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意識を取り戻した時,俺は深い闇の中にいた。霊体の状態ではなく、地球にいる時と同じ肥満体質であることから夢の中ではないかと当たりをつけた。どことなく最初にクリスさんに話しかけられる時と周囲の雰囲気が似ていたからだ。周囲を見渡してみるものの目ぼしいものは何もない。
『お初にお目にかかる。勇者ハルヒコよ』
ふいに声をかけられて背後を見ると全身を白いローブを身に纏った老人がいた。白髪で疲れ果てた顔をしている。随分と長い白ひげが印象的な老人だ。見たこともない人間のために俺は老人に対して身構えた。
『そんなに身構えることはあるまい。見ての通りの老人じゃて』
「そういうことを言うやつに限って、見た目通りじゃないんだよ」
クリスさんや司馬さんがいい例だ。恐らくはこの老人も只者ではあるまい。老人は敵意がないことを示すかのように微笑んだ。胡散臭い事この上ない。
「爺さん、すまんが急いでいるんだ。あんたの話を聞いている暇はない」
『見た目と違ってせっかちな男だ。急いでいるというのはこの者たちが気がかりじゃからかのう』
老人が杖で地面をたたいた瞬間、水面に触れたかのように波紋が広がって床の景色が変わった。映し出されたのは先ほどいた森の光景であり、片腕をなくしたブタノ助が横たわっていた。
「ブタノ助…!!」
『この者は我が眷属であるモンスターたちのために憤ってくれた。本当はもう少し早く助けてやりたかったが、遠く離れていたために遅くなってしまった。今ならまだ間に合うだろう』
老人がそう言うと何らかの魔法を唱えた。映し出されたブタノ助の身体が透けて消えたかと思うと別の場所に転移していた。どこかの城の部屋の中だろうか。角のついたメイド服の少女たちが転移したブタノ助を慌てて治療し始めている姿が映し出された。その様子を見た後に老人はウインクするように片目を瞑って微笑んだ。この爺さん、魔法使いか何かか。
「爺さん、あんたは何者だ」
『元は森の賢者と呼ばれておった。帝国に追いやられた亜人やモンスターを保護するようになってからは別の名で呼ばれるようになったがな』
老人は再び杖で床を叩いた。再び波紋が広がって、今度は紅カブトとゴブえもん、シュタリオン国王が映し出されていた。ブタノ助と同じくどこかの部屋で手当てを受けている様子だ。
『安心せよ、彼らはすでにわが国に転移して保護してある。おぬしが迎えに来るまでは客人として丁重にもてなそう』
「あんた、何者なんだ」
『…ラードナー。今は魔王と呼ばれておる。また会おう、ハルヒコよ』
俺の問いに老人は目を細めて笑った。その瞬間に俺の意識は遠のいていった。
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意識を取り戻した時に俺はアパートの自室に横たわっていた。周囲には心配するように俺を囲む仲間たちの姿があった。
「ハル、良かった、魂が戻ったんですね!」
意識が戻るなり、シェーラに抱きつかれた。豊満な胸の柔らかい感触が非常にエロい。ではなくいきなり抱きつくとはどうしたというのか。
「マスターの心拍が停止したのですよ、だから慌てて呼び戻したのです。うまくいって本当に良かった…」
困惑する俺にインフィニティが説明してくれた。気のせいか涙ぐんでいるように見えるぞ。まさか冷酷非道な鑑定スキルさんに限ってそんなことはないよな。
「泣いてるのか、インフィニティ」
「知りませんっ!」
怒らせてしまったのだろうか。そっぽを向いてしまったぞ。
あまり意識をしていなかったが、例の魂の力を削る力は相当にリスクの高い力だという事を認識できた。実際、体に戻ってからも疲労感が半端ない。目を瞑ったらすぐに倒れてしまう気がするからな。その前に伝えることは伝えておかないといけない。
「シェーラ、なんとかお父さんを助けることができたよ」
「ハル…本当にありがとうございます」
「ただ、今はシュタリオンとは別の場所に保護してもらってる」
「別の場所…どこでしょうか」
問われて返答に困ってしまった。これを答えた後に恐ろしいことが起きる気がする。だが、答えないわけにもいかない。
「その、言いにくいんだけど魔王のところ」
「魔王!?どういうことですか」
やっぱり始まったか。泣いていたかと思ったら今度は胸倉を掴まれて物凄い勢いで揺さぶられ始めた。脳が、脳が揺さぶられる。
「シェーラ、気持ちは分かるが落ち着け、ハル君が死んでしまう」
見かねたワンコさんに引き剥がされてシェーラは我に帰ったようだ。しゅんとした表情を浮かべている。気持ちは分かる。俺が逆の立場だったら心配でしょうがないはずだ。
順を追って説明しないとな。俺はブタノ助と共に異世界で体験したことを皆に説明することにした。