第十五話 ラードナーの誘い
この話から第二部の異世界編に突入します。
シェーラのお父さんであるシュタリオン国王を牢から救い出してから数日が流れた。
魔王ラードナーに仲間達を保護されたものの一刻も早く異世界ディーファスに戻る必要があると感じた俺は今まで以上に目標体重へのダイエットに勤めることを決意した。亜人迫害を理由に森を焼き払うような帝国をいつまでものさばらせておく訳にはいかないからな。
単にダイエットを行うだけでなく、異世界にいつでも渡れるように様々な準備をしておく必要があると身をもって学んだ俺はインフィニティと共に新たな魔法の開発を行っていた。
それは広域範囲を可能とする魔法の武器の無効化能力の開発である。
前回戦ったあの帝国兵は宙を自在に飛び回る剣を使ってブタノ助や他のモンスターを傷つけていった。あの能力を封じることができていれば仲間たちは傷つかずに済んだのだ。悔いは残ったが、後ろ向きではいられない。
最初は魔法による防御壁を張ろうと考えていたのだが、皆にそんな魔法を使っていたら必要魔力がどれだけあっても持たないと却下された。コストパフォ―マンスが悪すぎるということなのだろう。
ならば魔法が使用できない空間を作るのはどうかとも提案したが、味方の魔法も使用できなくなるのは不利になるという事でやはり却下された。
何とも難しいものだ。行き詰まった俺は溜息をつきながらアイテムボックスから冷えた水の入ったペットボトルを取り出した。冷蔵庫まで行かなくて済むためにちょくちょく利用しているのだが、冷えたままというのがありがたい。がぶがぶと飲み干した後にキャップを閉めてアイテムボックスに戻した。その時にふと閃いた。
アイテムボックスを利用して敵の武器を奪い取ることができたら魔力もそんなに使わずに済むのではないか。インフィニティにそれを尋ねると彼女も驚いた様子だった。
『盲点でしたね。確かにアイテム収納のウインドウ画面を利用すれば敵の武器を奪い取ることも可能でしょう。流石はマスターです』
「おお、俺って天才か」
『そこで調子に乗らなければ文句なしなんですがね』
「う、うるさいなあ」
人間性というものを学習しているせいか最近ツッコミが辛辣になっているような気がする。誤魔化すかのように俺はインフィニティにスキルの開発を命じた。暫く時間を要するという事だったので空いた時間を有効活用することにした。ダイエットのためにウォーキングを行おうかと立ち上がるとジャージ姿のシェーラがやってきた。
「ハル、時間があれば今日も格闘訓練をお願いします」
「お、おう。やる気だね、シェーラ」
「皆の足手まといになるわけにはいきませんから」
シェーラの眼はやる気に溢れていた。
この格闘訓練は俺が言い出したことではない。シェーラ自身が言い出したことである。祖国と父親の窮状を聞いて居てもたってもいられなくなったのだろう。確かにシュタリオンに戻っても帝国が存在する以上は戦いが避けられない。その際に戦う手段を持たないと彼女の身にも危険が及ぶ可能性がある。
幸いなことに彼女は城にいたモンクから基本的な戦い方の手ほどきを受けていた。その勘を取り戻して更に磨きをかけてやるのが俺の役割だ。素手では怪我をすると思い、格闘専用のガントレットを作ってあげた。凄まじく軽く頑丈にできている。全力で殴りつけても拳が痛まない特別仕様だ。
ゼロスペースへ移動した俺たちは準備運動を終えた後に訓練を開始した。
「遠慮はいらないぞ。全力でかかってこい」
「はい、よろしくお願いします」
お互いに構えた後にシェーラは襲い掛かってきた。繰り出されるパンチは非力なせいもあって軽い。ことごとく掌で受け止めてあげた後におろそかになった足元を素早く払ってやった。受け身をうまく取れずに転んだシェーラの鼻先すれすれに拳を突き付けた後に容赦なく告げる。
