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一刻も早く王様を安全なところに連れていく必要があると思った俺とブタノ助は再び城内の水路を潜って洞窟に戻った。水路の前で待っていた紅カブトとゴブえもんと合流した後はわき目もふらずに出口を目指したわけである。例のダンジョンへの横道さえ通らなければ単純な構造となっており、苦労なく外へ出ることができた。
入った時は昼間だったが、いつも間にか夜になっていた。時計を持ってない時にありがちな異世界あるあるというやつだろう。野生のモンスターに襲われないように俺たちは森を目指して走った。
森に近づいていくにつれて異変に気付いた。
夜だというのに酷く明るいのだ。それは森が燃やされているからだと気づいた時、全身の毛が逆立つ思いがした。ブタノ助の仲間たちがいるはずの森は何者かによって焼かれている最中だった。遠くの方で爆音と人の悲鳴,そして金属の撃ち合う音が聞こえていることから戦闘の真っ最中だということが分かった。
俺達がいない間に帝国兵が戦いを仕掛けてきたのだ。だが、おかしい。帝国兵をも打ち破ったモンスターの仲間たちが森にはいたはずだ。彼らはどうしたというのか。焦りを覚えた俺とブタノ助は紅カブトとゴブえもんに王様を安全な所まで逃がす様に頼んだ後に森の中に入っていった。
森の中は酷い有様だった。いたるところで仲間であるモンスター達が倒れ伏していた。カッと目を見開いたまま絶命しているブラックハウンドの群れ、全身のいたるところを刺されて仁王立ちのまま絶命するビッグベア、そして有象無象の草食モンスター達。戦って仲間にするまでは苦戦した連中だったが、仲間になってからは皆が俺達を慕ってくれる気のいい連中だったのだ。
『…ブタノ助、冷静になれ…』
そう言いながらも俺自身が怒りで理性が吹っ飛びそうになっていた。冷静になれと言ったのは自分自身に言い聞かせるためでもあった。大切な仲間達を殺されたのだ。許せるわけがない。ブタノ助も同様の気持ちだったのだろう。握りしめた掌から血が滴るほどの怒りを堪えながら俺たちは村へと急いだ。
こみ上げた怒りはすれ違った帝国兵たちに全てぶつけた。俺の命令なしに【鬼神化】を発動させたブタノ助は襲い掛かってきた帝国兵たちの首や胴体を容赦なく粉砕した。まさしく鬼のような膂力だった。
「貴様らぁ―――っ!!!!!」
いたぶるように仲間モンスターを殺した連中だ。容赦をする気など毛頭なかった。向かってくるものは全て叩き殺しながら俺たちは村の入り口まで急いだ。
入り口の付近では牢番をしてくれていたビッグベア四天王である黒カブトが一人の黒騎士と対峙していた。恐らくは仲間を逃がした後に残ってくれたのだろう。黒カブトは全身から血を流しながらも奮闘してくれていた。間に合ったことに安堵しながら俺とブタノ助は駆け寄ろうとした。
「あらら、もう来ちゃったのか、でも遅すぎたかな」
黒騎士がそう言った瞬間、黒カブトの周囲に夥しい数の宙に浮いた剣が現れる。その剣達は全方位から容赦なく黒カブトに襲い掛かろうとしていた。とっさに俺は高速移動である【クロックアップ】を使用しようとした。だが、ブタノ助の身体に適性がなかったせいなのかクロックアップすることはできなかった。だからこそブタノ助は叫ぶしかなかった。
「やめろおおお―――っ!!!!」
悲痛な叫びに対して黒騎士は軽薄そうな笑みで答えた。止まっていた剣は黒カブトの身体を串刺しにした。ゆっくりとした光景にしか見えなかった。全身を貫かれた黒カブトはいたるところから血を流しながらゆっくりと倒れていった。眩暈がしそうだった。
「…なんでこんな残酷なことができるんだ…」
