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俺達が行った治療は原始的なものだった。薬草を集めてはゴブえもんがすりこぎで潰して回復液にして持っていく。それを怪我人の傷口につけるとじんわりと傷が消えていくのだ。目で見る限りでは簡易的な回復魔法のような効果を持っているようだ。
治療を手伝っていくうちに分かったのだが、集落には様々な種類の亜人たちが集まっていた。単純に耳が長いエルフのような少女もいればトカゲが人間型になったような亜人間もいる。ブタノ助に聞いてみたところ、彼らの多くが人間達の住んでいる街に住んでいた連中なのだと分かった。皆が帝国の打ち出す亜人差別の被害者たちなのだ。
シュタリオンに攻め込んだバルバトス帝国は人間至上主義を掲げている軍事国家らしい。純粋な人間では無く血が混じった混血は全て迫害対象となるそうだ。その場で殺されるものもいれば捕まえれられて奴隷にされるものも少なくないらしい。
ブタノ助の仲間の多くも帝国に捕まったそうだ。それを語るブタノ助の表情は何となく暗かった。
あくまでも推測だが、追い返した帝国兵は増援を連れて引き返してくるものと思われる。だが、それに対して戦えそうな戦士の数は少ないように思えた。
俺はブタノ助に命じて戦いの心得のある亜人の数を確認した。20数名のうち、戦いができるのは半数にも満たなかった。そのうち、剣や槍の心得のあるものは5名。弓を扱ったことがあるのは3名程度だった。残りの数名は何かと尋ねたところ、攻撃魔法の心得があるものが二名程度だった。戦えるもののおおまかな数は分かったが、彼らの武装は革の鎧や布の服等の初級冒険者がしているようなものばかりである。このまま帝国兵とやり合えば間違いなくあの世行きだろう。
加えて彼らは度重なる襲撃によって精神的に疲労しきっている様子であった。このままの状態で戦わせれば次の襲撃があれば全滅するのではないだろうか。戦力が足りなさすぎる。戦力差をどう埋め合わせるべきか考えているとブタノ助が話しかけてきた。
「神様、それがしの能力が役に立つかもしれません」
『どういうことだ』
「それがしには倒したモンスターを仲間にする能力があるんです」
『なんだと!?』
俺は驚いてブタノ助のステータスを確認した。【邪心の解放】と書かれた見慣れないスキルがあったために確認すると中確率で倒したモンスターが仲間になるという優れた効果であることが分かった。これはあれだ。某RPGの魔物使いと同じ能力だ。
この能力を使ってモンスターを仲間にして兵力を増やせばいいのではないだろうか。そう考えているとふと傍らにいるゴブえもんのことが気になった。他の村人と違って何となく毛色が違うんだよな、こいつは。周りの村人とのやり取りを見ていてもブタノ助としか会話が成立してないかのようにも見えるし。
ひょっとしたらあいつもそうなのか。
「お察しの通り、ゴブえもんはそれがしの力で改心したゴブリンです」
『やっぱりそうか!』
自分の予想が当たって俺はびっくりした。もしそうでなかったらかなり失礼な話なのだが、そうでなくて本当によかった。そうと分かれば話は早い。
『ブタノ助、森にはモンスターは多いのか』
「はい、凶悪なビッグベアやブラックハウンドと呼ばれる狼、スライムなど多くのモンスターが棲みついています」
『よし、早速そいつらを仲間にしにいくぞ』
「本気ですか、まともに戦えば勝てないモンスターばかりなんですが…」
『俺が手伝うから問題ない』
「わ、わかりました」
俺はブタノ助とゴブえもんと共に騎士たちを迎え撃つ仲間を集めることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
村から出て暫く辺りをうろつくと野生の狼らしきモンスターを発見した。ブタノ助に命じて背後から襲わせるように命じた。だが、奇襲する前に気づかれた。勘のいい野郎だ。奇襲ができないならば正面から殴り合うより他はない。喉笛目がけて襲い掛かってくる狼をブタノ助は槍の石突で払いのける。なかなかやるな。分が悪いと思ったのか狼は遠吠えをし出した。嫌な予感がする。
