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城内に入ってから失策に気づいた。仕方がなかったこととはいえ、所有物と衣服が濡れてしまっている。滴った水の後を辿れば追跡は容易だろう。早々に王を見つけて城から去る必要がある。牢をいくつか調べたが、どこにも王の姿はない。シェーラが見た夢の光景を思い出してみると入り組んだ通路の奥だったことを思いだした。仮にもこの城の主だった人間を幽閉しているのだ。すぐに分かるところには閉じ込めていないだろう。
通路内の光源といえば燭台の灯くらいしかなく、周囲は薄暗い。時折、光源に惹かれて寄ってきている蛾がいるくらいである。慎重に進んでいくと途中で歩いていく衛兵の姿を見つけた。歩くたびに腰の鍵束らしきものがジャラジャラと音を立てている。ひとまず確保するために暗がりに潜んでブタノ助の手を伸ばそうとすると止められた。
「神様、流石にさっきの力はやめてもらえませんか」
何故だと尋ねるとブタノ助は困ったように微笑んだ。異世界人の癖に自分の意見を言えない日本人のような奴だ。仕方がないと思った俺はこの場で役だつもう一つのスキルを使用した。
『帝王の晩餐』
瞬間、ブタノ助の口の中にあった舌が蛇のようにうねりをあげて伸びながら歩いていた兵士の首に巻き付く。悲鳴をあげれないように舌を巻きつかせて口を押えてからこちらに引きずり込む。ブタノ助は絶句している様子だったが、大事の前の小事だ。俺だって同じ思いをしてきたが精神的に乗り越えてきた。大丈夫、お前もきっと慣れていくはずだ。
帝王の晩餐のスキルの動きは早い。気づいた時には兵士の頭はブタノ助の口の中に納まっていた。危ない危ない、丸呑みするところだ。兵士は怪物の口の中に納まって泣き叫んで暴れたが、みぞうちを殴りつけて気絶させると静かになった。
ブタノ助に兵士の頭を口から出させる。唾液まみれだが生きているのが確認できた。ブタノ助は口の中に髪の毛でも入ったのか、むせた後にしきりに唾を吐いていた。無理もない。変な臭いしたもんな。あの兵士、体はあまり洗ってないのだろう。
ファンタジーのオークは悪食でなんでも食えるのが普通だが、ブタノ助君は繊細なようだ。
なんにせよ鍵束が手に入ったのは大きい。俺はブタノ助に命じて兵士から鍵束を奪った後に手近な空の牢獄に閉じ込めた。勿論、布で簡易的なさるぐつわと手足を縛ることは忘れない。
この兵士はどこに向かおうとしていたのだろう。ふと気になって兵士が歩いていたところを見てみると食事が載ったトレイが散乱していた。誰かに食べ物を持って行こうとしたのか。見ると割れたワイングラスが飛び散っている。普通の囚人にワインは持って行かない。それなりのVIPという事だ。推測だが、こいつが食事を持って行こうとしたのは王様じゃないのか。そう思った俺は兵士が行こうとしていた方向に歩いていくことにした。
暫く進んでいくと夢で見たような光景が見えてきた。覚えがある。ここだ。間違いない。この奥にシュタリオン国王が捕らえられている。ブタノ助にそれを伝えると自然と彼の歩みも早くなっていた。
通路の奥には一つの牢があった。幸いなことに見張りの兵士はいない。鉄格子の先にいる人物の姿を確認する。間違いない、夢で見たシェーラの父親だ。目を潰されているせいか王はこちらに気づく様子はない。俺はブタノ助に命じて鍵束で牢を開けようと試みた。何度目かの鍵を試した後に呆気なく牢の扉は開いた。キイという音に気づいた王が顔をあげる。警戒している様子なのでまずは警戒を解くことにする。
「…誰か来たのか」
「シェーラ姫の仲間です。貴方を助けに来ました、王様」
「シェーラは、娘は無事なのか!?」
「今はここではない地球という惑星にいますが、無事です」
「そうか…シェーラ、良かった、シェーラ…」
ブタノ助に通訳をしてもらって俺は王にそのままの自分の言葉を伝えた。その言葉に王は涙をぼろぼろと流し始めた。この人は本当にシェーラの事を大事に想っていたんだろうな。今すぐにシェーラに会わせられないことに胸が痛んだが、今はこの場から助けることが先決だ。
俺はブタノ助に命じて王を鎖から解き放つと担ぎ上げた。長い間の幽閉生活で気の毒なくらいに手足がやせ細ってしまっている。一刻も早く治療ができる場所に連れていく場所に連れていく必要がある。そう思いながら俺たちは牢を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王が連れ去らわれた光景を魔法の水晶玉で観察するものがいた。帝国の軍服を身に纏った狐目の男だった。肩口に見える獅子の紋章は帝国兵の中でも側近にしか与えられない親衛隊のものだ。彼は軽薄な笑みを浮かべながら水晶玉に映る光景を注視した後に手を叩いて笑い出した。
「あ~あ、やっちゃったね。処刑という形だと国民への心象が悪いから幽閉して死なせるつもりだったのに」
『余計なことをするから、するから』
『たくさん殺していいかな、いいかな』
「ほらほら、千剣達も喜びだしてしまったじゃないか」
狐目の男の周囲には夥しい数の抜き身の剣が宙に浮いていた。その一つ一つが魔力を帯びて自我を持った魔剣ばかりである。男は嗤いながら恍惚とした表情で剣達に呼びかける。
「沢山の血が君たちを満たしてくれますように。沢山の死が君たちを満足させられますように。世界はもっと死に満ちるべきだ」
そう言って狐目の男、帝国軍魔剣士は耳まで裂けたかのような三日月のごとく口を歪めた後に笑った。




