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それがしの名はブタノ助.大恩ある神様によって名を頂戴したしがないオークである。
それがしは今、自分の目の前で広がっている光景に戦慄していた。狙った獲物は必ず仕留めるという凶暴な人食い狼であるブラックハウンドの群れ。森の主とも言われ、鋼鉄のように強固な皮膚と凶悪そのものの怪力、そして鋼鉄をも容易に切り裂く爪を持つ巨大熊ビッグベア。一説には人食い鬼であるオーガとも互角に渡り合うと言われている。
ブラックハウンドにもビッグベアにも言えることは一つ。人間や獣人に懐くような生易しいモンスタ―ではないのだ。それにも関わらず、自分の前にいるブラックハウンドやビッグベアはこちらに向けて服従のポーズを取っている。こちらに怯えて必死に媚びを売っているようにも見受けられた。
『こうやって見ると可愛らしい連中だな』
それがしの体内に住まう神様はそう言うのだが、本来の凶暴性を知っているそれがしからすれば苦笑いしか出てこない。
確かにレアスキルである【邪心の解放】を使用すればモンスターを仲間にできるが、ブラックハウンドはともかく、ビッグベアまで配下に加えた魔物使いの話など聞いたことがない。やはり、それがしの中にいる神様は只者ではないのだ。
『ブタノ助、ブラックハウンドどもに命令しろ、森の入り口付近で斥候を行い、さっきの黒騎士どもがやってきたらすぐに知らせるんだ』
それがしは神様の意を忠実にブラックハウンドに命令した。ブラックハウンドのボスは尻尾をパタパタ振りながらこちらの命令を聞いた後に大きく「ワオン!」と吠えると仲間を率いて走り去っていった。残されたビッグベアがこちらの指示を仰ぐように敬礼を始める。正直怖いなあと思っていると神様はとんでもないことを言い出した。
『こいつには騎乗モンスターとして働いてもらおう』
ビッグベアを騎乗モンスターにするのですか。それがしは内心でぎょっとなったが神様はいたって本気のようだった。命令するのも怖いなあと思いはするものの、神様の命令には従うべきだと判断してビッグベアにそれを伝えた。彼は親指をぐっと握って了承のハンドサインをした後に四つん這いになって騎乗を促した。
『なかなか気のいい奴だな。こいつのことは紅カブトと呼ぶことにしよう』
そうですねと答えはしたものの駆け出しの頃にビッグベアに狙われて命からがら逃げたことのある身としては恐怖しか浮かんでこない。恐る恐る紅カブトにまたがると彼はゆっくりと歩み始めた。紅カブトの歩みに身を任せながら、それがしはこの光景を同族が見たらどう思われるかと溜息をついた。
そもそも、わが種族であるオークは戦いには秀でていない。モンスターと間違えられることも多いが、れっきとした獣人族である。人間と同じく理性もあるし、特有の文化も持っている。人間達の生活圏に溶け込みながら生きてきた穏やかな種族なのだ。
オークの多くは成人すると生まれ育った集落を離れて人間の街で暮らすようになる。
それがしも成人してからは親元を離れて人間の街であるシュタリオンで暮らしてきた。シュタリオン王国の王様は亜人に対する差別施策を行っていなかった。そのおかげで人間と獣人といがみ合うことなく暮らしてきた。
軍事国家バルバトス帝国が侵攻してくるまでは。
人間至上主義を掲げるバルバトス帝国は人間に敵対する魔王軍に立ち向かうために人類統一を名目にシュタリオンを襲撃した。非協力的であるという理由で大軍を率いてシュタリオン王国を攻め落としたのだ。名目としては勇者召喚に失敗した上に非協力的なシュタリオン王国に対してバルバトスが激怒したという事だが、実際は近隣国への見せしめという意味もあったのだろう。
王様や王国軍、そして獣人もバルバトスの非道に怒って徹底抗戦した。だが、10倍以上の帝国の軍勢には勝つことはできなかった。王様は捕らえられて生き残った騎士団も敗走したと言われている。
戦闘に参加したそれがしや他の獣人も散り散りになった。ゆえに知己の獣人を頼り、このような森に潜伏している状態なのである。
森に攻め込んできたのは獣人を根絶やしに来た帝国の残党狩りだ。彼らは帝国に逆らったものを決して許しはしない。
戦いの中で仲間たちが倒れて、それがしも死にかけた時に神様は現れた。
神様の力は強大だった。とてもではないがそれがしのような普通のオークに扱えるような代物ではない。元々、それがしは生粋の戦士ではないのだ。同族の司祭のが言うには【邪心の解放】というスキルのあるために冒険者に向いているという事だったが、才能がないために諦めた。そんな自分を変えてくれたのが神様なのだ。もっともついていけない所も多い。
『最低でも後100体はモンスターを仲間にするまでは村から戻らないからな』
冗談ですよね、そう尋ねたが神様は「何故冗談を言う必要がある」と疑問で返してきた。やばい、この方は本気だ。せめて例の【鬼神化】というスキルを使うのは激痛が伴うのでやめてほしいと懇願したが駄目だった。神様はそれがしの懇願を突っ返す様に一言答えた。
『慣れろ』
それを聞いた瞬間にそれがしは本当に怖いのは紅カブトでもなく、ブラックハウンドでもなく神様であることを理解した。
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紅カブトと名付けたビッグベアにまたがりながら俺とブタノ助は仲間となるモンスターを探し回った。歯向かうものは全て屠る勢いで俺たちはモンスターを倒しまくった。ブタノ助の【邪心の解放】スキルはどうやらブタノ助だけでなく騎乗モンスターである紅カブトが倒しても効果があるようである。大半のモンスターは紅カブトによって倒されて仲間としてついてくるようになったのである。半日もする頃にはモンスターの大軍を率いたブタの軍勢が出来上がっていた。
出来上がった軍勢を見て俺は思った。歩兵ばかりなので機動力に欠ける。重装歩兵や弓兵も欲しいところだが、まずは空を飛ぶモンスターが欲しいところだ。そう考えていると上空にワシらしきモンスターが飛んでいるのが確認できた。ちょうどいいな。俺は皆に耳を塞ぐように命令した。
何回か【金切声】を使われて威力が分かっているモンスターたちは一斉に俺たちの側から逃げ出した。ブタノ助と紅カブトは凄まじく嫌そうな顔をしたが、ワシを捕まえるためだ。仕方がない。俺はブタノ助の口を使って【金切声】を使用した。周辺一帯に声が響き割った後にワシはバランスを崩して地面に落下した。