予感は的中して遠吠えに反応した野生の狼たちが集まってきた。あっという間に囲まれた俺達に狼たちはその凶暴な牙を剥きだしにして今にも襲い掛かろうとしていた。形勢逆転とはこのことだ。逃げ出そうにも囲まれている。ブタノ助は青ざめた顔をしているし、ゴブえもんはもう駄目だと涙目でパニックになっていた。確かに分が悪いな。だが、ここで安易に鬼神化を使って戦闘不能になってしまうのもよろしくない。俺のスキルが使えるならばあれを使おう。
『ブタノ助、急いで耳を塞げ、ゴブえもんにも耳を塞げと命令するんだ』
「神様、いったい何を」
『いいから早くしろっ!』
俺の剣幕に押されてブタノ助はすぐにゴブえもんに命令した。二人が耳を塞ぐと同時に俺はブタノ助の口を使って【金切り声】を使用した。瞬間、森の木に止まっていた鳥たちが一斉に羽ばたく。至近距離で凄まじい音を聞いた狼たちは残らず失神した。犬の聴力は人間の何倍もあるというから効果は抜群だったようだ。
『危ないところだったな…あれ?』
その時になって俺は自分の失策に気が付いた。金切声の威力に耐え切れなかったのだろう。耳を塞いでいたにも関わらずブタノ助とゴブえもんは泡を噴いて倒れていた。
その場で動けるものが誰一人いなくなった惨状を眺めてから、金切声は使ってはならないものだったことを思いだした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気絶から回復したブタノ助たちと共に俺は森を彷徨い歩いた。その後をついてくるのは先ほど仲間になった狼たちである。金切声で気絶させても【邪心の解放】は効果があるらしい。囲まれた時は凶悪なメンツだと思ったが、仲間になった後は尻尾を振ってついてくる可愛らしい連中だ。そう思いながら歩いているとブタノ助が何かに気づいて足を止めた。
「神様、これ以上は足を踏み入れるのは危険です」
『どういうことだ』
「この辺りは凶暴なビッグベアの住処だからです」
『強いのか、そいつは』
「奴らの力は普通のモンスターの数倍はあります。先ほど仲間にしたブラックハウンドたちと力を合わせても勝つのは難しいかと思われます」
『そのくらいの奴なら用心棒に適してるだろう』
ブタノ助には悪いが、俺は全く退くつもりはなかった。ブタノ助たちには話してはいないが、戦力を充実するために森中のモンスターを仲間にしようかと思っているくらいだからな。こんな所で足踏みしてもらっては困るんだよ。それを伝えるとブタノ助達は露骨に嫌な顔をした。まあ、気持ちはわかる。まだ死にたくないのだろう。だが断る!
俺はブタノ助の気持ちを無視する形でビッグベアの縄張りに足を踏み入れた。そのまましばらく歩くと辺りに腹の底から響いてくるような唸り声が聞こえてきた。
同時に暗がりから赤く光る眼をした巨大な熊が現れる。単純に言ってブタノ助の体格の倍はある巨大な熊だった。熊は巨体を揺らしながらこちらに向かって悠然と進んできた。
ブタノ助に戦闘準備をするように言うと完全にブルッていた。あかん、こいつ、相手に完全に呑まれてやがる。仕方なく俺はゴブえもんとブラックハウンド達に援護攻撃してもらうように背後を確認した。だが、そこには誰もいなかった。一人残らず逃亡していたのだ。
なるほど、やってくれるものだ。
熊はブタノ助が動かないのをいいことに四足歩行から二足歩行に立ち上がった。身の丈が2mを超えるため、自然とブタノ助が見下ろされる形になる。熊はその凶悪な腕を思い切り振り下ろしてきた。仕方がない。俺は鬼神化を無理やりに発動させた。ブタノ助の筋肉があり得ないくらいに膨張する。命の危険を感じたのか反射的にブタノ助は熊の腕を両手で受け止めていた。一撃で仕留められると思っていたのか、熊がぎょっとなる。表情の豊かな野郎だ。
俺はブタノ助に命じて熊の腕を掴ませると背負い投げの一連の動きのイメージをブタノ助の脳内に再生させた。おっかなびっくりしながらブタノ助は鬼神化の怪力を使って熊を投げ飛ばした。巨体が仇となったのか、受け身も取れずに脳天から大地に叩きつけられた熊はそのまま意識を失った。
同時に熊を覆っていた邪悪なオーラが霧散する。それを確認した後にブタノ助も倒れた。どうやら両腕と両足の筋肉は鬼神化の反動で断裂したようだ。こむら返りを起こした時のように全身の筋肉が小刻みに痙攣しながら身悶えるブタノ助を見ながら、少しだけ悪いことをしたかなと反省した。
おかしいなあ、インフィニティ的な立場になっているせいか晴彦のポンコツ化が加速している気がします。