「態勢を崩してもすぐに立て直せるようにするんだ」
「ま、まだまだ!」
シェーラは立ち上がると再び殴り掛かってきた。その悉くをすれすれでかわしていく。暫くかわすと荒い息をし出したのを指摘する。
「基礎体力がないからそうなるんだ、お前がそうしている隙に敵は襲い掛かってくるんだぞ」
「くっ…」
厳しいことを言っているのは百も承知だ。こんなことを言っていれば恨まれる恐れもある。だが、下手な優しさのせいで仲間を失うよりましだ。生き残ってさえくれれば。
あの時にブタノ助や他の仲間モンスターをもっと鍛えていれば死なせることはなかったはずだ。その後悔があるからこそ俺は指導の鬼になる。
その日の訓練はシェーラの足腰が立たなくなるまで行われた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
訓練を終えて仰向けに倒れるシェーラに俺は飲み物を差し出した。汗だくで荒い息をしながらも彼女はそれを受け取った。
「よく頑張ったな、これを飲んでしっかり休むんだ」
「はあ…はあ…ありがとう…ございます…」
受け取りながらも疲れきっているせいか暫くは起き上がることもできないようだ。俺はシェーラの足に触れると疲労回復の魔法を使ってあげた。劇的な効果はないのだが、疲労回復促進効果がある。寝たら疲労が全快するような反則スキルがない人向けの魔法である。
「…ハルはやっぱり凄いですね」
「いきなり何を言い出すんだよ」
「貴方は初めて会った時とは別人のように成長しています。自分の欠点に真っすぐに向き合って努力を怠らなかったからこそ今の貴方がいるんですね」
「恥ずかしいからやめてくれよ」
面と向かって言われると恥ずかしくなる。そんな俺に彼女は優しい笑みを浮かべた。やっぱり可愛いな、この子。なんともいい雰囲気だと思っていると脳内で声がかかった。
『いい雰囲気の中、申し訳ありません。先ほどのスキルが完成しましたので試しに使っていただけませんか』
タイミングが良すぎる気がするぞ、インフィニティ。内心で舌打ちしながらも俺はスキルを試すことにした。
「シェーラ、疲れているところにごめん。新開発したスキルを試したいんだけど、いいかな」
「え?構わないですがどんなスキルなんですか」
「武装している相手を無力化するスキルだ」
「はあ、なんだかすごそうなスキルですね」
いまいちイメージが沸かないのかシェーラはきょとんとした表情をしていた。俺は彼女の肩を貸して立ち上がらせると掌を構えてインフィニティに命じた。
「インフィニティ、準備はいいぞ。スキル名を教えてくれ」
『了解しました。脳内に名称を打ち出しますから共に唱えてください』
「『ブラックウインドウ!!』」
瞬間、俺の掌から真っ黒なウインドウ画面が広がる。それはすぐに肥大化すると人間一人がゆうに納まるほどの大きさになった。そしてシェーラ目がけて放たれた。
次の瞬間、俺は絶句していた。ブラックウインドウを使用されたシェーラがとんでもない姿になっていたからだ。装備を無効化されたことで彼女はすっぽんぽん、いわゆる「何もつけていない」状態になってしまっていたからだ。意外と着やせするんだな、いや、そうではなくて!
「ハル、どうしたんですか、紅い顔をして…!!!?」
自身に起こった異常に気付いたシェーラが慌てて身をかがめる。だが、全ては遅すぎた。羞恥に顔を赤く染めながら目に涙を浮かべている。
『スキルの調整が必要ですね』
そうじゃなくてまず謝れよ。慌てて手で目を隠しながら服を返した後に俺は後ろを向いた。何となく次の流れが鮮明にイメージできた。装備を身につけ直したシェーラは怖いくらいの笑顔で俺に微笑みかけた後に予想通りに思い切りビンタした。