「自分たちのしてきたことを棚に上げてよく言うねえ、君達だって敵を殺してないわけないだろう。モンスターの親玉君」
「貴様らが襲ってこなければ抵抗はしなかった」
「いやあ、それは無理だよ。僕たち人間にとって君たちは家畜やペットと一緒なんだ。躾のなってないペットや家畜は痛い目を見ないという事を聞かないだろう」
『ふざけるな、人間の屑め』
「これ以上の問答は無用だ。家畜とお話しするほど洒落た趣味はしてないよ」
黒騎士がそう言った瞬間、ブタノ助は咆哮をあげた。はち切れんばかりの筋肉を膨張させながら黒騎士目がけて襲い掛かる。黒騎士は周囲から先ほどと同様に剣を召喚させるとブタノ助目がけて放ってきた。一つ一つが矢のような速さで飛翔してきたが、ブタノ助はその悉くを槍を振りかざすことで振り払っていった。その動作に黒騎士は軽く目を見開いた。
黒騎士の間合いに入ったブタノ助は渾身の力を込めて槍を突き出した。その一撃の軌道を黒騎士はレイピアの受けによって難なく逸らしていく。
「後ろがお留守だよ」
黒騎士がそう言った瞬間に背後から衝撃が走った。何が起きたのか見てみると弾いたはずの剣達がブタノ助の背中を貫いていた。口から血がこみ上げていく。
「家畜の血も紅いのか、これは勉強になった」
黒騎士は残忍そうな笑みを浮かべるとブタノ助から距離を取った。血を噴き出しながらもブタノ助は倒れることはなかった。さらに一歩踏み出すと左手で黒騎士の左腕を思い切り掴んだ。
「…離せよ、家畜野郎」
ブタノ助が黒騎士の左腕を容赦なく折ったのと黒騎士がブタノ助の左手を切り落とすのはほぼ同時だった。そこで力尽きたのかブタノ助はうつ伏せに倒れた。怒り狂ったのは効き腕を折られた黒騎士だった。
「家畜が人間様に何をしてやがるんだ」
出血多量で意識が朦朧とするブタノ助の顔面を黒騎士は何度も踏みつけた。そして再び宙に浮いた剣を召喚させるとブタノ助に向けて刃先を向けた。
すでにブタノ助に戦う力はなかった。俺はブタノ助の身体動かすべく必死に意識を集中させた。だが、生命力自体が低下しているせいかブタノ助の身体が動くことはない。このままではこいつが死ぬ。死なせるわけにはいかない。この異世界の分身ともいえるお人よしの豚を死なせるわけにはいかない。
そう思った瞬間、俺は自身の魂の力を消耗させてでもブタノ助を救おうと誓った。
魔力を放出する要領で自分の魂を燃焼させてこの世界にエネルギー体として顕現させる。
それはかつての訓練中に発見した後にインフィニティに絶対に使うなと言われていた力だった。魂を消耗させれば消滅する危険性がある。だから絶対に使うなと言われた。だが、後先など構うものか。俺はこいつや仲間の事を家族のように思っている。家族のためならば命を懸けるのは惜しくはない。
そう決意した瞬間、俺は光の化身となってこの世界に顕現していた。
光の化身の姿となった俺の姿は霊体とは異なり、太っていない標準体の姿だった。体の内側からこみ上げてくる力の導くままに俺は黒騎士に向けて拳を突き上げた。瞬間、黒騎士の身体が森の木を突き抜けて上空高くに舞った。まるで鳥のようだ。
何が起きたのか分かっていない黒騎士に向けて俺は大地を蹴って飛び上がった。そしてそのままの勢いで渾身の力を込めて殴り掛かった。黒騎士は森の外れの方まで吹っ飛んだ。
簡単には追っては来れない所まで敵を追いやったことを確認した後に俺は自分の身体が消えかけていることに気が付いた。時間がない。一刻も早くブタノ助の身体に戻ろうとしなければ消えてしまう。そう思った瞬間に何か強い力によって引っ張られていた。何が起きたのか理解できなかった。気づいた時には自分の身体に引き戻されていた。
「…な、何が…起きた…」
凄まじい疲労感と睡魔が全身を襲う。心配そうに俺の事を見つめる地球の仲間達を眺めながら俺は意識を失った。