所から攻撃を仕掛けているに違いない。ならばこちらから出向いてやるのが一番だ。俺はターゲット目がけて飛翔を開始した。